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薪で沸かす大正時代の銭湯にアンティーク時計店【愛媛・八幡浜】で叶うレトロ巡り|旅エッセイ

  • 2026.9.18

訪れた国は約40カ国。サウナと旅をこよなく愛するタレント・モデル・俳優の清水みさとさんの連載エッセイ。今回は日本! 風光明媚な港町【愛媛】八幡浜でのお話。

【連載】清水みさと「旅をせずにはいられない」vol.12 人生の小さな伏線回収は、愛媛で。

北京に行くか、愛媛に行くか。
 
翌朝の飛行機に乗るというのに、23時を過ぎてもまだ決められず、友人たちとピザを食べ、麻雀をしながらも、頭の中はずっと北京と愛媛を行ったり来たりしていた。

そもそも北京には、旅友達のあいちゃんと行くはずだった。
 
タンザニア、スリランカ、マレーシア、ヨルダン、UAE、オマーン、ジョージア、ウズベキスタン、カザフスタン、トルコ、チュニジア、モロッコ、ポルトガル、ラオス、タイと、15カ国。たくさんの旅を共にしてきたわたしたちの次なる目的地は、中国・北京。北京ダックを食べて、万里の長城を歩くという、北京といえばこれだよねという感じの、直球ど真ん中の旅を5日間ほどかけて楽しむつもりだった。
 
ところが直前になって、わたしの仕事の都合がどうにもこうにもつかなくなり、旅の前半がごっそり潰れてしまった。ようやく北京に行ける日には、今度はあいちゃんが帰らなければならなくて、一緒に行けなくなった。
 
つまり北京に行くなら、2泊3日の弾丸旅。それでも北京は4時間弱と近いので、全然余裕で満喫できる。行けば楽しいに決まってるし、行きたい気持ちがなくなったわけでもない。それなのに前日になってなんだか面倒くさくなってきて、急に「愛媛に行きたいなぁ」と思った。
 
少し前に、今治の会社と仕事のやりとりをしていたから、愛媛という二文字が頭のどこかに残っていたのかもしれない。

素晴らしかった「伊丹十三記念館」

そうなってくると、確かに愛媛には、ずっと行ってみたいと思っていた昔ながらの銭湯がいくつもあるし、麻雀をしながら「伊丹十三記念館は行ったほうがいいよ」とさらにオススメまでされてしまって、さっきまでただの思いつきだった愛媛が、どんどん現実味を帯びてきた。何でもない記憶が、思いがけないところで思いつきのキッカケになったりして、人生の小さな伏線回収をしているみたいだなあと思う。
 
愛媛か北京か、それが問題だ、ってな具合にまあまあ真剣に悩んでいるうちに、日付が変わるまで1時間を切っていた。理屈で考えれば、もちろん北京だった。もう航空券は買っていて、行きたい場所も食べたいものも決まってる。それなのに、気持ちはすっかり愛媛に向いていた。
 
予定は未来の自分のために作るものだけど、その未来が来たとき、必ずしも気持ちまで予定通りとは限らない。わたしは自分を言いくるめるのが得意だし、今こんなに愛媛に行きたいなら、その気持ちに従ってみたほうが絶対いい。

麻雀中、自分の番がくるまでの間に、サッとスマホを開き、北京行きのキャンセルと愛媛行きの購入を、あれだけの悩みとは釣り合わない軽さでポチッと押した。23時30分、明日の行き先が北京から愛媛に変わった。

翌朝の愛媛は雨だった。空港でレンタカーを借り、まずは今回愛媛を思いつくきっかけになった今治へ行ってみようと、車を走らせた。
 
せっかくなら瀬戸内の青い海を眺めながら走りたかったけれど、窓の向こうに広がるのはどんよりとした空。ちょっぴり残念ではあったものの、一人で雨の中、好きな音楽を流しながら、知らない土地をドライブしていると、それはそれでちょっと大人になった実感が湧いてウキウキもする。

途中で松山と今治の間にあるスーパー銭湯に立ち寄ってサウナに入り、改めて、今治へ向かおうとしたら、目当てにしていた銭湯が休みだということがわかった。
 
切り替えが早いのもわたしのいいところなので(?)、それならと、今治とは真逆の方向にある八幡浜にも行ってみたかった渋い銭湯があることを思い出し、その場で行き先を変更した。一人旅のいいところは、右に行こうと思った2秒後にやっぱり左に行く、と決められるところだと思う。それに、昨日まで北京に行くつもりだったのだから、今治から八幡浜への予定変更くらい、もはやなんてことなかった。

一時間半、車を走らせ着いた八幡浜は、悪天候も相まってか、港町なのに驚くほど静かだった。目的の銭湯の近くの駐車場に車を停めて歩いていると、目的地まであと3軒というところで、そこだけ雰囲気の違う、木枠にガラスの洒落た扉が目に入った。
 
時計屋さんだった。ヴィンテージの一点ものを扱っているお店らしく、古い時計が並ぶ店内が扉越しに見えた。実は今年に入ってから、自分で自分に時計を買いたくて、ずっと探していた。東京、札幌、大阪と何軒か見てまわっても、ピンとくるものには出会えず、憧れのロレックスは人気でそう簡単には買えるものでもなく、まだ自分には早いのかもしれないと、半ば諦めかけていた。
 
そんなときに、昨日まで来る予定すらなかった愛媛の、さらに予定になかった八幡浜で、突然時計屋さんが現れた。気にならないわけがないけれど、そんな都合のいい話もあるわけないかと、ひとまず目的の銭湯へ向かった。

八幡浜にある「大正湯+plus」はその名の通り大正時代から続く銭湯で、今も薪でお湯を沸かしている。小ぶりなお風呂だけど、大切に残された昔ながらのしつらえや、使い込まれたロッカーから、長いあいだこの街の人に愛されてきたことが伝わった。

いいお風呂といいサウナにすっかり満足して松山へ帰ろうとしたけれど、さっきの時計屋さんが引っかかる。ホームページをみると、ヴィンテージの名時計がずらりと並び、時計へのこだわりはもちろんのこと、時計への愛情が随所に散らばる言葉から伝わってきた。
 
髪の毛は濡れているし、すっぴんの風呂上がりで時計を見に行くにはずいぶん無防備な姿だけど、せっかくここまできたのだから、やっぱり少しだけ覗いてみることにした。

お店はネット販売が中心で、突然飛び込みで来る人はあまりいないらしく、カジュアルにフラッと時計を見にきたわたしに店主は少し驚いていたけれど、快く、今お店にある一点ものをいくつも見せてくれた。
 
せっかくヴィンテージを買うなら、自分の生まれ年の時計があったらいいなと尋ねてみたけれど、欲しい時計はその年だけ、生産自体がかなり少ないらしく、今は入荷していないという。そうですよねえ、と並んだ時計を眺めていると、その中の一本に目が留まった。
わたしの生まれ年よりひとつ年下で、文字盤はグレーなのに、よくみるとそのまわりに青がぼんやり残っている。聞けば、もともと青かった文字盤が長い年月をかけて、太陽の光を浴びるうちに少しづつ色褪せて偶然この色になったらしい、唯一無二の一本だった。
 
「試着させてください」とお願いして、ドキドキしながら腕に乗せてみると、不思議なくらいしっくりきた。サイズ感までピッタリで、現行品でこのサイズはもう生産されていないらしい。
 
どこへ行っても見つからなかった時計が、北京をやめて愛媛に来て、今治に行かずに八幡浜に来たら出会ってしまった。購入を決めるまで、ものすごい早さだったと思う。わたしは嬉しくて、こんなに嬉しがってる自分のことまで嬉しかった。
 
なんの記念でもなければ、人生の節目でもないし、時計を買う理由としては頼りない気もするけれど、こんなに自分が喜んでいるなら、もうそれでいいんじゃないかと思った。

今、わたしの腕には八幡浜で買った時計がある。この時計を見るたびに、訪れた愛媛と行かなかった北京を思い出す。なんなら、風呂上がりのすっぴん姿で購入したのが初めての時計ってことすらも、ちょっとおかしくて、わたしらしくて、思い出ごと気に入っている。

photograph & text:MISATO SHIMIZU

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