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「枝を整えるだけでも大丈夫そうですが」植木屋にそう言われても、思い出の木を根元から切った理由

  • 2026.9.11

玄関先で始まった朝

朝の八時前、チャイムが鳴りました。出てみると、隣のご主人が門の前に立っています。手には、茶色くなった葉が何枚か握られていました。

「朝からすみません。でも、ちょっと見てもらえます?」

「どうされました?」

「お宅の木です。枝、うちのほうまで出てるでしょう」

いつもより少し強い口調でした。

「葉っぱも毎日のように落ちてくるんですよ。こっちも仕事がありますから、朝からずっと掃除してるわけにはいかなくて」

「それはすみません。確認しますね」

サンダルのまま庭へ回り、二人で境のフェンスを見上げました。たしかに細い枝が何本か、隣の敷地側へ出ています。

ご主人が指をさしました。

「ほら、ここ。越えてるでしょう」

「本当ですね。気づいていませんでした」

「悪いんですけど、今日、切ってもらえませんか。このままだとまた葉っぱが落ちるので」

言い方には引っかかりましたが、枝が越えていたのは事実です。

「分かりました。今日中にやります」

そう答えると、ご主人は「お願いしますね」と言って自宅へ戻っていきました。

その日のうちに脚立を出した

午後、物置から脚立を出して、自分で枝を切りました。

夫の休みを待つことも考えましたが、朝のやり取りが頭から離れませんでした。

枝を落とし、細かくまとめてひもで縛る。全部終わるまで二時間ほどかかりました。

夜、娘から電話が来たので、その話をしました。

「朝からね、隣のご主人が来たのよ。『枝が越えてるから今日切ってほしい』って」

「え、その日のうちに切ったの?」

「だって、本当に越えてたから。そこはこっちが悪いでしょう」

「そうだけど…お母さん、無理してない?」

「大丈夫よ。もう終わったから」

私も、それで済んだと思っていました。

ところが、風の強い日の翌朝には、またチャイムが鳴りました。

「すみません。また葉っぱ、こっちに来てますよ」

「ああ……分かりました。あとで掃いておきますね」

「できれば早めにお願いしたいんです。出かけるとき、玄関の前にあると気になるので」

それから私は、落ち葉が目立つ朝には以前より早く外へ出て、道路と境のあたりまで掃くようになりました。

それでも、何度か呼び鈴は鳴りました。

ある朝には、こんなことも言われました。

「うちだけじゃなくて、この先にも飛んでいってると思いますよ」

私は思わず聞き返しました。

「そちらのお宅からも、何か言われたんですか?」

すると、ご主人は少し間を置きました。

「いや、そういうことじゃないですけど。でも、飛んでいくでしょう?」

「……そうですね」

それ以上、私は何も言いませんでした。

秋の終わり、植木屋さんを呼びました。

家を建てた年に植えた木です。娘が小さかったころには、その横に立たせて背丈を比べたこともありました。

職人さんは木を見上げながら言いました。

「ずいぶん立派になってますね。枝を整えるだけでも大丈夫そうですが」

少し迷ってから、私は答えました。

「いえ…根元からお願いします」

口にしてみると、自分で思っていた以上に寂しくなりました。

「切り株だけ、残してもらえますか」

「もちろんですよ」

作業が始まると、私は縁側に座って見ていました。

娘の背丈を印した跡も、幹の低いところに残っていました。やがて木は小さく切り分けられ、軽トラックへ積まれていきます。

庭に残ったのは、白い切り口だけでした。

夕方、隣のご主人がフェンス越しに庭を見ました。

「あ……木、切ったんですね」

「ええ。もう葉っぱも落ちないと思います」

ご主人は少し黙ってから、「そうですか」とだけ答えました。

それから、チャイムが鳴ることはなくなりました。

日当たりのよくなった庭を見るたび、掃除はずいぶん楽になったと思います。

それでも、ときどき白い切り株に目が止まります。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた60代以上女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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