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出産後も世界のトップへ返り咲き!「ママアスリート」として大復活した6人

  • 2026.9.9

女性アスリートの競技人生において、妊娠と出産は大きな転機になる。身体の変化、長い休養期間、育児との両立、復帰後のコンディション調整。難しい道のりであることは想像に難くはない。

それでも、出産を経て競技へ戻り、再び世界一に立った選手がいる。ここでは柔道、レスリング、サッカー、陸上競技から6人を紹介する。

谷亮子

日本スポーツ界で「出産後の復帰」を語るなら、この人を外すことはできない。柔道女子48kg級で圧倒的な強さを誇り、1992年バルセロナ、1996年アトランタと五輪で銀メダルを重ね、2000年シドニーで悲願の金メダルを掴んだほか、2004年アテネでも連覇を達成。

2005年に第1子を妊娠すると、その年の世界選手権を欠場。同年末に長男を出産し、育児と競技を両立する日々が始まる。

本格的に練習を再開した2007年3月の時点で約2年のブランクがあり、柔道家としての身体は一から作り直すしかなかった。それでも同年9月の世界選手権に出場し、決勝まで勝ち上がって優勝。2大会ぶり、通算7度目の金メダルである。北京五輪を待たず、世界選手権の舞台で「ママでも金」を実現してみせた。

その後出場した2008年北京五輪は銅メダル。3連覇こそ逃したが、バルセロナから5大会連続で五輪のメダルを持ち帰るという記録を残している。

金城梨紗子

旧姓・川井梨紗子。日本レスリング界で初めて、母親として世界王者になった選手である。

2016年リオデジャネイロ五輪の女子63kg級を制すと、その後は57kg級へ階級を移し、伊調馨との熾烈な代表争いを制して東京五輪へ。2021年の東京大会でも金メダルを掴み、五輪2連覇を達成した。

しかし大会後に結婚し、2022年5月に長女を出産。一時は引退も考えたという。ところが競技から離れてみると、逆にレスリングへの思いが戻ってきた。緊張感すら恋しくなるほどだった、と本人は振り返っていた。

出産から約1カ月半後の6月末には練習を再開。当初は身体の硬さに戸惑い、以前のようには動けなかったというが、実戦復帰は出産からわずか5カ月後だった。全日本女子オープン選手権59kg級を、3試合すべて無失点という内容で制した。

パリ五輪出場は叶わなかったが、挑戦はそこで終わらない。2024年には59kg級で世界選手権代表に選ばれ、アルバニアで行われた大会を制覇。母親になってからの世界一は、日本のレスリング界では前例のないことだった。

アレックス・モーガン

画像: (C)Getty Images
(C)Getty Images

アメリカ女子サッカーを象徴するスーパースターもまた、出産を経てトップへ戻ってきた一人だ。

。2012年ロンドン五輪で金メダル、2015年と2019年の女子ワールドカップでは代表の連覇に貢献した。とりわけ2019年大会ではタイ戦の5得点を含む6ゴールを挙げ、得点王争いの中心にいた。

その大会から10カ月後の2020年5月7日、第1子となる娘チャーリーを出産。当初は同年夏の東京五輪も視野に入れており、復帰までの猶予は数カ月しかないはずだった。ところが新型コロナウイルスの影響で五輪が1年延期。結果として、この延期が十分な回復期間をもたらすことになる。

2020年秋にトッテナムへ加入して欧州で実戦復帰を果たすと、11月には509日ぶりにアメリカ代表へ戻った。そして東京五輪では銅メダルを獲得。さらにクラブでは2022年、NWSLのサンディエゴ・ウェーブで15ゴールを挙げ、リーグ得点王のゴールデンブーツに輝いた。

岩清水梓

日本の女子サッカーで「出産後もプロを続ける」という道を、実際に歩いて示した選手だ。なでしこジャパンでは122試合に出場。2011年女子ワールドカップではセンターバックとして全6試合に出場し、日本初の世界一を最終ラインから支えた。2012年ロンドン五輪は銀メダル、2015年女子ワールドカップも準優勝。

その岩清水が2019年シーズンを最後に競技を離れ、妊娠・出産へ。2020年は公式戦出場がなかった。当時の国内女子サッカーでは、出産後にトップレベルへ戻る選手はまだ多くなかった。

しかし2021年、WEリーグの開幕とともに復帰。日テレ・東京ヴェルディベレーザで再び公式戦のピッチに立ち、2021-22シーズンはリーグ戦9試合に出場した。その後も育児と競技を両立しながらプレーし、2025-26シーズン終了まで現役を続けた。

シェリー=アン・フレーザー=プライス

出産するとスプリンターは以前の速さに戻れない…その通説を正面から壊したのが、ジャマイカのシェリー=アン・フレーザー=プライスである。

女子100mで2008年北京、2012年ロンドンと五輪連覇。世界選手権でも2009年、2013年、2015年と100mを制し、世界最速の女性として長く君臨した。そして、2016年リオ五輪でも銅メダルを獲得している。

しかし、2017年には妊娠が判明し、同年8月に息子を出産した。復帰を目指したものの、当初は本人も不安だったという。

だが2019年、32歳で彼女は完全に復活した。ドーハ世界選手権の女子100m決勝を10秒71で制し、自身4度目の100m世界タイトルを獲得。出産から約2年、母親になってから再び世界最速に立った瞬間だった。

物語はそこで終わらない。東京五輪では100mで銀、4×100mリレーで金。2021年には100mの自己ベストを10秒60まで更新した。そして2022年の世界選手権では、35歳で10秒67。大会新記録で通算5度目の世界タイトルを掴み、単一の個人走種目で世界選手権5勝という史上初の記録を打ち立てた。

アリソン・フェリックス

出産前からアメリカ陸上界のレジェンドだった。18歳で臨んだ2004年アテネ五輪の200mで銀メダル。2005年世界選手権では200mを制し、2007年の大阪世界選手権では200m、4×100m、4×400mの3冠を達成した。以後も200m、400m、リレー種目でメダルを積み上げていく。

ところが2018年、キャリア最大級の危機が訪れる。妊娠32週の定期検診で妊娠高血圧腎症が判明し、母子ともに危険な状態となった。同年11月28日、緊急帝王切開で娘カムリンを出産。出生体重は1.55kgだった。

2019年はスプリント練習すら思うようにできず、復帰した全米選手権の400m決勝は6位。それでも世界選手権の代表入りを果たすと、ドーハで混合4×400mリレーの金メダルを獲得する。世界選手権通算12個目の金は、当時ウサイン・ボルトを抜く大会史上最多だった。女子4×400mリレーでも金を掴んでいる。

そして2021年東京五輪、35歳。初めて母親として臨んだ大会の400mで銅メダルを獲得し、女子陸上選手として五輪史上最多となる10個目のメダルを手にした。翌日の4×400mリレーでは金。通算11個目となり、カール・ルイスを抜いてアメリカ陸上史上最多の五輪メダリストとなった。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)
画像提供:Getty Images

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