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おもてなしを重んじる日本人は、家族の最期にもおせっかいすぎる? 食べさせたい気持ちが虐待になる理由【監修者インタビュー】

  • 2026.9.8
 (C)牧野日和・かなしろにゃんこ。/竹書房
(C)牧野日和・かなしろにゃんこ。/竹書房

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「お食い締め(おくいじめ)」病気や高齢で口から食べられなくなった人に対し、最後まで“食べること”へ丁寧に向き合えるように、本人や家族を支えていく食支援のことである。この言葉を考案し20年以上前から活動しているのが、言語聴覚士で摂食嚥下障害領域(飲み込み)を専門とする牧野日和先生だ。

『お食い締め 口から食べられないアナタへ ~言語聴覚士が見たそれぞれの選択~』(牧野日和(愛知学院大学教授):原案・監修、かなしろにゃんこ。:漫画/竹書房)には、牧野先生がこれまで出会ってきた患者や家族の葛藤が描かれている。

もう一度焼き肉を食べたいと願う、寝たきりの男性。生きる気力をなくした高齢の母に、なんとか好物を食べてもらいたい娘。「食べること」にまつわる最期の時間を、牧野先生はどのように見つめてきたのだろうか。原案者・監修者としての想いを伺った。

——ご家族は患者さんに長生きしてほしいから、口の隙間から無理やりにでも食べ物を入れる、というお話がありました。たしかに栄養は摂れはするけれど、ご本人が同じことを望んでいるとは限らないよね、とも。

牧野日和先生(以下、牧野):こういう葛藤は、日本中であるんです。日本だけだと思います、食べられなくなっても口の隙間から食事を入れる文化は。

たとえばアメリカは意思決定の国なので、自分がそういう状態で食事をどうしたいかを尋ねられれば「いる、いらない」をはっきり言うし、周りもそれを尊重する。それが尊厳を守ることになります。でも日本人は、周りとは違う意見を人前で述べることにあまり慣れていませんよね。だから患者は「私が食べないことで家族を悩ませているなら、食べます」と言ってしまう。

日本はおもてなしの国でもあるので、患者が食べられなくなったらよかれと思って口からどんどん食べ物を入れる傾向があるんです。

看取りの反対語は孤独死です。日本は、患者を孤独死させないように、心臓が動いている間はおもてなしをしようとする。患者本人の意思とは関係なく、よかれと思って口の隙間からどんどん入れてあげたくなってしまうんです。そして、患者本人もそれについて文句を言えない。

だから僕はライフワークとして、そういう過剰な虐待めいた部分をなくしたいと思っているんです。

——本人の意思を確かめられないまま無理やり食べさせるのは虐待だと…。たしかに、本人の同意はないわけですからね。難しい問題だと思いますが、早めに自分の意思を家族に伝えることの大事さが伝わりました。

牧野:この漫画は、これまで亡くなっていった人たちの事実を伝えることで、読んだ人たちが「家族と一度こういう話をしてみようか」と考えてもらうことも狙いのひとつなんです。けっして不謹慎なことではないのでね。

日本では昔から死にまつわる話を避ける傾向がありますが、今は若いうちから自分の最期について話しておくことが重要だと言われています。

取材・文=吉田あき

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