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「家族なら一緒に担ってほしい」義父の葬儀当日に現れた義兄。準備に来なかった姿を思い出し、私が複雑になった理由

  • 2026.9.10

葬儀までの準備は、夫たちと進めていた

義父の葬儀の日だった。

亡くなってから葬儀を迎えるまで、夫やほかの家族と一緒に、会館とのやり取りや必要なものの確認をしていた。慣れないことばかりで、言われたことを一つずつこなすだけでも気持ちに余裕がなかった。

その間、義兄夫婦が手伝いに来ることはなかった。

事情があったのかもしれないし、義兄なりに考えていたこともあったのだと思う。ただ、こちらが慌ただしく動いている間に顔を合わせることがなかったのは事実だった。

葬儀当日、会館の入口では参列してくださる方を迎えるため、家族で並ぶことになった。

「ご家族の方は、こちらにお願いします」

係の方に案内され、私は夫の近くに立った。

義兄は迷うことなく前に立った

しばらくすると、義兄夫婦と息子さんがやってきた。

義兄は受付のあたりを見回すと、近くにいた私に声をかけた。

「塩とかは用意していないのか」

私はすぐには分からず、「係の方に聞いてみます」とだけ答えた。

そのあと義兄は、家族が並んでいる場所へ入り、夫の近くに立った。参列する方が来るたび、しっかり頭を下げている。

「本日はありがとうございます」

声もよく通っていた。

義兄は義父の息子なのだから、そこに立つこと自体は何もおかしくない。頭では分かっている。

それでも私は、少し複雑な気持ちになった。

数日前から慌ただしく動いていた時間を思い出してしまったからだ。

手伝いに来なかったことと、息子として参列者に挨拶することは別の話。

それでも、何事もなかったように前に立つ姿を見ていると、「準備のときにも、少し一緒にいてくれたらよかったのに」と思わずにはいられなかった。

引っかかっていたのは、並び順ではなかった

葬儀が終わってから、夫に義兄のことを責めるような話はしなかった。

義兄には義兄の事情があったのかもしれない。

それに、義父を見送る場で家族として振る舞うことまで否定したいわけではなかった。

ただ、自分が引っかかっていた理由は後になって分かった。

義兄が前に立ったことではなく、準備をしていた数日間の負担を、私はどこかで「家族なら一緒に担ってほしい」と思っていたのだ。

今も法事で会えば、義兄とは普通に話す。

あの日のことを蒸し返したこともない。

家族だから同じように動くとは限らない。それでも、忙しいときに誰がそばにいてくれたかという記憶は、意外と長く残るものなのだと思う。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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