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「だって食べられないんだもん」両家の顔合わせで自分の料理を息子へ渡し続ける母親。婚約者が困っていた理由

  • 2026.9.9

誰も先に箸をつけなかった座敷

結婚する前の、両家の顔合わせだった。

座敷の部屋で、彼の家と私の家が向かい合って座っていた。

それぞれの前には、仕切りの入った四角い弁当が置かれている。まだ蓋は閉じたままだった。

最初は誰も箸をつけなかった。天気の話をして、仕事の話を少しして、また会話が途切れる。

私の母が正座のまま座り直すと、畳の擦れる音がやけに大きく聞こえた。

両家の顔合わせなのだから、多少緊張するのは仕方がない。

挨拶をして、食事をしながら当たり障りのない話をして終わる。

私はそんな時間になるのだろうと思っていた。

やがて皆で弁当の蓋を開け、食事が始まった。

料理の話をするうちに、さっきまでより少しだけ空気もやわらいできた。

ところが、しばらくすると義母が箸を止めた。

「お腹いっぱいになっちゃったから、この弁当も食べて」

そう言って、自分の弁当を彼のほうへ寄せた。

彼はすぐに首を振った。

「母さん、いいから。自分の分で十分だよ」

しかし義母は「残すのもったいないし」と言いながら、弁当の中の煮物を彼の取り皿へ移した。

続いて焼き魚、卵焼きまで置こうとする。

「ほんとにいいって」

彼がもう一度止めると、義父も湯呑みを置いた。

「食べられないなら、そのままにしておきなさい」

ふたりとも、顔合わせの空気を壊さないように穏やかに言っていた。

それでも義母は不思議そうな顔をした。

「だって食べられないんだもん」

悪気はなかったのだと思う。残すのがもったいなくて、息子なら食べてくれると思っていたのだろう。

ただ、初めて両家がそろった席で、義母のおかずが次々と彼の前へ移されていく光景を、私はどう受け止めればいいのか分からなかった。

向かいに座る私の母も何も言わなかった。ただ、手にした湯呑みをしばらく置かなかった。

帰りの電車で、彼がこぼした

その場で誰かが義母を責めることはなく、食事はそのまま終わった。

店を出て、帰りの電車に乗ったあとだった。

隣に座った彼が小さな声で言った。

「あれ、止められなかった」

「大丈夫だよ」

私がそう返すと、彼は前を向いたまま続けた。

「穴があったら入りたかった」

その言葉を聞いて、私は少しだけ安心した。あの場で困っていたのは、自分だけではなかったのだ。

義母のおかずを前に積まれて、両家の視線をいちばん気にしていたのは、彼だったのかもしれない。

それから何年か経ち、私たちは結婚した。

義母は今でも、食べきれないものがあると夫のほうへ器を寄せることがある。法事でも正月でも、「これ食べる?」と聞いてから渡すようにはなったが、基本的なところはあまり変わっていない。

一方の夫は、外食へ行くと自分の皿をさりげなく手前へ引くことがある。

私はそれを見るたび、あの顔合わせの日を思い出してしまう。

義母のことを今でも完全に理解しているとは言えない。でも、あの行動にも義母なりの「残したくない」という気持ちがあったのだろうと思っている。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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