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44歳、2児の母。荒川静香が美しく滑り続けるために大切にする「頑張ることより、続けること」

  • 2026.9.5
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2006年、トリノオリンピックで日本人初のフィギュアスケート金メダリストとなった荒川静香さん。あれから20年。44歳、2児の母となった今も、プロスケーターとして氷の上に立ち続けている。

荒川静香といえば、多くの人の記憶に残っているのが、上体を大きく反らせながら氷上を滑る、あの美しいイナバウアーだろう。

Yuriko Imanaga

今回、間近で見た荒川さんは、曇りなく光を放つ肌、すらりと伸びた長い手足と、しなやかな曲線を描く体、すっと一本の軸が通ったような美しい姿勢が印象的だった。

成熟した大人の女性らしいたおやかな美しさがありながら、どこかみずみずしく、透き通るような軽やかさもある。そして何より、立っているだけで感じられる凛とした気品。

“若く見える”という言葉だけでは表現しきれない。20年以上にわたり、自分の体を使って表現することを続けてきた人ならではの、肉体そのものの説得力を感じた。

では、そのコンディションを保つために、いったいどんなことをしているのだろう?

荒川さんにWomen's Healthが聞いたのは、華やかな氷上の裏側にある、現在の体との向き合い方。そして、年齢を重ねるなかで変わってきたこと。

「特別なことはしていない。ただ日々繰り返すのみです」

――体型を維持するために、普段どんなトレーニングや食事を意識していますか?

「スケートのみです」

間髪入れず、迷いのない答えが返ってきた。

「スケートに必要な技、自分が見せたいもの、というのを日々繰り返すだけで、特別な食事であったり、ボディケアということは一切してなくて。というのも、私自身そこに使う余力がなくて……家族との日常もあるので、もう精いっぱいです」

それでも、ひとつだけ欠かさないことがある。

「練習を、日常的に続けることですね」

スケートの練習は週5日ほど。時間にすれば1回約1時間だという。

「ときに1時間半だったり45分だったり、リンクの状況によって違うことはありますけれど、とにかく本当に、『ブランクを作らないで、常に体に習慣づける』ということ。それだけですね」

どこまでも自分を追い込むことでも、短期間で体を変えることでもない。途切れさせない。日常にする。続ける。その積み重ねのすごさを感じさせたのが、この日披露したイナバウアーだった。

上体を大きく反らせた姿勢を保ちながら滑るイナバウアーは、柔軟性だけでなく、体を支える筋力やバランスも求められる動き。20年前に多くの人を魅了したその美しさを、今も変わらず保っている姿には、長年に渡り体を磨いてきた積み重ねが表れていた。

でも、その考え方は決してトップアスリートだけのものではない。

「動ける体を保ちたい」「年齢を重ねても好きなことを楽しみたい」と思ったとき、大切なのは、いきなり頑張りすぎることではなく、体を動かすことを生活から途切れさせないことなのかもしれない。

20年以上滑り続けてきた荒川さんの「ブランクを作らない」という言葉は、運動を始めてもなかなか続かない私たちにも、意外と身近なヒントをくれる。

44歳で「トレーニングデビュー」。続けるために、やり方は変える

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一方で、荒川さんは“昔と同じことを続ければいい”とも考えていない。

昨年秋から、人生で初めてパーソナルトレーナーについて陸上トレーニングを始めた。

「やはりケガが増えてきたので、その予防のためにトレーニングを入れました。これまで年齢とともに落ちてきた筋力が、最近はケガにつながるようになってきてしまったんです」

長く同じ体を使い続けているからこそ、その変化にも気づく。

「以前だったら同じ技をやっても負荷を感じなかった。でも、年齢とともに“やる力”が落ちてきたとに気づかずに、ケガをしてしまうようになったんですね」

だから、今の体に必要なものを補うことにしたという。

「ケガをしないように先回りして、強化して、必要な動きができるように、ということで始めました」

特にケガの多かった股関節を守るため、現在は臀部を中心に週1回、筋力を強化している。

「今まで自己流でしか体のケアをしてこなかったので、少し客観的に、専門家に“私の動きにとって必要な筋力”を見てもらって、メニューを組んでもらえたらいいのかなと思って」

そして少し笑いながら、

「トレーニングデビューですね!」

続けるためには、ずっと同じ方法で頑張り続ける必要はない。年齢によって体が変われば、やり方も変える。それもまた、長く続けるためのひとつの方法なのだ。

金メダルから20年。ファルコネーリと荒川静香をつなぐ、イタリアとの縁

Hearst Owned

今回取材したのは、荒川さんがプロデュースするアイスショー「三井住友信託銀行 presentsフレンズオンアイス」の公開リハーサル直後。

2026年の同ショーには、イタリア発のカシミアブランド「Falconeri(ファルコネーリ)」がオフィシャルスポンサーとして参加している。そこには、荒川さんとイタリアをつなぐ長い縁がある。

荒川さんがトリノオリンピックで金メダルを獲得した2006年は、「フレンズオンアイス」がスタートした年でもある。そして2017年には、ファルコネーリの姉妹ブランド「INTIMISSIMI(インティミッシミ)」がイタリア・ベローナで開催したアイスショー「インティミッシミ・オン・アイス」に、荒川さんがソリストとして出演。そうした縁を経て、金メダルから20年、そして「フレンズオンアイス」20周年という節目の年に、イタリアのファルコネーリとのタッグが実現した。

「トリノオリンピックから20年という節目の年に、またイタリアにルーツを持つブランドとこうしてご一緒できることに、とてもご縁を感じています」

20周年を迎えた今年、荒川さんは2006年トリノ五輪で金メダルを獲得した際に滑った、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の音楽を使ったフリープログラムを、約1分半に凝縮して披露した。

もちろん、代名詞ともいえるイナバウアーも健在。上体を大きく反らせながら氷上を悠然と進む姿に、会場の空気が一変した。

「20年前に皆さんの印象に残っている部分をピックアップして、詰め込めたかなと思っています」

同時に、昔を知る人だけのための演目にはしたくなかったという。

「新しく初めて見てくださる方には、『トゥーランドット』という曲が私の中ですごく好きな曲なので、スケートと融合したプログラムを楽しんでいただけていればいいな、という願いがあります」

ショーの途中のトークタイムでは、荒川さんは真っ白なファルコネーリのカシミアウエアに身を包んで登場した。

ファルコネーリは、カシミアをはじめとする上質な天然素材を得意とするイタリア発のブランド。素材そのものの美しさを生かした、シンプルで洗練されたタイムレスなものづくりを大切にしている。

実際に袖を通した荒川さんも、その軽さと肌触りに驚いたという。

「本当に驚くほど軽くて、肌に触れたときもとてもなめらか。着ていて心地よいですし、素材そのものの上質さを感じます。シンプルだからこそ、カシミアのよさがすごく伝わってくる気がします。日常はもちろん、スケート場は真夏でも10℃前後と過酷な環境で体が冷えることもありますし、軽くて暖かく、それでいて動きやすい本物の素材だからこそ、虜になる魅力があります」

Sunao Ohmori (Secession)

20年前、イタリア・トリノで世界の頂点に立った荒川さん。そして20年後の今、同じイタリアにルーツを持つファルコネーリの上質なカシミアをまとう。過去から現在へと続くイタリアとの縁が、今回の20周年という節目でひとつにつながった。

柔らかな白のカシミアは、荒川さんのしなやかさと凛とした佇まいによく似合っていた。

「オーラを出そう、とは思っていない」

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氷上に立つ姿だけで圧倒的に放たれる光のような荒川さんの気品は、どこから生まれるのだろうか。普段、内側から輝くために意識していることはありますか? と聞いてみた。

「ないですね」

またしても、即答だった。

「私自身は何もオーラがあるとも思っていないですし、出そうと努めているわけではないのですが、人に何を届けたいか。その思いのために何が必要なのかだけを、突き詰めているんだと思います。

例えばショーのプログラムを作るにしても、“届けたいものが何なのか”は明確にしておく。普段はそれを探して、突き詰めて、届ける、ということですね」

そして、完成したひとつの表現に留まり続けることもしない。

「時期によって、自分が音楽から感じること、自分が出したいものも変わってくるので、常に今の自分が何を出せるのか、何を出したらベストなのかということはアップデートしています。

同じ曲で、同じプログラムで、同じ動線を滑っていても、そのときのフィーリングで毎回たぶん少しずつニュアンスが違ってくる。それを伝えられるように、技術を維持しておく。それだけです」

「全部やらなきゃ」を諦めるようになった

USM

2児の母であり、プロスケーターであり、ショーをつくるプロデューサーでもある荒川さん。すべてをどうやって両立しているのか尋ねると、返ってきたのは意外な言葉だった。

「優先順位はあまりつけないんですが、諦めることを、最近は始めた気がしますね

以前は全部をやりきらないと、どこかに不足していることを常に感じてしまっていたんです。でも、いろいろな仕事をしていたり、あるときは主婦であったり、母であったりって、何足ものわらじを履いていると、時間が足りない。だから、『そんなに全部はできない!』ということを学びました。

何かを諦めながら、それでもいいと自分に思いながら、ひとつのことはちゃんと完遂する。何かひとつでもしっかり向き合える時間を決めたら、そこにフォーカスを当てて、やりきる。

できなかったことには、“これはできなくてもしょうがなかったね”って、自分に甘さを作る。そこはこの1年ぐらいで変わってきた部分かもしれません」

44歳になった今も、週5日、リンクに立つ。

体の変化に合わせて新しいトレーニングを取り入れ、すべてを完璧にこなそうとせず、ときにはできないことを手放す。

そして何より、「ブランクを作らないで、常に体に習慣づける」。頑張り続けるのではなく、続けられる形に変えながら、やめないこと。

20年後の今も美しいイナバウアーを披露する荒川さんの姿と、その言葉を重ねると、「継続する」ということの意味が少し違って見えてくる。

それはスケートだけではない。

運動も、仕事も、自分の好きなことも。年齢やライフステージに合わせてやり方を変えながら、生活から途切れさせない。

荒川静香さんが20年以上続けてきた習慣は、私たちの日常にも持ち帰ることのできる、シンプルで強いヒントだった。

荒川静香(あらかわ・しずか)

1981年12月29日生まれ、44歳。西武グループ所属のプロフィギュアスケーター。5歳でスケートを始め、2004年世界選手権で優勝。2006年トリノオリンピックでは、フィギュアスケート競技でアジア人初となる金メダルを獲得した。同年5月にプロへ転向し、自身がプロデュースするアイスショー「フレンズオンアイス」をはじめ、国内外のアイスショーで活躍。2014年に第一子、2018年に第二子を出産し、現在は2児の母。スケート解説やテレビ出演など、幅広く活動している。

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