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漫画家・文筆家・画家ヤマザキマリが映画『オデュッセイア』と描き下ろしイラストでコラボ!「生きていくのが困難な現代のヒントが山ほど描かれている」

  • 2026.9.3

前作『オッペンハイマー』(23)で第96回アカデミー賞を席巻したクリストファー・ノーラン監督の最新作が、古代ギリシャの吟遊詩人ホメロスによる一大英雄譚を映像化した『オデュッセイア』(9月4日~10日IMAX先行上映、9月11日公開)。「古代ローマ文明の根幹はそもそも古代ギリシャ文明にあり、彼らの神話や哲学は古代ローマ人の模範だった」。そう語るのは、「テルマエ・ロマエ」や「プリニウス」など、古代ローマを舞台にした作品で知られる漫画家、ヤマザキマリだ。かねてからノーラン作品に注目してきたというヤマザキと本作とのコラボレーションが、主人公オデュッセウスをイメージしたイラストの提供という形で実現した。これにあわせて、彼女が独自の感性と知識で掴み取った映画の見どころについて訊いた。

【写真を見る】トロイの木馬の内部など、誰もが端折りそうなところにこだわるのがノーランとヤマザキマリの共通項

「ノーラン流の解釈がしっかり表現されている」

まずは、映画を観終わっての感想である。「原作は2800年前に書かれた歴史的大ベストセラーなので、解釈も時代によって多様に変化しますが、今回のノーラン版の『オデュッセイア』は原作の持ち味を活かしつつ、現代的テイストもいろいろなシーンで感じました。もし、ノーラン監督が撮ったこの映画を2800年前のギリシャ人に見せたら、彼らの知る原作とはどこか違う印象を持つかもしれません。というのも、原作は抽象的な英雄譚ですから、読み方も読者によってそれぞれ違ってきます。今回の『オデュッセイア』ではノーラン流の解釈というものがしっかり表現されているように感じられました。戦略家の重圧とか、自分のせいでたくさんの人が死んでしまったことへの悲しみといった主人公の苦悩には、どこかキリスト教的な倫理観が潜んでいるように思えて、そこが現代的な描き方だと感じました」。

ギリシャに属するイタケの王であり、「トロイの木馬」作戦の立役者オデュッセウス [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
ギリシャに属するイタケの王であり、「トロイの木馬」作戦の立役者オデュッセウス [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

「知性と体力を完全燃焼させ目的を果たそうとする、当時の理想的な人間の生き方」

主人公はギリシャの英雄オデュッセウス(マット・デイモン)。トロイアとの10年におよぶ戦争を、巨大な木馬を用いた作戦で勝利に導いた。しかしその後、神々の怒りを買い、彼は故郷イタケへの帰路においてさらに10年もの間、大海原をさまようことになってしまう。

オデュッセウスについてヤマザキは、時代を超えて人々を勇気づける魅力があると語る。「当時のギリシャ悲劇では、ヘラクレスもそうですが、主人公はヒーローというよりも、誰しも向き合うことになるかもしれない苦難や試練の象徴であり、彼らのそうした生き様を知ることが、人々の生きるモチベーションになるわけです。そういう意味で『オデュッセイア』という抒情詩は大変成功した一例で、だから2800年経っても読まれ続けているのだと思います。オデュッセウスはいくつもの試練にも打ち勝ち、ありとあらゆる知性と体力を完全燃焼させながら目的を果たそうとする、当時の理想的な人間の生き方なのです」。

ギリシャ神話における英雄たちは生きる苦難や試練を象徴している [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
ギリシャ神話における英雄たちは生きる苦難や試練を象徴している [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

「アンティノオスは原作ではあれほど嫌な奴ではないが、現代では効果的」

ほかに印象的なキャラクターをいくつか挙げてもらった。「たとえばアンティノオス(ロバート・パティンソン)は原作ではあれほど嫌な奴として描かれていませんが、やはり現代の映画ではあれくらいのキャラにする方が効果的ですね。ゼンデイヤが演じるアテナも印象的でした。アテナは軍事と知性を司る女神でもあり、原作では彼の過酷な旅をサポートする役割で出てきますが、本作ではオデュッセウス自身の心理的幻影という立ち位置になっているところが斬新でした」。

イタケの王宮を占拠し、ペネロペに求婚し続ける野心家アンティノオス [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
イタケの王宮を占拠し、ペネロペに求婚し続ける野心家アンティノオス [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

原作に登場する個性的なクリーチャーたちも見どころで、ノーラン流の解釈でアレンジされているとヤマザキは分析する。「一つ目の巨人、キュクロプス(サイクロプス)は歴代多くの画家が描いてきた人気の怪物ですが、ノーラン版の佇まいにはなんだか哀愁が感じられて。怪物という脅威よりも、孤独にしか生きていけない運命を背負ったもの寂しい雰囲気に惹かれました」。

一行が上陸する島々には危険な怪物や異形の存在が潜んでいる [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
一行が上陸する島々には危険な怪物や異形の存在が潜んでいる [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

「リアルな描写、映画のキャパシティの広さを痛感」

クリストファー・ノーランといえば、新作が公開されるたびに映画ファンが大きな期待を寄せる現代の映画界を牽引する存在。ヤマザキも「わりと天邪鬼なので話題作をすぐに観たりはしないのですが」と前置きしたうえで、「前作『オッペンハイマー』は飛行機の中で観たのですが、ノーラン監督は大きなものを抱えて生きていく、運命に翻弄される人物を描くのが巧い監督だと思っています」とその魅力に言及する。本作のオデュッセウス然り、壁にぶつかり、葛藤する主人公はノーラン作品に共通するところなのかもしれない。

『オッペンハイマー』成功のプレッシャーを見事に乗り越えたクリストファー・ノーラン監督 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
『オッペンハイマー』成功のプレッシャーを見事に乗り越えたクリストファー・ノーラン監督 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

本作はその『オッペンハイマー』で悲願のアカデミー賞を獲得した直後の作品ということで、ノーラン監督自身にも大きなプレッシャーがあったのでは?と誰もが推測するところ。「それはみんなそうです。漫画だろうと文学だろうと、ヒットが出てしまうとその後の作品を産むためには、それまで使わなかた精神力が必要になります。ノーラン監督も同じはずなのですが、ここで『オデュッセイア』をテーマに選んだのがすごい。さすがです。私の夫は文学者であり『オデュッセイア』の子どものころからの愛読者なので、公開するやいなや観に行って、その夜すぐに電話がかかってきました。彼は特に冒頭に出てくるトロイの木馬の描写に感心をしていました。たしかに、(浜辺に置かれた)巨大な木馬の重力を考慮した沈み方は現実的だし、その中で一晩待ち続けなければならない人たちがどれだけ大変だったか、食べ物も食べず、トイレにもいけず、そうした描写がとてもリアルでした。神話ではそこまで詳しく書いていませんから、映画という表現のキャパの広さを痛感したようです」。

【写真を見る】トロイの木馬の内部など、誰もが端折りそうなところにこだわるのがノーランとヤマザキマリの共通項 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
【写真を見る】トロイの木馬の内部など、誰もが端折りそうなところにこだわるのがノーランとヤマザキマリの共通項 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

「自然の脅威を神の存在で可視化する考えが日本人とも近い価値観がある」

漫画家としてホメロスの原作から影響を受けたことも多いと語る。「この物語は、人類史上の大ベストセラーで大ロングロングセラーですよね。子どものころからギリシャ神話は大好きだったし、原作は随分前に読んでいるので、過去に映像化された作品を観ては『ここはこんなじゃない』などとツッコミを入れたりしていました。古代時代を舞台にした漫画を描こうと思ったその発想の根底には、子どものころに読んだギリシャ神話の影響も少なからずあると思います」。

オデュッセウスは弓の達人でもある [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
オデュッセウスは弓の達人でもある [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

続けて、古代ギリシャと古代ローマのつながり、本作が実は日本の観客にも親近感を覚える作品である理由を説明する。「そもそも古代ローマ文明は古代ギリシャから多大なる影響を受けていますし、彼らの文明そのものを吸収し、そこから形成されたものだとも言えます。いわば古代ギリシャ文明は現代のヨーロッパの根幹というか土台なので、時代が移り変わったところで彼らが築いたものが払拭されることはこの先もないでしょう。なにより、当時のギリシャ・ローマは我々日本人と同じく、“八百万の神”と共にある文明であり、一神教がベースとなり、多神教的な精神からすっかり遠ざかってしまった現代のヨーロッパよりも、その価値観は、私たち日本人の方が近いかもしれません。火山の噴火だったり、台風だったり、地震といった森羅万象の脅威に神の存在を可視化する点を取っても、時代と場所は違おうと、古代ギリシャ・ローマと日本はとても近いのです」。

ギリシャ軍の攻撃で陥落するトロイアの都市 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
ギリシャ軍の攻撃で陥落するトロイアの都市 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

「失意や絶望を感じてきた、それでも生き続けようとするオデュッセウスを表現」

今回、ヤマザキが描き下ろしたイラストには、髪や髭が伸び放題でボロ布を纏い、疲弊仕切ったように座り込むオデュッセウスの姿が描かれている。「人生は長い旅であり、その困難と体当たりで向き合いながらも生き続け、自分が帰属しているなにかを漠然と模索してるオデュッセウスの佇まいを描きました。人間はだれであろうと、若かろうと歳を重ねていようと、辛い目に遭うとボロボロになった心地がすると思います。この絵では、あらゆる失意や絶望を感じてきたにも関わらず、それでも生き続けようとするオデュッセウスの運命に背かない意志と諦観を表現してみました」。

漫画家、ヤマザキマリによる『オデュッセイア』の英雄オデュッセウスの描き下ろしイラスト! イラスト/ヤマザキマリ
漫画家、ヤマザキマリによる『オデュッセイア』の英雄オデュッセウスの描き下ろしイラスト! イラスト/ヤマザキマリ

「生きていくのが困難なこの時代にヒントとなることが山ほど描かれている」

オデュッセウスに語りかける工芸と戦争、知恵の女神でもあるアテナ [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
オデュッセウスに語りかける工芸と戦争、知恵の女神でもあるアテナ [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

改めて、映像作家クリストファー・ノーランに共感するポイントに、「デジタルで撮らないところは自分もアナログな人間なので共感しますね」と語るヤマザキ。最後に、『オデュッセイア』の公開を待つファンに向けて、本作を観るうえでのポイントを語ってもらった。

「事前に原作を読まないと、といった前準備は一切必要ありません。むしろ、私たち日本人が慣れ親しんだ、鬼や海坊主みたいな民間信仰や、日本の神話を重ねてみてもいいかもしれません。とにかくこの映画には、生きていくのが困難なこの時代にヒントとなるようなことが山ほど描かれています。見終わったあと、なぜこの物語が2800年もの間人々に読み継がれてきたのか、なぜいまでも映画の題材になるのか、深く納得がいくのではないかと思います」。

取材・文/清藤秀人

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