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「音痴は遺伝よ」と笑われて20年、私が結婚式で母に贈った1曲の正体

  • 2026.8.29
ハウコレ

「あなた、まだ歌わないの」。打ち合わせの帰りにそう言われた私は、突き放す返事しかできませんでした。それでも当日、マイクの前に立つと決めていました。

ウェディングドレスの試着室で、私は鼻歌の途中で口を閉じました。

20年前の笑い声

結婚式を控えた私には、人前で歌えない理由がありました。20年前、親戚の集まりの座敷で、7歳の私は、母がいつも歌ってくれる子守唄を歌ってみせました。その途中で、母が笑ったのです。「音痴は遺伝よ」。あちこちから、つられた笑いが起きました。私も一緒に笑ってみせましたが、その日を境に、歌うことをやめました。音楽の授業では口だけを動かし、友人とのカラオケは用事を作って断り続けました。

打ち合わせの帰りに

式の打ち合わせには、母も同席していました。進行表の余興の欄を、私は空白のまま提出しました。帰りのロビーで、母が急に足を止めました。「あなた、まだ歌わないの」。この期に及んでからかうのかと思いました。「歌わないから」。前を向いたまま、歩く速さも変えずに答えました。母は何か言いかけて、言葉を飲み込みました。ただ、1人になった帰り道で、決めたことがあります。あの歌を、笑われた記憶のままで終わらせないことです。

マイクを持つ番

お色直しのあと、司会が私の名前を呼びました。両親への手紙の代わりに、と頼んでおいた時間です。マイクを両手で持って、母の席を見ました。「この曲は、小さい頃にお母さんが歌ってくれた子守唄です」。演奏が始まり、最初の音から外れたのが自分でもわかりました。それでも歌い続けると、会場から少しずつ手拍子が重なっていきます。親族席では、母が真っ先に立ち上がって手を叩き、おしぼりを目元に当てていました。歌い終わるまで、私はその姿から目を離しませんでした。

そして...

お開きのあと、控室で母と2人になりました。「いい子守唄だったわ。昔と同じで」。私は短くうなずいて、荷物の方へ向き直りました。それ以上の言葉は、まだ探せていません。翌日、新居の段ボールを開けながら、私はあの子守唄を口ずさみました。途中から夫も、覚えたばかりの旋律を重ねます。2人とも音を外しましたが、私は最後まで歌うことをやめませんでした。

(20代女性・会社員)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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