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【初めてのニューヨーク】「白タク」の洗礼で60,000円を支払うことに…俳優・清水みさとの旅エッセイ

  • 2026.8.29

訪れた国は約40カ国。サウナと旅をこよなく愛するタレント・モデル・俳優の清水みさとさんの連載エッセイ。今回は、そんなみさとさんが「王道すぎる」という理由で行っていなかった街【ニューヨーク】でのお話。

【連載】清水みさと「旅をせずにはいられない」vol.11 初めてのニューヨークを、浴びた

3年前の12月、初めてニューヨークに行った。いつか行ってみたいと思ってはいたものの、ニューヨークはあまりに王道で、逆にわたしの旅先候補から漏れ続けていた。

それが11月に入ったころ、会う人会う人、みんなグルなのかと疑うレベルで、口を揃えて「ニューヨークは必ず行くべき」とわたしに言う。そうなってくると、「そうなの?」と、真に受け始めるわたしはちょろい人間なので、気づくと、近々の12月上旬の航空券を買っていた。縁とか運命とか、そういうちょっと照れくさい名前がついたものが、わたしは案外好きだったりする。
 
出発の2日前、大阪で撮影があった。ちょうどカメラマンが、少し前までニューヨークに1カ月ほど滞在していたらしく、わたしも明後日から行くことを伝えると、「宿は?」と聞かれた。
 
宿。そんなのすっかり忘れていた。ニューヨークに行くということだけですっかり満足して、その先をまったく決めておらず、多分、ニューヨークだしなんとかなるよねくらいに思っていたんだと思う。

ところが、昨今のアメリカは入国審査がまじで厳しくなっていて、女ひとりの宿なしは、ほぼお帰りください一直線。かといって、どこでもいいわけではなく、治安や動きやすさを考えた、いいエリアのホテルは軒並み目を疑うような値段になっていた。1週間、軽い気持ちで遊びに行くだけなのに、重めな金額を突きつけられ、突然行くのが嫌になった(自分のせい)。
 
すると、カメラマンが「ダメ元で、ニューヨークに住んでいる友達に聞いてみようか?」と言ってくれた。1カ月滞在していたとき、その友人夫婦の家に泊めてもらっていたらしい。「お願いします!」と、即座に甘え、一か八かのほぼ一に賭けて、とりあえず撮影に戻った。
 
すぐに返事がきた。ちょうど夫のマサヤさんは仕事で日本に帰国中で、ニューヨークの家には妻のエミコさんが一人だという。
 
友達の仕事仲間を、しかも急に明後日から1週間。さすがに難しいよね、と諦めかけたそのとき、マサヤさんは大阪にいるという。奇遇ですね、わたしたちも大阪にいる。どこですか、と聞けば、目と鼻の先にいた。こちらはもうすぐ撮影が終わるので「美味しいうどんを食べに行こうと思ってるのですがきますか?」と聞くと、「行きます」となった。
 
初対面でも関西人同士は話が早い。ニューヨークで絵を描いて暮らすマサヤさんの作品は、ちょっと身構えてしまうくらいかっこいい。けれど、本人は大きく笑う気さくな関西人で、緊張ひとつせず、うどんを食べ終わるころには、明後日から1週間泊めてもらうことになっていた。
 
こういうことがあるから、縁とか運命というものを都合よく信じたくなる。

こうして、わたしは無事にJFK国祭空港に着き、エミコさんの待つ、ブルックリンへ向かうことになった。「Uberで来てね」と言われていたし、海外で野良タクシーに乗るほど怖いことはないと思っているので、もちろんそのつもりだった。
 
ところが出口を出た瞬間、きちんとした格好で、首からそれらしきものを提げた男性に「タクシーはこっちだよ」と声をかけられた。周りの人たちもぞろぞろそちらへ向かっている。
 
「Uberに乗るから大丈夫」と言うと、「外を見てごらん、いま空港が混み合っていて、Uberが来れないんだよ」と言う。見れば、本当に混み合っていて、夜も遅く、入国審査の大行列ですでにクタクタになっている。信じるための条件がキレイに揃って、わたしはさらっと信じてしまった。
 
住所を伝えて、車に乗り込む。初めてニューヨークにきたことを伝え、ドライバーとの会話は思いのほか弾んだ。わたしはすっかり気をよくして、これから始まるニューヨークに浮かれ始めた。
 
ブルックリンに着いたころ、それまで陽気にしゃべっていた彼が、急に申し訳なさそうな顔で「500ドル」と言った(1ドル=150円)。
 
ここでようやく、白タクだということに気がついた。さっきまで親切だと思っていた人から、突然500ドルの請求。彼も彼で情がうつったのか、「初めてニューヨークに来たスチューデントに500ドルは高い」的なことをボスに電話で伝えて交渉している(だいたい学生に間違われる)。やさしいひとでよかった、と思いかけた。危ない、違う。これもまた高額請求の一環である。
 
結局、400ドルになった。100ドルも安くしてくれてラッキー、と思いかけた自分をここでもなんとか制する。
 
完全に出鼻をくじかれたけど、これから初対面のエミコさんに会うのに、着いて早々騙されたとか言って、かわいそうな人になるのも嫌だった。せっかく遊びにきたんだし、400ドルのことは一旦心の奥にしまって、家の扉をノックした。
 
出てきたエミコさんは、やっぱりマサヤさんと同じように笑顔が大きいチャーミングな関西人で、わたしは一瞬で大好きになった。玄関に近い一室を貸してくれた。ちなみに、マサヤさん・エミコさん夫婦とは、翌年、夫婦同士でメキシコ旅行へ行き、翌々年にはロサンゼルスでドジャースタジアムに観戦に行くほど仲良くなったのだけど、白タクに騙されたことはいまだに言っていない(ここでバレる)。

翌朝、早起きして、まだ静かな家の中で小さく「行ってきます!」と言い、玄関の扉に手をかけると、「Good Luck」と書かれた紙が貼られていた。わたしは頷いて、まだ太陽が昇りかけのブルックリンへ飛び出した。

初めてのニューヨークは、眩しくて、心がずっと前のめりだった。そこらへんで誰かが歌って、踊って、ニューヨーカーは颯爽と街を歩いていく。初めて来たのに、見覚えのある景色がそこらじゅうにあった。
 
『ティファニーで朝食を』『プラダを着た悪魔』『マンハッタン』『ユーガットメール』『はじまりのうた』。

『プラダを着た悪魔』ロケ地の「Bubby's」

何度も映画の中で見てきた街に、いま自分が混ざっている。もうそれだけで、歩いている間じゅう、ずっと嬉しかった。ブロードウェイは3本観た。なかでも完全に心を持っていかれたのが、マイケル・ジャクソンの半生を描いた『MJ』だった。

動きも声も歌声も、どう見てもそこにいるのはマイケル・ジャクソンで、本物が現れたのかと思うほどだった。主役のマイケルだけじゃない。ステージに立つ一人一人が発光していて、観た、というか、浴びた、の方が近い。英語で理解が足りないところは山ほどあるけど、涙が止まらず、手がちぎれそうなくらい拍手をした。絶対にまた観にこよう、と思った。
 
「また行きたい」は便利な言葉で、楽しかった時間をキレイに終わらせるためにも有効になる。でもわたしは、「また」と言ったら、本当にまた行きたい。そして翌年、もう一度ニューヨークへ行き、もう一度『MJ』を観た。こういう約束は、わりとちゃんと守る女なのである。

1週間も人の家に泊めてもらうので、1泊くらいは贅沢しようと、友人に勧めてもらった「ワイスホテル」にも泊まった。ブルックリンにある、築100年以上の工場を改装したホテルで、レンガやコンクリートを残したデザインの部屋は、ニューヨークのかっこよさをそのまま固めたみたいだった。

夜、窓の外にはマンハッタンの明かりが広がっていたけれど、その日は、ベッドに転がってポテトチップスを食べながら映画を観た。ニューヨークまで来ても、こういう夜がいちばん贅沢だったりする。白タクに騙され、街角のジャズバーにふらっと飛び込み、ブロードウェイを浴び、映画の世界をひたすら歩いた1週間。

ニューヨークでわたしは、自分が思っていたよりずっと簡単に感動する人間なのだと知った。そして、それでいいと思った。
 
四六時中、心が踊っていたあの街で、感動したなら感動したまま、好きなら好きなまま、ちゃんと浮かれていたいと思った。慣れたり、知ったふうになったりして、心が動いた瞬間をないことにするのだけは、これからもしたくない。
 
あれから3年経ったけれど、たぶんわたしは今も、あの日の「Good Luck」の途中にいる。願ってもらった幸運を、わたしもちゃんと信じながら。

photograph & text:MISATO SHIMIZU

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