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26年前、人気絶頂で“電撃引退”した【伝説の美少年】『一番美形なJr.』“5年連続”1位!「一生忘れられない」比類なき逸材

  • 2026.9.4
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※Google Geminiにて作成(イメージ)

長く芸能界で活躍しながら、ある日静かに表舞台を離れていく人がいます。今回は“それぞれの人生を歩み始めた芸能人”をテーマに、5名をセレクトしました。

本記事では第3弾として、1990年代後半のJr.黄金期にトップクラスの人気を誇りながら、人気絶頂のさなかに学業専念を理由として芸能界を去り、四半世紀を経た2026年に思わぬ形で再び注目を集めた人物をご紹介します。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに人選・制作された記事です
※一部、経歴やエピソードに関するネタバレを含みます

“一番美形なJr.”5年連続1位…黄金期を代表する人気Jr.

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映画「ガラスの脳」前夜祭 小原裕貴 (C)SANKEI

今回ご紹介するのは、小原裕貴さんです。

小原さんは1990年代後半のJr.全盛期において、トップクラスの人気を誇った人物。その人気ぶりを示すのが、アイドル雑誌『Myojo』で毎年おこなわれていたファン投票の結果です。「恋人にしたいJr.」部門で1996年・1997年と連続1位を獲得し、「一番美形なJr.」部門にいたっては5年連続で1位に選ばれています。

同世代には、のちに国民的グループとなる嵐のメンバーたちがいました。そのなかでも高い人気を維持していたという事実だけでも、当時の存在感の大きさが伝わってきます。雑誌やコンサートで注目を集める日々を、10代のうちに経験していたのです。

人気絶頂での決断…“学業に専念”を理由に20歳で芸能界を去る

不動の人気を得ていた小原さんですが、2000年、学業に専念するため芸能界を引退します。当時20歳の大学2年生。まさに人気絶頂のタイミングでの決断でした。トップクラスの人気を得ていたなか、自ら別の道を選んだことになります。

多くのファンが惜しんだこの選択が、結果として小原さんを“伝説のJr.”と、メディアなどで呼ばれる存在にしました。芸能活動から離れたあとも、その名前はファンの間で語り継がれ続けたのです。実際、引退から十数年の時を経て2017年にドラマ『ぼくらの勇気 未満都市 2017』に限定復帰した際には、「懐かしい!」「前と変わらずイケメン」など大きな話題を呼びました。

大学卒業後は広告業界へーー積み上げたキャリア

小原さんが引退を発表したのは大学在学中のことでした。その後は学業に専念し、卒業後には大手広告代理店「博報堂」に就職しました。以降は営業職としてキャリアを重ね、2018年8月に博報堂DYメディアパートナーズへ異動。エンタテインメント領域のビジネスに携わるようになります。かつて自分がいた世界を、今度は届ける側から支える立場になったわけです。

そして2022年には、博報堂DYメディアパートナーズとUUUMの合弁会社として設立された「HUUM」の取締役CMOに就任。現在も同社の取締役CMOを務めています。芸能界を離れてから20年以上をかけて、ビジネスの世界で着実にキャリアを積み上げてきました。

民放5局同時CMに関わりーー2026年に再び注目された名前

そんな小原さんの名前が、2026年5月に大きな話題を呼びます。きっかけは、嵐のラストライブの1週間前に放映された特別CMでした。5月24日の午後5時59分30秒より、日本テレビ・テレビ朝日・フジテレビ・TBS・テレビ東京の民放キー局5局が同時にCMを放映するという、異例の試みです。

5月31日のラストライブのMCで、櫻井翔さんがこのCMジャックへの協力に対する感謝として小原さんの名前を挙げたことで、その関与が明らかになりました。

かつての盟友の口から飛び出した懐かしい名前に、SNSでは「まさに伝説のJr.!」「一生忘れられない」「まさか2026年に名前を聞くなんて」といった驚きの声が寄せられました。表舞台に立つ道は選ばなかったけれど、別の場所からかつての仲間の最後を支える。そんな形の再会もあるのだと、多くの人に教えてくれた出来事でした。

※記事は執筆時点の情報です

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