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『風薫る』には“見られない”歴代ヒロインの要素「応援したくなる主人公って」振り返ると気づく“本作”ならではの個性

  • 2026.9.15
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『風、薫る』第25週(C)NHK

「はて?」と首をかしげた『虎に翼』の猪爪寅子(伊藤沙莉)、「たっすいがーはいかん」と繰り返した『あんぱん』の朝田のぶ(今田美桜)。歴代朝ドラには、その人物と作品の思想を一言で思い出させる台詞があった。一方『風、薫る』の一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)には、明確な決め台詞がない。それは作品の求心力を弱めたのか。それとも言葉ではなく、“看護する姿”で人物を描くための選択だったのだろうか。

※以下本文には放送内容が含まれます。

寅子の「はて?」が生んだ、主人公への求心力

2026年度前期の連続テレビ小説『風、薫る』は、明治時代を舞台に、正規の訓練を受けた看護婦・トレインドナースを目指すりんと直美の歩みを描いてきた。

養成所で厳しい指導を受け、病院や派出看護の現場で患者と向き合い、やがて後進の育成にも携わる二人。当時はまだ社会的な地位が確立されていなかった看護婦という仕事を、専門職として根づかせようとする物語である。

本作には、2024年度前期に放送された『虎に翼』との共通点が少なからずある。

『虎に翼』の主人公・寅子は法律を学び、女性が結婚や家制度に人生を左右される社会へ疑問を投げかけた。一方りんと直美も、女性の献身や奉仕と見なされがちだった看護を、一つの職業として成立させようとする。

どちらにも、女性が手に職をつけ、男性の庇護がなくても生きていける道を作るというテーマがある。女性というだけで権利を奪われ、労働や尊厳を搾取される社会からの脱却を描いている点でも共通している。

しかし、視聴者を物語へ引き込む力には違いがあったように思う。

SNS上では、歴代の朝ドラ登場人物に触れ「応援したくなる主人公ってこういうことか」という声が見られる。寅子には、社会の理不尽を一言で問い返す「はて?」という強力な言葉があった。それは単なる口癖ではない。誰もが当然だと思っている制度や慣習をいったん止め、考え直すための言葉だった。

寅子が「はて?」と首をかしげれば、視聴者も一緒になって社会へ疑問を向けられる。寅子の性格と作品の思想、視聴者が抱える違和感を束ねる、いわば合言葉として機能していた。

物語の外へ持ち出せる決め台詞があったからこそ、視聴者は寅子とともに壁へ立ち向かっているような感覚を得られたのだろう。

りんの「間違えた」は決め台詞になれなかった?

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『風、薫る』第24週(C)NHK

一方『風、薫る』には、りんや直美の性格を表す印象的な台詞は数多くあったものの、作品全体を一言で象徴する決め台詞は見当たらない。

『おむすび』なら「食べり」、『あんぱん』なら「たっすいがーはいかん」。物語を振り返ったとき、登場人物の声や表情までセットで思い出せる言葉がある。しかし『風、薫る』で同じものを探そうとすると、意外に難しい。

強いて挙げるなら、りんの「間違えた」だろうか。

りんは明るく行動力がある一方、考えるより先に体が動き、失敗することも少なくない。それでも間違いを隠さず、そのたびに患者や仲間から学び直す。「間違えた」は、完成されたヒロインではなく、何度もつまずきながら看護婦になっていく、りんの人間らしさを表す言葉だった。

ただし、これは自分へ向けた反省であり、寅子の「はて?」のように社会へ突きつける問いではない。視聴者が日常で引用し、作品の思想を共有する言葉には育ちにくかった。

本作には、とんびや紙飛行機、繰り返し吹く風など、自由や旅立ちを表す映像モチーフもあった。美しく印象的ではあったものの、りんや直美の人格と一瞬で結びつくアイコンとしては、やや抽象的だった印象もある。

SNS上では「セリフが人を表すよね」という声も見られた。決め台詞とは流行語を作るためだけのものではない。一言でその人物の価値観を視聴者の記憶へ刻み、作品の方向を示す役割を持っている。

作品のテーマが弱かったわけではない。むしろ女性の自立や労働、ケアの専門性という重要な問題を扱っていた。だからこそ、それらを一つに束ねる言葉があれば、物語はさらに大きな求心力を持てたのではないかと思ってしまう。

“看護する手”で人物を描いた

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『風、薫る』第25週(C)NHK

とはいえ決め台詞がなかったことを、単純な欠点と結論づけることもできない。

『虎に翼』の主人公は、弁護士であり裁判官だ。法律とは、言葉と論理を使って社会の矛盾を明らかにし、権利を守る仕事である。そのため寅子の疑問や怒りは、台詞として言語化されやすく、法廷での主張がカタルシスへ直結した。

対する『風、薫る』が描くのは、看護である。看護婦は目の前の命を観察し、必要な行動を一つずつ積み重ねることで状況を変えていく。

りんの優しさや直美の強さ。二人を象徴するものは、一つの決め台詞ではなく、何度も繰り返された看護の所作だったのかもしれない。彼女たちの本質は一言に要約できず、患者との関係や日々の働き方を見続けることで、少しずつ浮かび上がってくる。

本作は、従来の朝ドラに多い“一人のヒロインが夢をかなえる物語”とも異なる。二人が目指したのは、自分たちだけが優れた看護婦になることではない。後進を育て、規則を整え、看護という仕事を社会へ残していくことだった。個人の成功より、名もなき女性たちが働ける道を作ることに重心が置かれていたのである。

『風、薫る』は、一言で思い出せる朝ドラではないかもしれない。その代わり、誰かへ差し出された手や、名前のつかない気遣いの積み重ねが、視聴者の心に静かに残る。決め台詞ではなく、“ケアの記憶”によって人物を刻んだこと。それこそが、従来の朝ドラとは異なる本作の個性だったのではないだろうか。


連続テレビ小説『風、薫る』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

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