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途中でテンポを“裏切る”ライブではめったに聞けない歌。別れを受け止めた【5文字】

  • 2026.9.25
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2006年5月、オリコン40周年記念表彰式「WE LOVE MUSIC AWARD」に出席したB'z(C)SANKEI

曲の作りには定石がある。最初に決めたテンポを最後まで守り、サビで盛り上げ、間奏で息をつき、また同じ速さでサビへ戻る。聴き手はそのリズムに体を預ければよく、走り出した曲は最後まで走り、ゆっくり始まった曲はゆっくりのまま終わる。ところがこの曲は、その約束を1曲の途中で破る。

入口はゆったりしたテンポだ。ギターの短いフレーズが静かに置かれ、歌が乗り、サビが来ても足取りは変わらない。B'zにはこうした落ち着いた始まりの曲がほかにもある。だからここまでなら、ミディアムテンポのバラードとして聴き終えてもおかしくない。

珍しいのはそのあとだ。歌が一番遠くまで言葉を運んだところで、曲が一段ギアを上げる。同じ曲のままテンポが速くなり、それまで抑えられていたバンドの音が前へ出て、最後まで走り切る。この転換を、ゆったりした入口から順に聴いてこそ効く1曲として、あらためて聴き直したい。

B'z『ARIGATO』(作詞:稲葉浩志/作曲:松本孝弘)ーー2004年9月1日発売

歌が言い切ったあとで足取りが変わる

構成をたどると、この曲は前半と後半で別の顔を持っている。Aメロからサビまでは落ち着いた歩幅で進み、稲葉浩志の声も言葉をひとつずつ置いていくように歌う。テンポが変わるのは、ギターソロが終わりDメロが差し込まれた後だ。歌が心の内をいちばん深いところまで言い切った直後、曲がそこで一気に速度を上げる。

このとき変わって聞こえるものが2つある。ひとつは音の重心だ。それまで歌の後ろで控えていたバンドが、加速と同時に前へ出て、松本孝弘のギターが刻みで曲を押し始める。もうひとつは歌の呼吸だ。速くなった伴奏に合わせて、稲葉浩志の言葉が短く畳みかけるように聞こえ、前半の歌い方とは別の温度になる。

1曲のなかで「歩いていた人が走り出す」変化が起きている、と言えば伝わるだろうか。テンポの切り替えは、曲の技術としてはひとつの仕掛けにすぎない。だがこの曲では、その仕掛けが歌の内容と同じ方向を向いているところに、松本孝弘と稲葉浩志の設計の妙を感じる。この曲がテレビ朝日系のスポーツ放送のテーマソングとして流れたのも、後半の疾走があってこそだと思える。

加速の先に置かれた別れの言葉

では、走り出した先で何が歌われているのか。この曲の歌詞は、別れと喪失を抱えたまま前へ進もうとする決意を軸に、去っていく相手と過ぎた時間への感謝を重ねる内容だ。タイトルの「ありがとう」は、その決意の出発点にあるものすべてへ向けられた言葉に聞こえる。

しかもこの言葉は曲の冒頭ではなく、走り出したあとの後半で繰り返される。感謝を先に言って別れを語るのではなく、別れを語り切り、走り出してから感謝が口をつく。この順番が、タイトルの一語を軽い挨拶ではなく、歩き続ける人の背中から出た言葉に変えている。

前半のゆったりした足取りは、その別れを受け止める時間に映る。稲葉浩志の声が言葉をひとつずつ置いていく歌い方は、失ったものの大きさを急がずに数えているようだ。誰もいない場所へ向かって、それでも足を前へ出す。テンポアップは、その一歩をそのまま音にした瞬間として聴ける。

ここに、この曲の言葉と音の噛み合わせがある。応援歌なら最初から走ればいい。別れの歌なら最後までゆっくりでいい。この曲はその両方を1曲に入れ、別れを受け止め切ってから走り出す順番を、テンポの切り替えで示している。高揚する夏のスポーツ放送に流れたのが、こんなに内省的な別れの歌だったというギャップも、後半の疾走だけを聴いていた耳には見えにくかったはずだ。

あの頃の歩幅のままに

この曲はライブでの演奏機会が少ない。2004年は稲葉浩志も松本孝弘もソロ活動が中心で、この年はB'zのツアーが開かれていない。オリジナルアルバムにも入らず、ベスト盤で聴ける曲になった。

だからこそ、ゆったりした入口から加速までを通して聴ける場所は、いまも音源のなかにある。会場の熱で最初から走らされることのない、あの歩幅のままの前半があり、歌が言い切ったあとで曲が動き出す一歩がある。イヤホンで頭から再生し、曲が走り出す瞬間を待つ。その待ち時間まで含めて、この曲の「ありがとう」は完成する。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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