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トルコの古代都市で、2500年前の「謎の巨大像」を発掘

  • 2026.8.26
※ 画像はイメージです/ Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

トルコ西部に残る古代都市サルディスから、約2500年前に作られた巨大な男性像が発見されました。

高さは2メートルを超え、長い髪と古風な衣装をまといながら、手や顔には当時として新しい写実的な表現が取り入れられています。

しかも、この貴重な彫像が見つかった場所は神殿や墓ではありません。

なんと古代ローマ時代の道路の下で、2つに割られ、顔を下に向けた「舗装石」として再利用されていたのです。

いったい、この男性は誰だったのでしょうか。

米ハーバード大学とコーネル大学によるサルディス考古学調査(Archaeological Exploration of Sardis)の発掘によって、古代リディア人が自分たちの過去をどのように捉えていたのかを考える、新たな手がかりが現れました。

目次

  • 道路の下から現れた高さ2メートル超の巨大像
  • なぜ最新技術で「100年前の姿」を彫ったのか

道路の下から現れた高さ2メートル超の巨大像

発見があったのは、かつてリディア王国の首都だったサルディスです。

研究チームが5月下旬、ローマ時代の大規模な列柱道路を調査していたところ、道路の舗装に使われていた大理石の中から、人間の姿をした彫像が現れました。

像は大きく2つに割られ、表面を下にして道路へ敷き詰められていました。

実際の画像がこちら

つまり後世の人々にとって、この巨大な芸術作品は建築資材として再利用されていたのです。

しかし結果的には、顔や体の正面が地面側を向いていたことが、風化から像を守ることにもつながりました。

慎重に掘り出された彫像は高さ約2.1メートルを超える若い男性像で、保存状態は非常に良く、ほぼ完全な姿を残していました。

右手には果物のようなものを持っており、マルメロを神々に捧げようとしている姿だった可能性も指摘されています。

顔が見えるように仰向けにされた巨像

年代は紀元前470~450年ごろとみられています。

ところが、この像には奇妙な特徴があります。

直立した姿勢や長く整えた髪、衣服のスタイルは、制作年代より約100年前にあたる紀元前6世紀のギリシャ彫刻を思わせるのです。

一方で、手に浮き出た血管や顔の造形、首の動きなどには、紀元前5世紀前半の新しい写実表現が使われています。

つまりこの像には、「昔の姿」と「当時最新の技術」が同時に存在しているのです。

なぜ最新技術で「100年前の姿」を彫ったのか

この不思議な組み合わせを理解するには、当時のサルディスの歴史を見る必要があります。

サルディスは紀元前7~6世紀、リディア王国の首都として栄えました。

リディアは豪華な衣服や香水などで知られ、世界最初期の貨幣を生み出した文明としても知られています。

しかし紀元前546年、ペルシャのキュロス大王によって征服され、サルディスはアケメネス朝ペルシャの地方行政の中心地となりました。

今回の像が作られたのは、そのおよそ1世紀後です。

それにもかかわらず、彫像には目立ったペルシャ風の表現が見られません。

さらに同時代のギリシャで若い男性像が裸体で表現されることが多かったのに対し、この男性は薄いキトンや外衣をまとい、その下には特徴的な横方向のひだを持つ衣服まで身につけています。

これはリディアやアナトリアの文化を強く反映した装いと考えられています。

調査責任者のニコラス・ケイヒル氏は、彫刻家が当時のギリシャや地中海世界の最新様式を知りながら、あえて古い時代の髪型や服装を選んだ可能性を指摘しています。

つまり征服によって政治体制が変わった後も、サルディスの人々はかつてのリディア王国時代を自分たちの文化的な過去として意識していたのかもしれません。

調査中の別の画像がこちら

この像が誰を表しているのかは、まだ分かっていません。

ただし裕福な市民や政治的な有力者の像だった可能性があり、文献に登場する母なる女神キュベレーの聖域など、重要な宗教施設に置かれていた可能性も検討されています。

古代では有力者が神の近くに自分の像を置き、永続的に神を礼拝する姿を示したり、神との結びつきを通じて自らの権威を表現したりすることがありました。

今回の巨大像も、そうした目的を持っていたのかもしれません。

その後、サルディスはギリシャ系勢力やセレウコス朝を経てローマの支配下に入り、かつて重要人物を象徴したかもしれない彫像は、いつしか2つに割られて道路の一部へと姿を変えました。

皮肉にも、その扱いによって約2500年前の姿が現代まで残されることになったのです。

チームは現在、彫像の洗浄と分析を進めています。

古代の大理石像はもともと彩色されていることが多かったため、表面に残る微細な顔料の痕跡も調べられる予定です。

修復後は破片を接合し、トルコの博物館で展示される計画です。

古代の道路から現れたこの「謎の巨大像」は、単なる珍しい彫刻ではありません。

最新の技術を使いながら、あえて100年前の文化をまとわせたその姿には、国を失った後も過去とのつながりを保とうとした人々の意識が刻まれている可能性があります。

これから調査が進めば、この男性が誰だったのか、そしてなぜ古いリディアの姿を選んだのかについて、さらに手がかりが得られるかもしれません。

参考文献

Mystery statue unearthed at Sardis archaeological dig
https://phys.org/news/2026-08-mystery-statue-unearthed-sardis-archaeological.html

Why Did the Ancient Romans Bury This Monumental Marble Statue Facedown? They Wanted to Repurpose It as a Paving Stone
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/why-did-the-ancient-romans-bury-this-monumental-marble-statue-face-down-they-wanted-to-repurpose-it-as-a-paving-stone-180989302/

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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