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世界共通の「くすぐったい地図」が完成――最もくすぐったい場所は「敏感な場所」ではなかった

  • 2026.8.11
世界共通の「くすぐったい地図」が完成――最もくすぐったい場所は「敏感な場所」ではなかった
世界共通の「くすぐったい地図」が完成――最もくすぐったい場所は「敏感な場所」ではなかった / Credit:Xiong & Kilteni, Nature Human Behaviour (2026), CC BY 4.0

オランダのラドバウド大学ドンダース研究所(Donders Institute)などで行われた研究によって、くすぐったいと感じる体の部位は、文化圏が違っても驚くほど一致していることが明らかになりました。

中国・オランダ・ギリシャという異なる文化的背景を持つ448人にくすぐったさの全身地図を作成してもらったところ、首、脇の下、お腹、足の裏が、どの文化圏でもほぼ同じ位置に浮かび上がったのです。

抱擁のような他のスキンシップは文化によって感じ方が異なることが知られています。それにもかかわらず、くすぐったさだけは国境を越えてほぼ共通していました。

キルテニ氏は「参加者の出身地に関わらず、驚くほど似たパターンが見られました」と述べています。

では、なぜ脇の下や足の裏はあれほどくすぐったいのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年8月10日に『Nature Human Behaviour』にて発表されました。

目次

  • 文化が違っても、くすぐったい「地図」は同じだった
  • 2000年越しの「5つの定説」が、次々と崩れた
  • それでも「くすぐったさ」は、まだ説明しきれない

文化が違っても、くすぐったい「地図」は同じだった

文化が違っても、くすぐったい「地図」は同じだった
文化が違っても、くすぐったい「地図」は同じだった / 異なる文化の人々がくすぐったいと思う場所を示した地図は驚くほど一致していました/Credit:Xiong & Kilteni, Nature Human Behaviour (2026), CC BY 4.0

脇の下にだれかの指が近づいてくる気配だけで、思わず腕をぎゅっと閉じてしまう——そんな経験は、誰にでもあるはずです。

くすぐられて笑い、逃げ、抵抗する。この一連の反応は、日本で暮らす私たちにとってあまりに当たり前のものです。

ところが、それが文化を越えて本当に同じなのかを体系的に調べた研究は、これまでほとんど存在しませんでした。あまりに身近すぎて、科学の正面に立たされることがなかったのです。

そこで研究チームは中国・オランダ・ギリシャの3つの文化圏から448人を集め、人体のイラスト上でくすぐったいと感じる場所を塗り分けてもらいました。

対象としたのは、羽でなでるような軽い接触ではありません。思わず笑ってしまう、あの強めのくすぐりです。

こうして描き出されたくすぐったさの全身地図(身体マップ)に浮かび上がったのは、首、脇の下、お腹、足の裏でした。

この4カ所を中心としたパターンは3つの文化圏で大きく重なっており、2つの文化のデータだけで学習させた機械学習モデルが、残り1つの文化の地図をぴたりと言い当てられるほどでした。

未知の文化のくすぐったさを予測できてしまうということは、その配置に文化を超えた共通の型があることを意味します。

参加者の98%以上が「くすぐられた経験がある」と回答し、その反応も「笑う」「逃げる」「抵抗する」と文化を問わずよく似ていました。

他のスキンシップでは文化ごとに心地よさの感じ方が変わることが知られているにもかかわらず、くすぐったさに関しては、反応にも身体地図にも大きな文化差がほとんど検出されなかったのです。

それどころか、チンパンジーやボノボも脇や足、お腹など人間と同じ場所を手や指でくすぐり合い、笑い声に似た発声を出すことが報告されています。

くすぐりという行動は、ヒトの文化どころか種の境界すら越えて受け継がれてきたのかもしれません。

場所がここまで普遍的であるなら、その理由は文化の側ではなく、身体そのものの側にあるはずです。

実際、この疑問は2000年以上ものあいだ、答えの出ないまま思想家たちを悩ませてきました。

2000年越しの「5つの定説」が、次々と崩れた

2000年越しの「5つの定説」が、次々と崩れた
2000年越しの「5つの定説」が、次々と崩れた / Credit:Canva

なぜ脇の下や足の裏ばかりがくすぐったいのか。

この問いは、実は古代ギリシャの哲学者アリストテレスの時代からずっと議論されており、あのダーウィンも考えていたことが知られています。人類最高峰の頭脳たちが、くすぐったさという「たかが」の前で本気で悩んできたのです。

そうして残されたのが、現在も語られる5つの説です。

皮膚が薄い場所だからという「皮膚の厚さ説」、触覚の神経が密集しているからという「触覚感度説」、攻撃されると致命傷になりやすい急所だからという「弱点防御説」、性感帯と重なるからという「快感説」、そしてダーウィンが唱えた「普段あまり触れられない場所だからくすぐったい」という「接触頻度説」です。

どれも直感的にはもっともらしく聞こえますが、驚くべきことに、これらの説がくすぐったさの全身データと実際に突き合わせて検証されたことは一度もありませんでした。今回の研究は、その初めての本格的な一斉検証でもあったのです。

結果は、大方の予想を裏切るものでした。5つのうち4つが、データの前であっさりと沈んでいったのです。

まず「皮膚の厚さ説」。唇やまぶたは体のなかでも特に皮膚が薄い場所ですが、くすぐったさの上位常連にはまったく顔を出しません。

次に「触覚感度説」。手や手のひらは触覚の神経がぎっしり詰まった高感度エリアですが、くすぐったい場所としてはむしろ鈍い部類でした。

「弱点防御説」も、急所の目安として動脈の太さと照合すると有意な関連は見られませんでした。「快感説」もまた、参加者自身が「触れられて心地よい場所」として塗った地図とはほとんど重なりませんでした。

シオン氏は「よくある説明のいくつかは、データに合致しません」と述べています。

4つの説が沈んだあと、ただひとつデータと一致したのがダーウィンの「接触頻度説」でした。

自分自身でも他人からもめったに触られない場所ほど、くすぐったさが強い傾向がはっきりと確認されたのです。

では、触られないことがなぜくすぐったさを生むのでしょうか。

研究チームが挙げるのは「予想外」という要素です。

日頃から触れられている場所への接触は、体にとって想定内の出来事にすぎません。ところが脇の下や足の裏のように、普段ほとんど触れられない場所に何かが触れると、体はそれを予期していないのです。

この不意打ちが、あの強い驚きの反応を引き出しているのではないか——そう考えると、くすぐったさの正体は「予想外の接触への驚き」だったということになります。

それでも「くすぐったさ」は、まだ説明しきれない

それでも「くすぐったさ」は、まだ説明しきれない
それでも「くすぐったさ」は、まだ説明しきれない / Credit:Canva

では、予想外であることがくすぐったさのすべてなのでしょうか。

答えは、半分だけイエスでした。

「めったに触られない場所ほどくすぐったい」という傾向は確かに存在します。しかしこの一本の説明で塗りつぶせたのは、くすぐったさの地図のごく一部でした。

そのため研究者たちは、単独ですべてを説明できる理論は存在しないと結論づけています。

さらに興味深いのは、くすぐったさの地図が、ほかのどの感覚の地図とも違う独自の顔つきをしていた点です。

全身地図を統計的に比較したところ、くすぐったさの地図は触覚の敏感さの地図とはある程度似ているものの、痛み・快感・触覚のいずれとも区別できる独自のパターンを示しました。

つまりくすぐったさは、ほかの感覚の「おまけ」や「合わせ技」ではなく、それ自体が独自のカテゴリーに属する身体体験である可能性があるのです。

くすぐったさとは「とても強い触覚」でも「ごく軽い痛み」でも「変わった形の快感」でもない。他の感覚を混ぜ合わせて作れるものではない、それ自体でひとつの感覚だということです。

研究チームはもう一つ、考えさせられる可能性にも言及しています。

めったに触られないからくすぐったくなるのか、それともくすぐったいからこそ触れられる機会が減るのか——原因と結果が循環して互いを強め合っているかもしれない、という見立てです。

触られないからくすぐったく、くすぐったいから触られない。ニワトリと卵のような関係が、私たちの体の上に地図として刻まれているのかもしれません。

謎が残されたまま、研究チームは現在、ロボットが足の裏をくすぐる専用の「くすぐり実験室」で解明を続けています。

キルテニ氏は「くすぐったさは感覚と運動の処理、社会的行動、感情、そして進化の交差点に位置しています」と述べています。

脇腹をつつかれれば多くの人が飛び上がる、あの「たかがくすぐったい」感覚は、脳と体、そして感情や人とのつながりがどう結びついているのかを探る思いがけない窓になるのかもしれません。

身近すぎて誰も真剣に相手をしてこなかった感覚が、いま2000年ぶりに科学の主役の座に着こうとしています。

元論文

Human ticklishness is a widespread, culturally shared and bodily organized sensory experience
https://doi.org/10.1038/s41562-026-02535-z

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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