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【諸行無常】事故を起こさず一生バイクを楽しむ!本瀧寺・シュウケン住職が語る「変化を受け入れる」ライディングの真理

  • 2026.8.9

変化する時代や自身の体力と向き合う『諸行無常』の教え。若い頃のイメージを捨て、今の自分に応じた乗り方を受け入れることで、一生バイクを愛し続けられる心が調う

今月の一言:諸行無常

本瀧寺のシュウケンです。GWを満喫されている方も多いことでしょうが、この筆を執っている時点ではまだ4月です。4月と言えば、新年度の始まりで、いろいろと新しいことが始まる時です。じつは当寺の境内にあるカフェ(ほんたき寺巣)も、ちょうど10年前の4月にオープンしました。今でこそ珍しくもないのですが、当時はお寺がカフェをするのは大変珍しく、中にはオープンに反対する声もありました。

ニュースなどでご存知だと思いますが、今年の4月から自転車の交通違反に関する新しい制度が導入されました。(16歳以上の)自転車を運転する人に対して、バイクや自動車と同じ青切符が適用されます。これまで見逃してもらいがちであった交通違反も、厳しく取り締まられると聞きます。これからは自転車の乗り方も意識を変えていく必要があります。

仏教に『諸行無常』と言う教えがあります。“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり”。平家の繁栄と没落を表現した、平家物語の有名な冒頭のくだりの影響でしょうか、『諸行無常』と聞けば、人生の儚さや命のもろさなど悲観的な印象を持つ人も多いでしょう。しかし、『諸行無常』には悲観的な意味はなく、この世の現象や物事は常に変化し、不変のものは無いと言う、仏教において基本的な考え方なのです。

10年前には珍しかったお寺のカフェもそうですが、4月からの自転車の運転など、それまでは当たり前だったことも、時の流れとともに変化していきます。これは私たちライダー自身についても例外ではありません。

以前お話ししましたが、私はいわゆるリターンライダーです。私がバイクに乗り始めた10代の頃は、体力もあり長距離なども平気で走っていました。それが40代になって久しぶりにバイクに乗った時の感想は、楽しいよりも「疲れた」「怖かった」と言うのが正直なところでした。当然ながら10代と40代では体力や判断力、反射神経など比べ物になりません。でも、不思議なこと『諸行無常』には、決して儚さやもろに頭の中には、若い頃のイメージが強く残っています。そのイメージにとらわれて、ついつい無理をした結果が「疲れた」「怖かった」だったのです。それに気づいて以来、バイクに乗る時には、決して無理をすることがなくなりました。すると、以前のような「楽しい」と言う感覚が戻ってきました。

多少の個人差はありますが、年齢を重ねるごとに体力などの衰えは避けることができません。大切なのは、それらを自覚して、それらに応じた乗り方をすることです。もう一度言いますが、『諸行無常』には、決して儚さやもろさなどの悲観的な意味は含まれていません。平家の後に源氏が幕府を開いたように、ひとつの時代の後には必ず新しい時代が訪れます。バイクも同じです。楽しみ方などに変化こそあれ、取り返しのつかない事故さえ起こさなければ、バイクは一生を楽しむことができるものなのです。

合掌

「一人でも多くのライダーに訪れてほしい」と言う願いから、2016 年 4月22日にオープンしたカフェ「ほんたき寺巣」(当時は「ほんたき 山のカフェ」)。今も週末などを中心に多くのライダーたちでにぎわう

本誌のうまいもんツーリング(2021年9月号)でも紹介した「ほんたき寺巣」。写真はその時の多聞恵美(左)、シュウケン和尚(中央)と弟の野間昭泉さん

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