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「諦める」の本当の意味とは? 仏教の教え『諦観』から学ぶ、大人のツーリングの判断力|バイク説法

  • 2026.7.1

梅雨のツーリング計画を狂わせる雨。本瀧寺の住職が語る、後ろ向きではない「諦める」の語源。感情を置き、本質を見極める『諦観』という、事故を起こさないための大人の引き際

仏教由来の言葉「諦める(諦観)」が教える大人の判断力

本瀧寺のシュウケンです。以前から当寺ではライダーやバイクへの祈祷を行っています。その中に“ご祈祷ミーティング”というものがあります。これは当寺に参られるライダーから「もっと気軽に多くのライダーがご祈祷を受けられないでしょうか」と相談を受けたのがきっかけで、ツーリングなどの出発前に、みんなで祈祷を受けるというものです。

じつは先日も、このご祈祷ミーティングを行う予定でしたが、その数日前に「当日の天気が悪そうなので、中止させてください」と連絡がありました。私はこの連絡を聞いて「英断を下された」と思いました。ミーティングを楽しみにしていた参加者も多かったことでしょう。また当日に向けて準備をしていた人たちに迷惑をかけてしまうのでは、という気持ちもあったと思います。多少の雨でも決行することは可能でした。ただ、交通安全を祈願するミーティングで、無理をして事故などを起こしてしまえば、それこそ本末転倒というものです。申し訳なさそうに連絡をしてきた主催の方に、私は「謝る必要など一切ありませんよ」とお伝えいたしました。

よく「何々を諦める」「何かを諦めた」などと言います。“諦める”と聞くと、諦めたものに対して後悔や無念などが残る、後ろ向きな印象がありますが、じつは、本来の意味とは少し異なっています。“諦める”とは、仏教由来の言葉で、その語源は『諦観』だと言われています。一般的には“ていかん”と読みますが、仏教では“たいかん”と読み、本質を見る、物事を見極めるといった意味です。冷静で正しい判断を下すために“物事の本質をあきらかに観る”という大切な教えの一つなのです。この“あきらかに観る”が次第に“諦める”となったとされています。

6月になると梅雨に入り、雨の日も多くなります。もうツーリングなどの計画を立てている人もいらっしゃることでしょう。ツーリングに出かけるかどうかを決める際、天候は重要な判断材料となります。雨の日に決してバイクに乗ってはいけない訳ではありません。雨でもツーリングを楽しむことができます。ただ、目的地の天気の状況や、自分の運転技術や体調、そして一緒に走る仲間の技量など判断材料は他にもたくさんあります。大切なのは事故を起こさないこと。「せっかく何カ月も準備をしていたから」「中止の連絡をするのが面倒だから」などの感情的なもの一旦置いてください。実行するかどうか、必要なのは“諦観”することなのです。合掌

「諦める」の本当の意味とは? 仏教の教え『諦観』から学ぶ、大人のツーリングの判断力|バイク説法
2023年に行われたご祈祷ミーティング。コロナ禍以降、数年ぶりの開催ということで、この時は多くのライダーが参加。以後、毎年多くのライダーやツーリングクラブなどが行っている
「諦める」の本当の意味とは? 仏教の教え『諦観』から学ぶ、大人のツーリングの判断力|バイク説法
まずは本瀧寺の駐車場で、ライダーやバイクの交通安全を祈願。ご祈祷後、そのままみんなでツーリングの出発するのがご祈祷ミーティングの流れ

シュウケン(野間秀顕)
バイク寺として親しまれる大阪府能勢町にある「妙見宗総本山 本瀧寺」の執事長。40歳の時に大型二輪免許を取得。エヴォリューションに乗るハーレー和尚として、バイク講話など交通安全普及に努める

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