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【60代エンタメ】韓国⽂学案内「私が私らしくあるための物語との出合いを」おすすめ4選 【好奇心の扉・前編】

  • 2026.8.10

日本でも新刊が続々と発売され、注目を集めている韓国の女性作家による、韓国の女性を描いた文学作品。その背景を「男性優位の日常や社会に対して声を上げた、幅広い世代の作品が、国を超えて女性読者をエンパワーメントしている」と、韓日翻訳者・小山内園子さんは語ります。

家族や家庭を日々ケアするために心を尽くし、そのことに、多くの時間を過ごしてきた女性たちが、ひとりの「私」として、自分を見つめるきっかけとなる文学とは?
小山内さんにそうした作品の魅力の在あり処か と、いまだからおすすめの選書を伺いました。【前編】

役割から少し離れて「私」という人生を見つめ直すための物語

小山内さんには翻訳だけでなく、NHKラジオでの講座「カルチャーラジオ 文学の時間」を書籍化した『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』という著作があります。出版社のサイトによれば「〈弱さ〉とは、自らの意志とは関係なく選択肢を奪われた状態のこと」。小山内さんは、そうした状況を生きる人々を描く作品群を韓国現代文学の大きなうねりとして捉え、歴史や社会の周縁に存在した人々の物語を幅広く取り上げています。

登場人物は、1980年代の韓国の民主化運動で命を落とした若者であり、LGBTQの当事者であり、経済的な困窮者であり、親に運命を左右される子どもであり―、そして「家父長制」が色濃く残る韓国社会で、男性や家族をケアする立場に身を置くことを求められてきた女性たちです。

今回、小山内さんにお願いした選書のテーマは、さまざまな経験を経てきた素敵世代の女性が、ひとりの「私」に向き合うための物語。韓国とは国民性や社会システムは違えども、日本もいまだに男性優位の社会であることに変わりなく、そのなかで生きてきた女性が抱く思いには同じ根っこがありそうです。

「選んだ8冊の本には、実は裏テーマがあります。女性は家族のなかでさまざまな役割がありますよね。娘、嫁、妻、母、祖母、時には家長。読者の方がそれらの立場や役割から離れて『私』とはなんだろうと考えてみるには、自分に近い誰かを見つけられる作品がよいのではと思いました。それは主人公だけでなく、周囲の誰かかもしれない。もしかしたら、知っている人に似ている誰かも出てくるかもしれません。

心を寄せやすいキャラクターを発見できると、物語がぐっと自分に近づいてきます。そして、フィクションのなかで似たような問題を抱えている登場人物と出会うと、自分の状況を客観視できるので、心の風通しがよくなります」

韓国の女性作家たちの視線は、これまでの文学作品には描かれてこなかった女性に託される家庭での絶え間ない労働や、そこから澱のように溜まっていく心の重荷を見逃しません。チェサ=祭祀と呼ばれる行事や、毎日の食事の献立、子育てや介護の多岐にわたるケアや情報処理の数々。彼女たちの作品は、社会や文化に埋もれていた女性への差別を、「目に見える現実」として解き放つ役目を担ったとも言えるでしょう。

「40代の女性作家のなかには、上の世代の男性作家から『もっとスケールの大きな世界を』と言われた人もいます。でも、自分にとっては祖母や母が体験したこと、語られてこなかったことこそが重要なテーマだからと、書き続けているんです。女性作家には、これまで語られなかったことを言語化していこうという強い意志を特に感じます」

もともと韓国には、言葉にして伝えることで問題を解決していく気運があると言われます。2024年末、突然、「非常戒厳」を宣布した前大統領への抗議デモの広がりも、その一環なのかもしれません(※)。

「フェミニズム文学がさかんに刊行されたことでもわかるように、韓国には『問題を言語化できる人は社会に向けて発信して責任を果たすべきだ』という倫理観が昔からあります。つまり、韓国の女性作家たちには、『言わなくてはいけないことがある』という意識があるんですね。彼女たちの書く物語が、自分から声を上げられなかった人に届き、読者が広がっていく。それが韓国文学の潮流になり、社会にコミットして変化を推し進める力にもなっていきます」  

※ )韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領は2024 年12 月、非常戒厳を宣布。これが内乱首謀罪にあたるとして、のちに逮捕・起訴された。

素敵世代へ贈る韓国⽂学案内(1)

家族のために心を砕く女性たち その葛藤をすくい上げる物語

『ケアする心』

キム・ユダム 著 小山内園子 訳 ¥2,420 白水社

ケアすることの重さと矛盾を鋭くすくい上げた、珠玉の作品集。祖母の看病を担う長男の嫁、育休中の母親、同い年の子をもつママ友、認知症の父を施設に預けた専業主婦――。

本書に収められた10 篇の主人公はいずれも、家族のケアを引き受けながら日常を生きる女性たち。ワンオペ育児や介護に追われ、周囲からは誰かのために尽くすことを当然とされるなかで、彼女たちは不安や孤独、嫌悪、愛着と憎しみの入り混じった感情を抱え込む。そして、静かな日常の奥で積み重なる葛藤は、やがて思いがけないかたちで噴き出す。

「誰かのために、自分を犠牲にする辛さ。ケアという言葉がはらむ危うさは他人事ではありません」(小山内さん)

激動の韓国社会を支えて来た50~70代女性のインタビュー集

『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない ~韓国、女性たちの労働生活史』

郷新聞ジェンダー企画班 著 すんみ・尹怡景 訳 ¥2,420 大和書房

「韓国フェミニズムのムーブメントは、女性の『これまで』『これから』の対話を促しました。この本もそのひとつ。名刺なしでも立派に働いてきた女性たちのなかに、きっとあなたの知っている誰かが見つかるのでは?」。韓国の大手紙・京郷新聞のジェンダー企画班がまとめた、50 ~ 70 代女性へのインタビュー集。

1980 年代の民主化運動や1997 年アジア通貨危機など、社会が大きく揺れた時代のなかで家計を支え、現場で働き続けながらも「正社員」として数えられなかった多くの女性たちがいる。本書はそうした労働と人生を彼女たちの声から掘り起こす。各章の冒頭に名刺を思わせる白い枠が配され、彼女たちが担ってきた仕事の軌跡が静かに刻まれている。

何者にもなれないかもしれないでも大切にしたい夢がある

『わたしたちの停留所と、書き写す夜』

キム・イソル 著 小山内園子 訳 ¥2,200 エトセトラブックス

40 代、未婚無職の「わたし」は、老いた両親やDV被害で実家に戻った妹親子のケアに追われている。詩人になる夢も、「あの人」とのささやかな幸福もあきらめて、家族のために日々を費やす日々。1日の終わりに好きな詩を書き写す時間だけが、自分を取り戻すひとときだったが、それさえ失いかけたとき、彼女はある選択をする。

家族のケアを引き受けながら人生が停滞していく感覚を細やかに切実に描いた、韓国フェミニズムの潮流のなかから生まれた「人生小説」。

「誰ひとり悪い人がいなくても生まれる悲劇もあります。そのなかでいちばん弱い人は自分の人生を卑下しがちになりますが、それでも自分の意思を尊ぶ主人公の姿勢には教えられ励まされる思いがあります」

プレイリストの音楽とともに気持ちをほぐしてくれる1冊

『夜明けと音楽』

イ・ジェニ 著 橋本智保 訳 ¥2,200 書肆侃侃房

〈結局のところ物を書くというのは、よく知っている単語の中に、自分の悲しみを見つけること〉。失われたものの痕跡をたどりながら孤独とともに言葉を紡ぐ詩人イ・ジェニによる、静謐なエッセイ集。

母の最期に立ち会った経験や、イヨネスコ、ボードレールら文学者の足跡をたどる旅のなかから、詩と散文の境界を行き来するような文章が生まれる。夜の闇に流れ込み、長く静かな時間の底から立ち上がるような26 編を収録。「夜釣りのためのプレイリスト」「眠れない夜のためのプレイリスト」には二次元コードが記載され、YouTubeで音楽を聴きながら読むこともできる。

「頭をからっぽにしてやさしい文章を読みたいなと思う、そんな時間のための1 冊」


『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』

小山内園子 著 ¥1,870 NHK 出版 目次に挙げられた13 作品だけでなく、その関連書籍の紹介も豊富。多彩な作品を取り上げたブックガイドであり、自国の歴史や社会と対峙する韓国現代文学は、時代に翻弄された人々の人生を知る手がかりともなる。

構成・文/杉村道子

※素敵なあの人2026年7月号「私が私らしくあるための物語との出合いを ――素敵世代へ贈る韓国⽂学案内【好奇心の扉】」より
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この記事を書いた人  韓日翻訳者・社会福祉士  小山内園子さん

1969 年生まれ。東北大学教育学部卒業。NHK 報道局ディレクターを経て、延世大学などで韓国語を学ぶ。ク・ビョンモ『破果』(岩波書店)で翻訳ミステリー大賞を受賞。最新の翻訳書はキム・ユダム『ケアする心』(白水社)。そのほか、主な訳書にカン・ファギル『大仏ホテルの幽霊』(白水社)、キム・イソル『わたしたちの停留所と、書き写す夜』(エトセトラブックス)、イム・ソヌ『光っていません』(東京創元社)など多数。著書に『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』(NHK 出版)、翻訳家すんみさんとの共著『2 人は翻訳している』(タバブックス)。

この記事を書いた人 素敵なあの人編集部

「年を重ねて似合うもの 60代からの大人の装い」をテーマに、ファッション情報のほか、美容、健康、旅行、グルメなど60代女性に役立つ情報をお届けします!

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