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「玄関を出た後、こう言ってたわよ」お盆のたびに帰省していた私。わざわざ陰口を報告してくる身内に絶句

  • 2026.8.2

年に一度、家が開け放たれる

夫の実家には、お盆の時期に決まった日がありました。

地域の人が総出で親族の家を回り、座敷に上がって飲み物とつまみを囲む、昔からの習わしです。

帰省するのは年に一度きりですから、近所の方の顔も名前もほとんど分かりません。

どの家の人で、誰の奥さんなのか、教えてもらってもその場で忘れてしまいます。

「お茶、お注ぎしましょうか」

言えるのはそれくらいでした。座敷の隅で膝を揃え、話しかけられたら笑って頷く。

二時間ほど、そうしてやり過ごすのが私の役目でした。

座がほどけてくると、誰かが私のほうを指して笑います。

「あれが東京のお嫁さんやろ。えらい静かやなあ」

「はい、すみません」

謝ることでもないのに、そう返すのが癖になっていました。

帰り道に渡される言葉

座敷を片づけて自宅へ戻る道で、いつも同じことが起きました。並んで歩く身内の一人が、思い出したように口を開くのです。

「玄関を出た後、こう言ってたわよ」

そこから先が続きます。愛想がない。挨拶の声が小さい。手伝いもせずに座っていた。どれも、あの座敷では一度も耳にしなかった話でした。

「どなたが、ですか」

「さあ、誰やったかしらねえ」

名前は出てきません。責めているようにも、面白がっているようにも見えないのです。天気の話をするのと同じ調子で、その人は私の評判を運んできました。

「気にせんでええのよ。ただ、耳に入れといたほうがと思って」

閉まった引き戸の向こう

翌年は、玄関で声を張って挨拶をしました。台所にも立って、空いた湯呑みを下げて回りました。帰り際、ひとりの方が笑ってくれます。

「今年はよう動いてはったね」

これで大丈夫だと思いました。それでも帰り道になると、やはり同じ人が横に並びます。

「張り切りすぎやって、言うてはった人がおったわ」

どう振る舞っても、玄関を出た後に何かを言われている。変わらないのはそこだけでした。座敷で笑っていたどの顔が、その声だったのかは分かりません。

夫にこぼしたこともあります。

「そんなん昔からや。気にせんとき」

耳に入れなければ済む話を、身内はわざわざ持ち帰ってきます。何のためにそれを私へ渡すのか、とうとう聞けずじまいでした。

あの習わしは、いつの間にか行われなくなりました。集まりも、帰り道の報告もありません。それでもお盆が近づくと、あの家の引き戸を閉めた、その後ろの数秒が浮かびます。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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