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「優先席へどうぞ、妊婦さんですよね」横取りした男。だが、見ていた学生の一言で空気が一変

  • 2026.7.29

満員の車内で空いた一つの席

第一子を妊娠していたころの話です。

通勤の電車は、行きも帰りも必ず満員でした。

座れた日は数えるほどしかありません。

ドアの脇に立って、残りの駅の数を数えるのが習慣になっていました。

その朝、優先席にいた人が降りて、席が一つ空きました。

「優先席へどうぞ、妊婦さんですよね」

斜め前に立っていた年配の女性が、その席を指さしていました。

「ありがとうございます」

頭を下げて、人の間を抜けようとしました。

二歩、三歩と足を出したときです。

後ろから来たスーツ姿の年配の男性が、私を追い越していきました。

そのまま席に座り、鞄を膝に置いて目を閉じます。

年配の女性の声が、しっかり通りました。

「その席、いま譲ったところなんですけど」

男性は目を閉じたまま答えます。

「知らないよ。空いてたから座っただけだ」

優先席を示すステッカーは、男性の頭のすぐ上に貼ってありました。

女性が言い返そうとしたので、私はその袖を軽く引きました。

ここで揉めても長引くだけだと思ったのです。次の駅までは、まだ二十分ほどありました。

短い言葉が順番に渡っていく

諦めかけたとき、少し離れた場所から声がしました。

「見てましたよ」

通路の向こうに立っていた学生風の男性でした。

責めるでもなく、ただ言っただけの声です。

続けて、座席の端にいた女性が顔を上げます。

「譲られた席ですよね」

そのまた隣にいた作業着の男性が、静かに続けました。

「どうぞ、代わってあげてください」

誰も声を荒らげません。それでも、その短い言葉が車内を順番に渡っていきました。

男性の目が開きました。前を見て、それから左右を見回します。

唇が動きかけて、そのまま閉じました。膝の上の鞄を、持ち手ごと握り直しています。

男性は何も言わずに立ち上がると、鞄を抱えて隣の車両へ歩いていきました。ドアが閉まる音がして、背中が見えなくなりました。

年配の女性が、私の腕を支えて席まで連れていってくれます。

「ほら、座って」

座ってはじめて、足がずっと張っていたことに気づきました。

降りる駅まで、私は何度も頭を下げました。

「無理しないでね」

女性はそう言って笑い、ホームで小さく手を振ってくれました。

あの朝のことは、出産してからのほうが何度も思い出しました。

子どもを預けて仕事に戻り、また同じ路線に乗るようになったころのことです。つり革の下に、大きなお腹の人が立っていました。

目の前の席が空いた瞬間、声を出していたのは私でした。

「そこ、譲ってあげてください」

※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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