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「これ、本当に今日焼いた物?」いちゃもんをつける客。だが、常連の一言で空気が一変

  • 2026.7.29

レジの前で止まった列

去年の春、子どもの習い事の送迎帰りに、住宅街の角にある小さなパン屋へ寄りました。

夕方の店内は混んでいて、レジには三人ほど並んでいます。

すぐ前にいたのは、五十代くらいの女性でした。トレーを台に置くなり、若い店員に強い調子で言いました。

「これ、本当に今日焼いた物?」

「はい。本日の午後に焼いた物です」

「なんだか硬い気がする。交換して」

店員は困った顔で、ケースに目をやりました。

「申し訳ありません。同じ種類は、残り一個だけで」

「奥から新しいの全部出して見せて、私が選ぶわ」

店員はトングを取り、棚とカウンターを何度も往復しました。

運ばれてきたパンを、女性は袋の上から指で押していきます。

「これも硬い。こっちは形が悪いわね」

「そちらは、外側をしっかり焼く生地でして」

「説明はいいから、次を出して」

後ろの列は、いつのまにか入口の近くまで伸びていました。トングが台に当たる音だけが、やけに大きく響きます。

5分ほど、その繰り返しが続きました。

「……やっぱりいいわ。これでいい」

差し出したのは、いちばん最初に自分で取ったパンでした。

20年通う人が口を開いた

そのときです。後ろに並んでいた年配の女性が、穏やかな声で言いました。

「ここのご主人はね、毎朝4時から焼いてるのよ」

責める調子は、少しもありません。天気の話でもするような、ゆっくりした話し方です。

「私は20年通ってるけど、硬かったことなんて一度もないわ」

店の中が、しんとしました。

列の中ほどの男性が小さくうなずきます。

その隣の学生も、同じように顎を引きました。

誰も声は出しません。それでも、空気がどちらを向いたかは、はっきり分かりました。

女性客の手が、財布の上で止まりました。

「……別に、そこまで言ってないでしょう」

言い返そうとして、続きが出てきません。視線が棚の上をさまよいます。

「前の日の物じゃないかと思っただけよ」

年配の女性は、それ以上は何も言いません。店員のほうへ小さく笑いかけただけです。

女性客は代金を台に置くと、釣り銭も待たずに出ていきました。

私の会計のとき、店員は何度も頭を下げました。

「お待たせしてしまって、申し訳ありません」

「気にしないでください。私、ここのパンが好きで通ってるので」

後ろから、年配の女性の声が届きます。

「私は明日も来るからね」

店員が、その日はじめて顔を上げて笑いました。

それからまた寄ると、棚の端に手書きの札が増えていました。

商品にはトングをお使いください、と書いてあります。

レジには、あの日の店員が立っています。

焼き上がりを告げる声が、店の奥まではっきり通っていました。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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