1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. サルも「不気味の谷」に落ちていた

サルも「不気味の谷」に落ちていた

  • 2026.7.16
サルも「不気味の谷」に落ちていた
サルも「不気味の谷」に落ちていた / Credit: Lucas Martini et al. (CC-BY 4.0, https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

あと一歩で本物、というところで、急に気味が悪くなる。

CGキャラクターやロボットでおなじみの「不気味の谷」は長いあいだ、人間の感覚だと語られてきました。

ところが今回、ドイツのテュービンゲン大学(HIH)などで行われた研究により、サルたちに精度の異なる様々な「CGの体」を見せてみたところ「不気味の谷」のような反応が見られることが明らかになりました。

研究者たちは「そこそこにリアルな刺激は、完全にリアルなものや非現実的なものよりも好ましく思われないようだ」と述べています。

なぜサルたちも不気味の谷を感じていたのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年7月14日に『PLOS Biology』にて発表されました。

目次

  • 不気味の谷は人間だけのものなのか
  • サルも「不気味の谷」を感じていた
  • 「不気味の谷」は、人間だけのものではなかった

不気味の谷は人間だけのものなのか

不気味の谷は人間だけのものなのか
不気味の谷は人間だけのものなのか / 左が本物で右がCG/Credit: Martini et al., PLOS Biology (2026)

映画やゲームで、かなりリアルに作り込まれた人間のCGを見て、なんとも言えない不快感を覚えたことはないでしょうか。肌の質感も、まつげの1本1本も完璧に見えるのに、なぜか怖い。笑っているはずなのに、笑っていないように見えるのです。

不思議なのは、もっと出来の悪いCGなら平気だということです。ドラえもんもミッキーマウスも、リアルさで言えばはるかに人間から遠いのに、誰も気味悪がりませんし、むしろ愛されています。

つまり「リアルに近づくほど好かれる」という単純な話ではないのです。ある一点まで近づいたところで、好感度は崖から落ちるように急降下します。そして完全に本物と見分けがつかなくなると、今度はまた戻ってくるのです。

この現象には、ちゃんと名前があります。「不気味の谷」——1970年に日本のロボット工学者・森政弘が提唱した仮説です。グラフに描くと好感度の曲線が途中でV字に深く落ち込むため、「谷」と呼ばれています。

半世紀にわたって、これは人間の心の話として語られてきました。人がCGを見て「気持ち悪い」と答えたり、ロボットに不安を覚えたり——どれも、言葉で気持ちを報告できる相手が前提だったのです。

ここで、素朴な疑問が浮かびます。これは、人間だけのものなのでしょうか。

もし他の動物にも同じ谷があるなら、この現象は「CGを見慣れた現代人の気分」などではなく、脳の奥に埋め込まれた仕組みだということになります。

実は、サルの「顔」については以前から報告がありましたが「サルの視覚的注意は不気味の谷に落ちない」という真逆のタイトルの論文も存在しており、決着はついていなかったのです。そして「体」に至っては、そもそも誰も調べていませんでした。

そこで今回研究者たちは、この謎を解明すべく、高精細なCGのサルを作り上げました。

そのこだわりは細部にまで及びました。

予備実験でサルたちが観察対象の「お尻」を熱心に見ていたことが判明すると、チームはその部位まで解剖学的に正確に作り直しています。

サルの目が審判なのですから、サルが気にするところは手を抜けません。

サルも「不気味の谷」を感じていた

サルの視線が、中途半端なCGを避けた
サルの視線が、中途半端なCGを避けた / 最上段が実際にサルたちがみた映像。左から右に向けてリアルさが上がっていく。/Credit: Martini et al., PLOS Biology (2026)

高精細なCGモデルが用意されると、次に研究者たちはそれを「劣化」させた3バージョンを作りました。

もっとも単純なのは、陰影も奥行きもない、白い背景の上に、細かな網目だけで描かれたモデル①です。
次は、滑らかな表面で覆われた灰色のモデル②です。
そして3つ目は、毛皮だけを取り除き、肌の色と質感は残したモデル③です。

こうして研究者たちは、最高精度のCGに3種類の劣化CG、そして最後に実写を加えた5種類を、動画と静止画の両方で用意しました。

リアルさを低い順から並べれば

①網目だけ➔②灰色一色➔③色彩あり➔④超高精細➔⑤実写

となります。

準備が整うと研究者たちは、これらを8頭のアカゲザル(マカクザルの一種、オスで5〜7歳)に実際に見せて、その視線を調べました。

私たちは、興味のあるものをよく見て、なんとなく嫌なものからは目を逸らします。

サルの心理研究でも以前から、「どれだけ頻繁にそれを見るか」が、そのサルがどれだけそれを好んでいるかの目印として使われてきました。

結果、一番リアルな実写は最もよく見られ、一番リアルさが低い網目だけのモデルもよく見られていました。

しかしその間にある「灰色のモデル」は5段階中で最も見られていなかったのです。

そして結果をグラフにすると、きれいなU字が現れました。

単純なものと本物が好まれ、中間が嫌われるという「不気味の谷」と一致する結果が得られた瞬間でした。

しかしなぜ、一番リアルさが低いものより、リアルさを足したほうが避けられたのでしょうか?

研究者たちは考えうる説明を片っ端から潰していきました。

1つめは「動きが不自然だから気持ち悪いのでは?」というものでした。

しかし全てのCGの動きは全く同じです。また研究者たちが静止画を使った時も、谷は消えませんでした。つまり動きは不気味の谷の原因ではなかったのです。

2つ目は「灰色が地味で、単に目立たなかっただけでは?」というものです。

そこで研究チームが画像の明暗のコントラスト、輪郭線の数、細かい模様の量、そして「どこが目を引くか」を計算で割り出す指標——考えうる限りの手がかりを、手当たり次第に解析したのです。

結果、灰色が地味という説も否定されました。

3つ目は「顔が変だったからでは?」というものです。

不気味の谷といえば、まず顔が疑われます。死んだような目、ぎこちない笑顔。ですが実は今回の研究では、すべての映像で顔にぼかしがかけられていました。

動きでも、色でも、顔でもない。サルたちは「不気味の谷」を体のみで感じていた証拠です。

「不気味の谷」は、人間だけのものではなかった

「不気味の谷」は、人間だけのものではなかった
「不気味の谷」は、人間だけのものではなかった / Credit:Canva

今回の研究により、サルの視線もまた、人間で報告されてきたのとよく似た形の谷を描くことがわかりました。

半世紀のあいだ、私たちはこれをCGを見慣れた現代人の気分の問題だと思ってきました。

ですが今回の研究が示したのは、それが人間だけのものではなかった、ということでした。

研究者たちは、不気味の谷はヒトとサルに共通する性質である可能性があると述べています。

そう考えると、「不気味の谷」について意外に知られていない事実が、急に重い意味を帯びてきます。

実は1970年に森政弘が不気味の谷を提唱したとき、彼がグラフに並べた例は「顔」ではありませんでした。

産業用ロボット、人型ロボット、ぬいぐるみ、人形、そして実在の人物——すべて、まるごとの「体」だったのです。

森の仮説は、もともと身体の知覚について定式化されたものであり、今回の論文も、その原グラフをもとにした図を掲載する際に、はっきりそう記しています。

ところが、その後の議論は「顔」へと吸い寄せられていきました。

目が死んでいる、笑顔がぎこちない——谷といえば顔の話になっていったのです。

論文に載っている森政弘のグラフには、その一番深い谷底に、具体例が書き込まれているのです。

「死体」と。

森政弘が谷底に置いたのは、顔ではなく、動かなくなった、まるごとの体でした。

そして今回、8頭のサルの視線が最も避けた谷の底にいたのは——毛も、色も、質感も失われた、灰色の、同種の体だったのです。

今回の研究はその一致について明確な断定は行っていませんが、興味深い重なりと言えるでしょう。

マカクザルとヒトが進化の道を分けたのは、およそ2,500万年から3,000万年前とされています。

次にリアルすぎるCGキャラクターを見て、あの説明しがたい「ゾワッ」を感じたとき——それは2,500万年前までさかのぼる霊長類の脳の性質が、今もあなたの中で静かに警報を鳴らしているのかもしれません。

参考文献

Uncanny Valley Found in Macaques via 3D Monkey Avatars
https://www.eurekalert.org/news-releases/1135890

元論文

Realistic monkey body animation reveals an uncanny valley in macaque body perception
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3003880

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ