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いま見に行ける、村野藤吾の名建築15

  • 2026.7.15
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「様式の上にあれ!」と説き、過去の様式にしばられることを嫌った村野藤吾。様式とは「時代思潮と地方的民族的精神」が反映されたものであることから、それを異なる時代や文化的背景をもつ土地に再現することに疑問を投げかけた。それゆえ、1920年代より世界を席巻したモダニズムからさえも一定の距離を置き、自らの思想を貫いた。

村野は1891年、佐賀県唐津市に生まれ、福岡県八幡市で育つ。小倉工業学校の機械科を卒業して八幡製鐵所で働くが、従軍後に早稲田大学へ進学。1918年に早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、渡辺節建築事務所に入所。1929年に同事務所を退所し、独立する。

冒頭の言葉で始まる論文『様式の上にあれ』を、村野が発表したのは1919年のこと。その通り、いかなる様式にもとらわれることなく、過去でも未来でもない「完全なる今日」を具現化し、1984年にこの世を去るまで国内各地に300件以上の建築をのこした。本記事では、そのなかから厳選した15件を紹介する。

綿密な平面設計に支えられた自由でのびやかな造形に、こだわり抜いた素材づかい、それから華麗なディテール。制約の多いなかにあっても自身が追求する表現を諦めなかった村野藤吾の名建築を見つめてほしい。


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世界平和記念聖堂(1954年)/広島県

世界で最初に被爆した広島の地に平和のシンボルとして献堂されたカトリック教会。全長57mで、東端にドームを持ち上げる花弁型のドラム、北側西寄りには高さ45mの鐘塔を備えるなど堂々とした佇まいを見せる。

外観は、鉄筋コンクリート打ち放しの柱梁をそのまま露出させており、垂直性を強調。そこに現場で手作りしたモルタルレンガを積み上げた。凹凸のある表面が陰影をつくり、太陽光の反射を受けて建物の表情を変化させる。聖堂入口の7つの秘跡を表した彫刻は、円鍔勝三によるもの。

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正面入り口前には日本風の橋が架けられており、視線を上げるとドームの頂点に鳳凰がとまっている。また、内部では蓮の花の形をしたランプが設置されていたり、松・竹・梅のデザインを窓枠に採用していたりと、日本の伝統を取り入れた意匠も特徴的だ。

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日本的な要素と荘厳さを備えつつ、新しい時代に適応した宗教建築を実現したことが高く評価され、「世界平和記念聖堂」は2006年、重要文化財に指定された。

世界平和記念聖堂
住所/広島県広島市中区幟町4-42

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関西大学 千里山キャンパス(1949〜1980年に順次完成)/大阪府

約35万m²の広さを誇る「関西大学 千里山キャンパス」。村野はここに、1949年から1980年にかけておよそ40棟の建物を設計した。敷地内の高低差は最大で30m。それぞれに特徴的な立地条件と対峙しながら、多彩な建築をつくり上げ、キャンパスの景観を豊かなものにしている。

<写真>当初は図書館として建てられた「簡文館」外観

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なかでも「簡文館」は村野が好んだ塩焼きタイル(釉薬に塩を用いるタイル。現在では製造されていない)が表面に貼られ、重厚な佇まいが目を引く。1928年に図書館として竣工した部分と、1955年に主に閲覧室として増築された円形部分で構成されるが、後者が村野によるもの。2018年、大阪府の指定有形文化財(建造物)に指定された。現在は博物館として使われている。

<写真>「簡文館」内部の様子

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また、かつて専門図書館だった「円神館」(写真)は細い柱や白い外観が軽やかな印象。現在はITセンターとして使われている。

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小高い丘状の地形に立つ「KUシンフォニーホール」(写真)は、地中に講堂が埋め込まれたような構成。コンクリート打ち放しの外観と、大きく張り出した屋根、西壁面の飛び出した調光室が印象を残す。

関西大学 千里山キャンパス
住所/大阪府吹田市山手町3-3-35

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ウェスティン都ホテル京都 数寄屋風別館 佳水園(1959年)/京都府

「ウェスティン都ホテル京都 数寄屋風別館 佳水園」は、1959年にホテルの別館として建設された数寄屋風建築。重厚な檜皮葺(ひわだぶき)の門をくぐると日常の喧騒を忘れさせる空間が広がる。岩盤を生かした「佳水園庭園」の作庭は、小川白楊による。

Miyuki Kaneko (Nacasa & Partners inc.)

「白砂の中庭」は、村野によるデザインだ。「醍醐寺三宝院」の庭を模して、白砂敷きに。「佳水園庭園」の岩盤から流れる滝の水を酒に見立て、緑で瓢箪(ひょうたん)と杯を表現した。

村野は、この中庭を囲むように別館を配置。華頂山に続く高低差のある地形を生かした構成とした。ゆるやかな勾配の銅板屋根が重なり合う姿や鋭く伸びる軒先、それを支える細い柱が美しく調和する。

Miyuki Kaneko (Nacasa & Partners inc.)

「佳水園」は2020年、中村拓志により、リニューアルを果たした。外観のほか、渡り廊下、ロビーなどの内装は承継し、村野が手掛けたオリジナルの家具は補修の上で再利用。2 つの客室を 1 室にするなど客室面積を広げ、各部屋に天然温泉を引き込んだ。

Miyuki Kaneko (Nacasa & Partners inc.)

ウェスティン都ホテル京都 数寄屋風別館 佳水園
住所/京都市東山区粟田口華頂町1

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OMO7横浜 by 星野リゾート(旧横浜市庁舎行政棟)(1959年)/神奈川県

「旧横浜市旧市庁舎(現・OMO7横浜)」は、横浜開港100周年記念事業の一環で計画され、1959年に竣工した。その後、施設の老朽化などの理由から2020年、新庁舎へ移転。2025年には戦後建造物では初の横浜市認定歴史的建造物に認定され、2026年春、「OMO7横浜」として再生、成瀬・猪熊建築設計事務所がインテリア基本設計/インテリアデザイン監修を担当した。

外観は、打ち放しコンクリートを用いた格子状のフレームの間をガラスと暗褐色のレンガタイルで埋める手法で統一。今でも、竣工当初の雰囲気を感じさせる。

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エントランスロビーのある1階の天井には、旧市会棟本会議場の照明を再解釈した円形照明を設置した。2階では、彫刻家、辻晋堂による作品《海・波・船》が変わらぬ場所に掛けられ、今は「OMOベーカリー」の壁面を彩る。

<写真>光の漏れ方や素材に改良を加えたエントランスロビーの照明

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旧市庁舎市民広間で使用されていた大階段は吹き抜けに移設・再構築した。踊り場とともに、重厚感のなかに華やかさのあるホテルらしい空間をつくり上げている。

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大階段では、村野らしい優美な手すりの一部も再活用した。足元に目を向けると、旧市庁舎の拍子木タイルを継承した部分と、忠実に再現した部分が混在しているのがわかる。

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旧市庁舎本会議場で使用されていたカーブが美しい椅子は、新たな脚部と張り地をまとい、パブリックスペース「OMOベース」で活躍中だ。

OMO7横浜
住所/神奈川県横浜市中区港町1-1-1

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読売会館(1957年)/東京都

1957年、JR有楽町駅の西側に竣工。当時は有楽町そごうも入居していた。三角形の敷地に沿うように設計され、東面は、隣接する線路の角度と呼応するようにゆるやかな曲線を描く。竣工時、外観は水平に連続するガラスブロックで覆われていた。

<写真>「有楽町よみうりホール」(読売新聞東京本社提供)

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地下2階から6階は商業施設で、7階から9階には有楽町よみうりホールや映画館などが入る。ホールの最大座席数は1100。7階のロビー、優美な螺旋を描く階段、1階席と2階席がゆるやかにつながる客席に至るまで、曲線を多用した空間構成が落ち着いた雰囲気を生み出す。

<写真>読売新聞東京本社提供

読売会館
住所/東京都千代田区有楽町1-11-1

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日生劇場(1963年)/東京都

「宇部市渡辺翁記念会館」(1937年)に始まり、キャリアを通じて数多くのホールを手掛けた村野。1963年に竣工した「日生劇場」は、「様式にとらわれない」村野ならではの表現が詰まった代表作のひとつ。

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桜色がかった万成石を貼った外壁が重厚な印象をもたらすが、内部に入ると玄関ホール(ピロティ)では白い大理石の床、押し出し成型アルミニウムを用いた幾何学的な照明が来場者の目を楽しませる。

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劇場に向かって進むと、赤い絨毯と優雅な螺旋階段が現れる。そのなかで軽やかなリズムを刻むのは、ほっそりとしたステンレススチールの手すり。側面には木材を張った。「階段の魔術師」とも呼ばれた村野の真骨頂だ。

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劇場内は、曲面で構成されている。村野はその理由について、はじめは「音の拡散だけを考えて客席の天井も壁も曲面の多いもの」にしようと構想し、「これをそのまま建築的な表現にしたいと考えた」と語っている。壁面に色とりどりのガラスモザイタイル、天井には色付きの石膏に2万枚と言われるアコヤ貝を貼り、他の劇場には無い独特の幻想的な雰囲気を生み出した。

日生劇場
住所/東京都千代田区有楽町1-1-1

提供:目黒区

千代田生命本社ビル(1966年)/東京都

1966年に、「千代田生命本社ビル」として建てられた建物を目黒区が2001年に取得し、改修を経て「目黒区総合庁舎」として生まれ変わった。

総合庁舎のデザインで最も強い印象を残すのが、外壁の全面を覆うアルミ鋳物の縦格子。竣工時、周囲が住宅街だったことから、光を反射させる素材を外壁に使うべきではないと考えた村野は「影の部分」ができるよう、建物全体を格子のバルコニーで覆うことに決めた。約8900ユニットの格子は、曲線で仕上げられており、角を好まなかった村野の細やかなこだわりを見てとることができる。

提供:目黒区

館内には、村野の代表作の一つでもある階段も。螺旋階段は鋼鉄製で、1段目が浮いているようにも見える。階段裏側の滑らかな仕上げなど、ディテールに至るまで村野の階段に対する深い思い入れが感じられる。構造的には、中央のアクリル製照明器具が仕込まれた柱で吊られている「吊り階段」。吊り材を照明器具と一体化することで、階段の造形を損なうことなく、さらに吹き抜け空間のシンボル的な役割を果たしている。


目黒区総合庁舎

住所/東京都目黒区上目黒2-19-15

出典:内閣府迎賓館Instagram

迎賓館赤坂離宮(1974年・迎賓館改修完成)/東京都

宮廷建築家の片山東熊による設計のもと、「東宮御所」として建設された日本で唯一のネオ・バロック様式による宮殿建築物。戦後、外国の賓客を迎える機会が多くなったことから「赤坂離宮」の迎賓館への改修が決定し、村野が本館を担当することとなった。

出典:内閣府迎賓館X

基本方針として掲げられたのは、建物の文化財的価値を保存しつつ、賓客が快適かつ安全に宿泊でき、公式行事が行える空間とすること。村野は館内の宿泊室や国・公賓室を増設したほか、門扉や柵の色を黒から白に変更。

出典:内閣府迎賓館HP

さらにフェニックスを象徴した鳥を屋根にのせた門衛所を新設。前庭には千葉県の九十九里浜から142本のクロマツを移植、左右対称のデザインが意識されている。表敬訪問や首脳会談等も行われる「朝日の間」には、手刺緞通が敷かれた。

<写真>創建時は「第一客室」と呼ばれて呼ばれていた「朝日の間」

出典:内閣府迎賓館HP

改装において、村野は内装に白を多く用いたが、その際の苦悩を「白とはなんぞやということについて考えて見た」「白のむつかしさを今度のように痛感されたことはこれまでにもなかった。まさに白は色の母だと思った」などという言葉でのこしている。

1968年に始まった改修工事は、6年後の1974年3月に完了し、「赤坂離宮」は「迎賓館赤坂離宮」として新たに開館した。

迎賓館赤坂離宮
住所/東京都港区元赤坂2-1-1

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箱根プリンスホテル(1978年)/神奈川県

芦ノ湖の東岸に佇むリゾートホテル「箱根プリンスホテル(現・ザ・プリンス 箱根芦ノ湖)」。敷地が富士箱根伊豆国立公園の第二種特別地域内にあるため、自然公園法によって建築物には厳しい規制がかけられており、ホテルを建設する際には、高さを13m以内に建ぺい率を20%以下に抑えることなどが求められた。

豊かな自然を守るため、村野は「自然との完璧な調和」を何より重視し、「一木一石たりともみだりに変更してはならない」という信念を貫いた。

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1978年に竣工したホテルを構成するのは、2つの客室棟、それから玄関棟とロビー棟だ。有機的なフォルムや装飾性の高いディテールが周囲の環境と調和する客室棟は、ともにドーナツ型。全体が24分割されており、基本的にそのひとつひとつが客室にあてられている。各部屋には、花びらのような曲面を描くバルコニーが付随。外壁にはインド砂岩が塗り込められている。

<写真>客室棟に入るメインダイニングルーム ル・トリアノン。特徴的な照明は「羽付き帽子をかぶった女性」をイメージし、村野がデザイン。

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玄関棟は、南北に長い長方形平面。天井を低く抑えたエントランスを入り、ロビー棟へと向かうと景色が一転。中央に向かって左右からめくれ上がったような天井の最頂部にはアルミ箔が貼られていて間接照明を反射、幻想的な雰囲気を生んでいる。

<写真>天蓋のような天井を見上げるロビー

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村野は、館内の家具や照明も多くデザイン。ロビーに置かれたチェア(写真)も村野によるもので“スワンチェア”という名前がつけられている。

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<写真>ロビー棟に設えられた、地下へ続く螺旋階段。村野らしい優雅なデザインだ。

ザ・プリンス 箱根芦ノ湖
住所/神奈川県足柄下郡箱根町元箱根144

画像提供:谷村美術館

谷村美術館(1983年)/新潟県

木彫芸術家、澤田政廣が手掛けた仏像10点を展示した美術館。竣工は1983年で、村野最晩年の作品となった。

入り口を抜けると、荒涼とした砂漠のような場所にシルクロードの遺跡、敦煌の石窟寺を思わせる建物が出現する。

画像提供:谷村美術館

日本風回廊を通り、館内へ。通路の両側に6つの展示室が配置されている。壁面と天井が一体化した曲面で構成される半円形の各部屋では、自然光と人工照明が入り混じり、天候や時刻によって異なる表情を見せる。

<写真>天窓からの光を受ける《光明仏身》

画像提供:谷村美術館

《金剛王菩薩》《光明佛身》《彌勒菩薩》といった仏像は「作品の入れ替えはしない」という前提で、それぞれにふさわしく設計された展示室に安置されており、「糸魚川は私の現場だ」と口にしながら設計に挑んだ村野の強い思いが感じられる。

<写真>手前に見えるのは、《金剛王菩薩》

画像提供:谷村美術館

近年では吹き付け仕上げを施した建物の外壁も黒ずんできているが、これこそ村野が期待した経年変化ということなのだろう。

谷村美術館
住所/新潟県糸魚川市京ケ峰2-1-13

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梅田吸気塔(1963年)/大阪府

巨大な彫刻のように見えるが、実は1963年に第一期工事が完成した梅田地下街の換気を促す機能をもつ、「梅田吸気塔」。直線的な高層ビル群の中に立つ有機的なフォルムが特異な印象を与える。三角形の敷地内に14 mから18mの塔が5本立ち、一部の塔同士がつながっているなど、動きが感じられて興味深い。竣工当初は、噴水が設置されていた。

日中は表面に貼られたステンレス板が光を反射して陰影をつくり、夜になるとライトアップされた姿を見ることができる。

梅田吸気塔
住所/大阪府大阪市北区曽根崎2-16

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八ヶ岳美術館(原村歴史民俗資料館)(1980年)/長野県

八ヶ岳連峰の山麓に佇む「八ヶ岳美術館」。地元、原村出身の彫刻家、清水多嘉示による作品の寄贈をきっかけに、1980年に当時は珍しかった村立美術館として開館した。山脈や連峰を思わせる連続ドーム型の構造がユニークで、標高1350mに広がるカラ松の森の景観と調和する。

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ドーム形状の屋根は、半球型のプレストレストコンクリート(PC)を取り付けたもので、表面には半艶消し加工が施されている。外壁は、セメントブロックをむき出しの状態で使用。

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館内では、清水の彫刻・絵画作品のほか、地元出身の書家、津金隺仙の書、村内出土の縄文土器や石器も並ぶ。天井にレースカーテンが吊るされていて、間接照明によるやわらかな光に包まれる。展示においては、曲面に彫刻、直線的なラインには絵画を、というルールのもと、構成がまとめられた。

八ヶ岳美術館
住所/長野県諏訪郡原村17217-1611

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新高輪プリンスホテル(1982年)/東京都

JR品川駅から徒歩圏内という立地にありながら、白亜の外観と、908を数える全客室に繊細なレリーフに彩られた半円型バルコニーがリゾートホテルの雰囲気も感じさせる「新高輪プリンスホテル(現・グランドプリンスホテル新高輪)」。

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1982年の竣工以来、改装が繰り返されたが、開業当初の面影を残す場所も多い。「グランドプリンスホテル新高輪」を象徴する外観のほか、絨毯や照明のデザインが空間と一体化したロビー(写真)、30万枚のマド貝を張り巡らせた高さ23mの天井やそこから吊るされた壮麗な照明が目を奪う大宴会場「飛天」、大宴会場専用のエントランスホール「うずしお」、レセプションホール「さくら」、そして“大人の社交場”として愛される「メインバー あさま」などに、村野のこだわりが今なお感じられる。

ホテルを訪れた際は、日本庭園の中に村野が設計した茶室「茶寮 惠庵」もお見逃しなく。

グランドプリンスホテル新高輪
住所/ 東京都港区高輪3-13-1

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京都宝ヶ池プリンスホテル(1986年)/京都府

村野が最後に手掛けたホテル建築「京都宝ヶ池プリンスホテル(現・ザ・プリンス 京都宝ヶ池)」。「京都宝ヶ池プリンスホテル」として1986年に竣工した。村野は基本設計に加え、高層部のディテール、内装デザインの骨格まで描き終えた段階で、この世を去る。その後、村野の手法を熟知した建築事務所の所員が、施工業者の竹中工務店とともに仕上げた。

<写真>現在の「ザ・プリンス 京都宝ヶ池」。高層部には客室が入る。

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ホテルは、8階建ての高層部と低層部からなる。2~8階は中央に中庭をもつ楕円管状の客室棟で、地下には大小の宴会場が入る。3層吹き抜けのロビー(写真)が圧巻。その輪郭に沿うように設えられた階段では、細いステンレス製スチールの手すりに、藤を編んだ三角形のパネルを合わせた。

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低層部では、1階にフロントやロビー、レストランなど、地下2階に宴会場「ゴールドルーム」が配された。この「ゴールドルーム」のデザインにおいて、村野は森林をイメージしたと言われている。起伏のある壁面や、緑のモザイクタイルをベースに金色をアクセントとして用いたデザインが、緑豊かな森林と木漏れ日を思わせる。

<写真>「ゴールドルーム」の床は、すべて板張りだ。

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日本庭園内には、同じく村野が設計した数寄屋造の茶寮(写真)も。天井に竹を敷き詰めた「大和天井」や、本館低層部のアーチを意識した櫛形が連続する欄間など、伝統的な和風建築の中に、控えめな華やかさをしのばせた。

Nacasa & Partners Inc.

<写真>ホテル中庭

ザ・プリンス 京都宝ヶ池
住所/京都府京都市左京区岩倉幡枝町1092-2


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新潟市天寿園 瞑想館(1988年)/新潟県

長く豊かな歴史と伝統にはぐくまれた「中国庭園」と四季折々に風情ある「日本庭園」とが調和する新潟市天寿園。広大な池と滝を中心にした「日本庭園」の作庭を担当したのは、足立美術館と同じ中根金作だ。この池のほとりに立つ「瞑想館」はもともと、「谷村美術館」のために設計されたもの。それがこの場所に建設され、1988年に竣工した。

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村野は池に浮かぶ蓮の花をイメージして、これをデザイン。館内では、ホールを中心に、5つの小さな部屋が周囲に配されている。天窓をはじめ、随所に設えられたステンドグラスが、部屋の中に色とりどりの光を引き込む。

新潟市天寿園 瞑想館
住所/新潟県新潟市中央区清五郎633-8

参考文献:
村野藤吾研究会編『村野藤吾建築案内』(TOTO出版)2009年
村野藤吾著『様式の上にあれ : 村野藤吾著作選』(鹿島出版会)2008年

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