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朝ドラ『風、薫る』今井教授(古川雄大)の「しかし…」で印象一変。「命より重いもの」をめぐる意外な理解

  • 2026.7.13

朝ドラ『風、薫る』今井教授(古川雄大)の「しかし…」で印象一変。「命より重いもの」をめぐる意外な理解

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていただきます。近代看護界の先駆者となった2人の女性を主役とする物語。「風、薫る」のレビューで、より深く、朝ドラの世界へ! ※ネタバレにご注意ください

「医療に携わる者として失格だ。しかし…」

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる・中央公論新社)を原案とし、激動の明治時代を駆け抜けた二人のナースを、見上愛・上坂樹里のダブル主人公として描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第15週「差し出せぬ手」が放送された。

トレインドナースとしての道を歩きはじめた最初の頃から、りん(見上愛)が届ける看護とは、手を差し出すこと、患者に寄り添うことが基本となり、そこはもう少し俯瞰の視点でみる直美(上坂樹里)と対照的な存在として描かれてきた。「差し出せぬ手」、それはりんの戸惑いを表しているようにも感じられる副題だ。

りんは、前週に引き続き、がんで入院する山本(本田大輔)の看護を続ける。山本はがんが転移し、衰弱がすすんでいる。山本は、花火の日に夫婦で季節外れの牛鍋を食べに行くことが年に一度の贅沢だったと語っていた。山本は、なにかといっては嘘をついて混ぜかえすようなところのある男だ。しかしこの牛鍋のエピソードについては嘘は含まれていないだろう。それは妻のテイ(伊勢佳世)への愛には嘘が無いことのしるしでもある。

「最後にひとつ、嘘をつかせてほしい」
前週の最後に、そんな山本が、りんにそう願った。山本の願いは、花火の日に妻に会いにいきたいという。

「助けてください……」
山本の言葉は、身体的な助けでなく精神的な「助け」を求めるものだ。言うまでもなく、医学的な視点、患者への肉体的な負担などを考えると、それはやってはいけないことであろう。しかし、りんは患者の気持ちに寄り添い、やはり手を差し出した。

花火の夜、りんは病院から山本を連れ出し、テイのもとへと向かう。テイもまた、病に臥せっているところだった。

「牛鍋食いたくて、出てきた」
山本はそんな嘘をつく。
「手術してよかった。お前のおかげだ」
そして、うまかった、お前のぶんまで食って腹一杯だと、続ける。いわゆる「男の見栄」のような嘘である。

山本の思いと、その思いへの向き合い方といったものは、現代もやはり延命や看取りの考え方として重要な問題として結論が出ないといっていいだろう。最後に思いをとげさせてあげるべきか、1日でも長く生きている治療を優先するべきか、あるいは最後を迎えるのは自宅か病院か……どれが正解とも言いがたい、難しい問題である。

「またな」
山本は笑顔でテイにそう言った。しかしこの「また」は訪れることはなかった。病院に戻った直後に山本は力尽き、そのまま帰らぬ人となる。

「嘘はやめてください!」
力尽き動かなくなった山本に泣きながらすがりつくりん。ここに関して言えば、この結果はりんの責任でもある。山本が最後にりんに言ったのは、「助けて」という一言だった。悔いなくという思いもあるだろうが、やはり「生」への執着は気持ちだけで押さえつけられるものではないのかもしれない。願いを叶えても、やはりそれは救いにはならなかったのだろうか。

「君は医者の判断より患者の気持ちに従う。医療に携わる者として失格だ」
帝都医大の今井教授(古川雄大)が言う。正論である。しかし、
「だが」と、今井は続けた。
「もし私が患者なら、命より重んじるものがあるという考えは否定しない」

どちらかといえば官僚的、冷徹な雰囲気すら漂わせる描かれ方をする帝都医大病院の医師たちの中において、山本の急変は病院にいたとしても訪れた可能性があったと説明するなど今井は少し違うスタンスのように見える。

しかし、りんは看護婦である。看護婦として、より正しい判断を考えなければならない。それは自分たち医師も同様だ。それが今井の考え方であり、りんたちが一番最初にバーンズ(エマ・ハワード)にはじめに教えられたことでもある。

物語は大きく動きそうだ

山本の死をひきずり、仕事の手がとまったりぼんやりしたりするなど、りんは仕事にも明らかに支障をきたすようになった。

そして、
「りん、看護婦辞めな」
そんなりんに、直美はそう言った。きわめて正論である。

りんの看護婦人生を途切れさせるような残酷な一言のでようであるが、これは、おそらく直美なりのりんへの思い、友情などからきた一言であろう。ある種のドクターストップ、タオル投入のような言葉で致命傷を避ける思いだ。このやりとりに、
「あんなふうに言わなきゃ、りんさん辞められない」
と、多江(生田絵梨花)が言う。直美の言葉は、直美なりにりんを救うために言葉という形で差し出した手だったのだろう。

そんな直美にもまた、一つの大きな「別れ」が訪れる。長屋のトヨ(松金よね子)の容態が急変し、そのまま帰らぬ人となる。

「医者に診てもらえたら、もっと生きられたかもしれない」
トヨの顔を見つめ、直美はこうつぶやいた。周囲は、自宅でみんなに看取られ大往生だ、こんなふうに死にたいなど力無く笑い直美たちに感謝するが、これはこれで、金銭面など生活環境によって満足な医療が受けられないという、現代にも通じる医療とその保障などの問題も考えさせられる。看護とは何か。それは、りんや直美が駆ける明治の時代だけでなく、令和に生きる我々にとってもまだ正解や結論が出ていないのかもしれない。

「看護婦としての『正しい』と、人としての『正しい』」
どちらを優先するべきか、ずっと「間違えてきた」りんは、自信を失っていた。山本とトヨの件を経て、直美もまた同じ思いだと打ち明ける。直美ならではのりんへの愛情、ずっと力を合わせて歩んできた二人だから通じ合えることもまたあるはずだ。

そんなりんに、自宅をたずねたシマケン(佐野晶哉)は、
「この筆者は、おそらくつらいときほどそうやって歯をくいしばり、笑い顔の面をつけてきたのであろう」

文芸的な表現でりんの思いを分析してみせた。これはこれでシマケン流のやさしさ、愛情表現だ。

そしてある日、捨松(多部未華子)がりんのもとを訪れた。女学校の寮の舎監にならないかと提案する。新潟で一人で住み込みの仕事となるという。この話については、直美と捨松が相談して進めていったものだ。捨松もまた、捨松なりの愛情や責任のもと、りんのことを考えてくれて行動する。これもまた、捨松なりに「差し出した」手である。

直美もシマケンも捨松も、りんへと手を差し出してくれている。看護という場面では差し出すことが正解でないこともあるが、誰かを思うとき、人は自然に手を差し出す。そんなことを感じさせてくれる第15週であった。

りんの選択はどうか。物語は大きく動きそうだ。

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