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服飾史家 中野香織さんが解き明かす“ロイヤルの肖像”【ラーニア王妃】

  • 2026.6.27
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国を変えるのは教育を受けた女性たち

ヨルダンは資源に恵まれた大国ではなく、周囲の紛争の影響を常に受けてきました。それでも国際社会では、中東における貴重な「穏健で安定した王制国家」として信頼を集めています。そのイメージの最前線に立つのが、ラーニア王妃。中東で、王妃が積極的に公務に立つスタイルを確立した代表的な存在でもあります。

ラーニア王妃はクウェートで育ち、エジプトのカイロ・アメリカン大学でビジネス学を専攻。その後、ヨルダンに移り、シティバンクやアップルのアンマン支社でキャリアを築いた都市型プロフェッショナルです。1993年、当時皇太子だったアブドゥッラー2世と晩さん会での出会いをきっかけに結婚し、王族という公的な役割を担いますが、独身時代に培ったビジネス感覚と教育へのまなざしは、現在の王妃としての活動の背骨であり続けています。

その軸がはっきりと表れているのが、難民へのコミットメントです。ヨルダンは人口規模に比して、世界でもトップレベルで難民を受け入れている国のひとつ。ラーニア王妃は難民キャンプを何度も訪れ、女性たちの話を聞き続けてきました。そこで得た体験から、彼女は「女性を被害者としてではなく、平和をつくる構築者として見るべきです」と、強い言葉で語るのです。

王妃のメッセージは、常に教育へとつながります。「女の子を教育すれば国を変えられる」「女性をエンパワーすれば、社会全体が前進する」と、彼女は一貫して語り続けます。教育とは、コストではなく、長期投資であるというのが王妃の主張。福祉や人道支援を、慈善ではなく人の潜在力への投資として捉える視点には、ビジネスと人権感覚を融合させる現代的なセンスがあります。

王妃の装いは国家戦略である

ラーニア王妃の装いは、国の存在感と価値観を世界に示すための戦略でもあります。特徴は、ヨーロッパ的なテーラリングと、中東の刺繍や幾何学柄をモダンに再解釈した要素の融合。たとえば、アバヤを思わせる流れるシルエットに、構築的なカッティングを施したドレス。白いブラウスに、パレスチナ刺繍風レースのスカートを合わせるコーディネート。グローバルに通用する洗練と、地域の誇りの両方を示そうとする意思が見てとれます。ヨルダンやレバントの若手デザイナーの作品を国際舞台で身にまとうことで、彼らのブランドに脚光を当てる役割も果たしています。

興味深いのは、ラーニア王妃が早い段階からデジタル空間を使いこなしてきた点です。公式サイトやSNSを通じて、難民キャンプで子どもたちと笑い合う姿、学校や病院の開所式でのスピーチ、ときには家族とのプライベートな一枚までを発信してきました。そのひとつひとつが、「遠くて危険な中東の王室」を、「学び、働き、悩み、笑う人々の国」の物語へと変える作業になっています。

王妃の第一子であるフセイン皇太子の結婚式では、ヨルダン王室の儀礼や若いカップルの姿が、伝統と現代性のバランスというテーマとともに世界中に報じられました。ヨルダンは「教育水準の高い若者を抱え、地域の安定を支える王国」として印象づけられました。

軍事力や豊富な資源に頼れない小国ヨルダンにとって、ラーニア王妃は、教育・女性・難民・カルチャーを束ねる国家のソフトパワーそのものです。ビジネス教育を受けた視点、アラブ女性としてのアイデンティティ、それらを世界に届けるための語りと装いの技術。すべてが一本の軸で貫かれているところに、彼女のエレガンスの強度があります。

王妃という古くて新しい職業を、時代にふさわしい仕事へとアップデートした女性。それがラーニア王妃です。国もひとりの女性も、与えられた物語を書き換えることはできるということを、彼女は自らの歩みで証明しています。

王冠より強いソフトパワー。知性と意志をまとったロイヤル

1999年、アブドゥッラー2世が国王に即位、王妃に。王室の「顔」、そして社会的課題に向き合う、行動するロイヤルとして歩み始めます。 Reuters/AFLO
スペイン王太子フェリペ(当時)とレティシア妃の結婚式に、白シャツにパレスチナ刺繍風レースのスカートで参列。西洋×中東の装いにスタイル哲学が表れて。 Shutterstock/AFLO
2017年バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪問。弱者の声に寄り添い、国際社会に訴え続ける王妃の人道的活動を象徴する一場面。 Jordanian Royal Court/Getty Images
フセイン皇太子、ハーシム王子、イマン王女、サルマ王女と写る一家の姿は、現代的で開かれたヨルダン王室を表現。 Royal Hashemite Court/picture alliance/AFLO
2025年夏、55歳の誕生日を記念した公式写真。 Hashemite Royal Court/Abaca/AFLO

【Hot Topic】

サルマ王女はヨルダン軍初、女性戦闘機パイロットに!

Best Image/AFLO

サルマ王女は2018年に英・サンドハースト王立陸軍士官学校を卒業し、ヨルダン軍初の女性パイロットとなりました。この選択は、ラーニア王妃が掲げてきた「女性の教育と自立」という理念の延長上にあります。王妃は常に、娘たちに「選択肢を持つこと」「社会に貢献する力を身につけること」の重要性を説いてきました。王女が制服に身を包む姿は特権の象徴ではなく、責任を引き受ける覚悟の表明であり、次世代のロイヤル像を鮮やかに示しているのです。

服飾史家 中野香織さん
PROFILE ラグジュアリー領域を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを歴任。著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)。最新刊は、エレガンスを「思想と力」として多面的に読み解く『エレガンス入門』(ちくまプリマー新書)。YouTubeでのスーツ解説も好評。


Text : KAORI NAKANO
25ans(ヴァンサンカン)3月号掲載(2026年1月28日発売)

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