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量子効果で電子を「ワープ」のようにずらす結晶を日本が開発——巨大光電流を鉛フリーで生成

  • 2026.6.26
量子効果で電子を「ワープ」のようにずらす結晶を日本が開発——鉛フリーなのに性能は従来の10倍以上
量子効果で電子を「ワープ」のようにずらす結晶を日本が開発——鉛フリーなのに性能は従来の10倍以上 / Credit:Canva

「電圧をかけなければ、電流は流れない」というのは、中学校の理科で習う電気の基本です。

電池につないだ豆電球が光るのは、電池が電圧を生み、電子が電球に流れ込むからです。

ところが、理化学研究所(理研)、東京大学、東北大学、住友化学による共同研究グループが作り上げた、わずか70ナノメートルの極薄結晶は、この理科の「当たり前」が通じません。

光を当てると量子的な効果が起こり、電子の”居場所”を別の場所にずらすワープのような現象を利用しているからです。

それでいてこの新素材が記録した光電流の性能指数は、従来の代表的な素材を10倍以上も上回るという驚異的な数字でした。

さらに不思議なことに、当てる光の色を変えただけで電流の方向が反転するという、普通の電気回路の常識では、ちょっと考えられない現象も確認できました。

なぜこんなことが可能になったのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年6月22日付の科学雑誌『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』にて発表されています。

目次

  • 量子効果で電子の存在する場所が移動する
  • 量子効果で発電する鉛フリーの理想の結晶
  • 光の色を変えたら、電流が逆流した——シフト電流の「指紋」

量子効果で電子の存在する場所が移動する

量子効果で電子の存在する場所が移動する
量子効果で電子の存在する場所が移動する / Credit:Canva

私たちが日常で親しんでいる「普通の電流」とは、電子という小さな粒が導線の中を一方向に流れる現象です。

電子を流すには、電子を押してやる力——電圧——が必要です。電圧は、電子にとっての「坂道」のようなもの。坂の上から下へ、電子がコロコロと転がり落ちていく。この流れが電流です。

乾電池は、化学反応で坂道を作る装置。発電所は、タービンを回して坂道を作る装置。太陽電池は、光のエネルギーで坂道を作る装置。

形は違えど「電圧という坂道を用意して、電子という”粒”を転がす」という本質は同じです。

ところが、この仕組みには逃れられない弱点があります。

電子が通っていく途中で周りにある原子の振動(熱)や不純物にぶつかって、せっかくのエネルギーを少しずつ失ってしまうのです。

これは、「粒が物理的に移動する」という仕組みである以上、どうやっても避けられません。

高速道路を走る車が、路面の凹凸や向かい風でどうしても燃費が落ちるのと同じです。

そこで研究者たちは発想を転換しました。

「粒を動かして運ぶから途中でぶつかるのなら、いっそ運ぶのをやめて、電子が“存在しやすい場所”そのものをずらせないか」——と。

ここから先は、私たちの日常感覚から少しだけ離れた、量子力学の世界に足を踏み入れます。難しそうに聞こえるかもしれませんが、ポイントは一つだけです。

「電子は『粒』であると同時に『波』でもある」ということです。

これは量子力学が発見した、自然界の根本的な事実です。

電子は、小さなパチンコ玉のような「粒」としての顔と、水面の波紋のような「波」としての顔を、同時に持っています。

電子を波として見ると、その電子が「どのあたりに存在しているか」が、電子の波の形でわかるのです。

電子を「波」として見たとき、その波は結晶の中のどこでも均一に広がっているわけではありません。

ある場所では波が大きく盛り上がり、別の場所ではほとんど平坦になっています。

そして量子力学では「波が大きく盛り上がっている場所ほど、そこに電子が存在する確率が高い」とされています。

存在確率の雲が最も濃い場所とも言えます。

そして波の形は、電子が持つエネルギーの多さによって変化していきます。

ギターの弦を強く激しく振動させたときと、ゆっくり緩く振動させたときで音色が変るように、電子も自身のエネルギーにより波の形が変わります。

つまり、電子の存在しやすい場所は波の形で決まり、その波の形はエネルギーによって変わる、という関係です。

そして、この関係は逆からもたどれます。

たとえば電子が光の粒(光子)を1個吸い込んでエネルギーが高くなると、そのぶん電子の波の形が変わり、電子が存在しやすい場所も、それにつられて移っていくのです。

電子が「粒」として物理的に転がって移動したのではありません。

波の形が変わったことで、電子が最も存在しやすい場所がパッと切り替わった——いわばワープのような瞬間的な「引っ越し」が起こるのです。

そしてこれが起こると、転がる途中で不純物にぶつかってエネルギーを失う、従来のロスを大幅に軽減することができます。

これ自体は、エネルギーが電子の存在のしかたを変える、量子力学的な現象だと言えるでしょう。

しかし手段はどうあれ、電子の位置が変われば、それは電気が流れたことになります。

実際、この現象は「シフト電流」と呼ばれています。(本記事ではイメージしやすいように、比喩的にワープという言葉を使います)

ただし、ここで一つ条件があります。

電子が右にワープするのと左にワープするのが同じ確率で起きてしまうと、せっかくの引っ越しが互いに打ち消し合って、正味の動きはゼロになってしまいます。

そこで、原子が、本来あるべき”ど真ん中”からほんの少しズレた位置で固定されている特殊な結晶(強誘電体)を用意します。

たとえるなら、左右対称だったはずのシーソーの支点が、わずかに右にずれているようなもの。支点がずれているシーソーは、ボールを載せればかならず同じ側に傾きます。

同じように、原子がズレた結晶の中では、電子の”居場所のずれ”に方向の「くせ」が生まれます。

結晶には膨大な数の電子がいるため、光を照射すると、これらのずれが同じ方向に偏り、全体として巨視的な電流——シフト電流——が生まれるのです。

じつは、このシフト電流という発想自体は意外と古く、理論の骨組みは1981年にはすでに提唱されていました。

しかし「理屈は知られているのに、それを大きく引き出せる理想の結晶」を作る作業は難航していました。

そこで今回、研究者たちは、次世代太陽電池の有力候補の一つとして世界中が開発を競っている、「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶たちに着目しました。

量子効果で発電する鉛フリーの理想の結晶

量子効果で発電する鉛フリーの理想の結晶
量子効果で発電する鉛フリーの理想の結晶 / Credit:理化学研究所

いま、次世代太陽電池の有力候補の一つとして世界中が開発を競っているのが、「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶の一群です。

ペロブスカイト太陽電池は薄くて、曲げられて、製造コストが安く、それでいて変換効率がとても高くなっています。

そのため建物の壁や車の屋根など、これまで発電とは無縁だった“あらゆる場所”を発電所に変えてしまうポテンシャルを秘めています。

太陽電池の「板っぽい」イメージを、シールやフィルムのようなものに変えてしまう、有望技術として大きな期待を集めています。

ところが、この輝かしい夢の前に、大きな壁が立ちはだかっています。

ペロブスカイトのなかでも最高の性能を示すタイプの材料には、たいてい「鉛(Pb)」が組み込まれています。

鉛は、人体にも環境にも有害な重金属です。とくにヨーロッパでは厳しい規制の対象になっており、いくら性能が高くても、鉛を含む太陽電池を街じゅうに敷き詰めるわけにはいきません。

この“鉛の壁”が、実用化に向けた最大の足かせになっているのです。

世界中の研究者が、鉛をスズ(Sn)やゲルマニウム(Ge)といった、鉛に代わる元素に置き換える試みを続けています。

しかし、鉛を別の元素に置き換えると、材料によっては結晶が崩れやすく、内部に欠陥が増えがちになります。

そして欠陥が多い結晶は電子の通り道として具合が悪く、電子がエネルギーをどんどんロスしてしまいます。

鉛を使えば性能は出るが、環境に悪い。鉛を抜けば環境にやさしいが、性能が落ちやすい——この厄介なジレンマが、長年にわたって研究者たちを悩ませてきました。

そんななか研究者たちが目をつけたのが、ゲルマニウムを含んだペロブスカイト結晶、ヨウ化ゲルマニウムセシウム(CsGeI₃)です。

たしかにGeを使うと綺麗な結晶は作りにくくなります。

ですがこの結晶は、その難しさを補って余りある強力な武器を、生まれつき備えていました。

電子を同じ方向へワープさせるカギとなる、大きな「原子のズレ」です。

CsGeI₃はこのズレの大きさが、強誘電体の代名詞ともいえるチタン酸バリウム(BaTiO₃)に匹敵します。

ズレが大きいほど、電子のワープ方向をそろえる「シーソーの偏り」が強くなるので、大きなシフト電流が期待できます。

ただし、理論の上で理想的であることと、それを実際に「作れる」こととは、まったく別の話です。

この結晶は、塩を析出させるように溶液を乾燥させるような手軽な方法では、結晶性や均一性に優れた薄膜を作るのが難しいのです。

シフト電流は、電子の波の「形」が変わることで起きる、きわめて繊細な量子現象です。

結晶の中が欠陥だらけでは、この繊細な効果はノイズにかき消されてしまい、観測が難しくなります。

そのため理想の結晶と知られながら、誰もその真価を引き出せずにいたのです。

研究チームは、この難題に正面から挑みました。

採用したのは、原子や分子を一層ずつ精密に積み上げていく特別な製造法(分子線エピタキシー:MBE)です。

宇宙空間に匹敵するほどの超高真空のなかで、材料を慎重に吹き付け、結晶の向きをきれいにそろえながら膜を育てていきます。

いわば、塗って乾かす”ざっくり”した作り方ではなく、原子や分子を一層ずつ整然と並べていく原子レベルのレンガ積みとも言える精密な手法です。

研究チームは、ハライドペロブスカイトの薄膜作製に特化した装置を独自に開発しました。

こうした装置は世界でもごく少数しか存在しません。

その結果、鉛を使わずに結晶の向きがそろった、厚さわずか約70ナノメートルのCsGeI₃高品質薄膜を、初めて作り上げることに成功しました。

(※空気中の水分から結晶を守るための保護コーティングにはフッ化鉛が使われていますが、光を吸収して発電を担う主役の結晶層は鉛フリーです。)

長年”宿題”とされてきた理想の結晶が、ついに観測可能な姿で現実になった瞬間です。

そして、その”理想の結晶”は、期待をはるかに超える数字で応えました。

光から電流を生み出す”素材としての地力”を示す指標(Glass係数)で、CsGeI₃の薄い結晶は、シフト電流の有望株とされてきた有機強誘電体TTF-CAの約80倍。

チタン酸バリウムやニオブ酸リチウムといった伝統的な強誘電体と比べても、1桁以上(10倍超)の差をつけています。

しかも、これまで記録を出してきた多くの材料が、分厚い”塊”の結晶での測定値だったのに対し、CsGeI₃が記録したこの数字は、わずか70ナノメートルの”薄膜”でのものでした。

薄膜は、そのまま太陽電池やデバイスに組み込みやすい形です。

つまりこの数字は、研究室のなかだけで輝く記録ではなく、実用の現場につながりうる形で出された記録なのです。

有毒な鉛を使わず、量子的な性質で光を当てるだけで電子の出現位置を変化させ、ロスが少なく、発電に向いた薄膜の形で示された——そんな理論上の理想が、ついに現実の数字になった瞬間でした。

光の色を変えたら、電流が逆流した——シフト電流の「指紋」

光の色を変えたら、電流が逆流した——シフト電流の「指紋」
光の色を変えたら、電流が逆流した——シフト電流の「指紋」 / Credit:Canva

準備が整い、いよいよ本番の実験です。

薄膜にごく小さな金の端子を取りつけ、電池も電源もつながない状態で、光を当てます。

ここで一つ、やっかいな問題があります。じつは、シフト電流でなくても、光を当てると電流が流れてしまう”紛らわしいケース”があるのです。

金属の端子と結晶がくっつく境目には、どうしても小さな電気的な”段差”ができます。この段差が、光で自由になった電子を引っ張ることで電流を生むことがある。これは量子的なワープとは無関係の、ごくありふれた現象です。

しかも困ったことに、ただ「電流が流れた」と測るだけでは、この”ありふれた電流”と本物のシフト電流を見分けることができません。

そこで研究チームは、巧妙なワナを仕掛けました。当てる光の色を変えてみるのです。

もし流れているのが端子まわりのありふれた電流なら、その向きは端子側の事情で決まっているので、光の色を変えても向きは変わらないはずです。

ところがシフト電流なら、色によって電子のワープのしかたが変わるため、向きそのものが逆転することがあります。

つまり「色を変えて向きが逆転すれば、それはシフト電流を強く疑う手がかりになる」——そういう見分け方ができるのです。

そこで研究者たちは、当てる光のエネルギーを少しずつ上げていきました。

光の色を、赤っぽい(エネルギーの低い)ほうから紫っぽい(エネルギーの高い)ほうへ、じわじわと変えていったのです。

すると、この結晶が光を吸い始めるちょうどそのあたり(約1.6 eV)から、電流がはっきりと流れ出しました。

そして、さらに色を変えて紫寄りに近づけたある一点で、突然、電流の向きがプラスからマイナスへとぐるりと逆転したのです。

乾電池の向きを変えたわけでもないのに、光の色を変えただけで電流が逆流する——普通の電気回路の常識ではありえないこの現象は、シフト電流だけに現れる「指紋」です。

決め手は、これだけではありませんでした。

研究チームは、この結晶が光にどう反応するかを、量子力学のいちばん基本のルールだけから割り出した理論上の予測グラフと照らし合わせました。

結果、実際の実験データは、電流が逆転する位置や、マイナス側のピークといった特徴が、その予測とよく一致していることが示されました。

さらにこの結晶の内部には、原子のズレによって生まれた“電気の偏り”の向きがあります。

外から電気の力を加えてこの偏りを操作してやると、それに合わせて、流れる電流の大きさが変わりました。

電流のもとが、結晶のもつ「偏りを記憶する性質(強誘電性)」そのものと、しっかり結びついている証拠です。

「光の色で逆流する」「理論の予測とよく一致する」「結晶の偏りを操作すると電流も応える」——この3つの手がかりがそろったことで、観測された電流がシフト電流であることが強く裏づけられたのです。

では、ここまで苦労して「これはシフト電流だ」と突き止めたことに、どんな意味があるのでしょうか。

じつはこのシフト電流という仕組みは、ただ量子的な効果でロスを減らしただけではありません。

太陽電池の発電方式として、さらなる強みを備えているのです。

それは、結晶の”全体”で発電できるということです。

普通の太陽電池では、2種類の半導体を貼り合わせた接合部が光からエネルギーを受け取り、電流を送り出す役割を果たします。

ところがシフト電流は、この境目の仕組みを必要としません。原子がズレたこの結晶では、光が当たった場所ならどこでも電子のワープが起き、結晶のすみずみまで、全体が発電に参加できます。

もう一つは、太陽光の”おいしいところ”を吸えることです。

じつは、強誘電体を使った発電現象そのものは、昔から知られていました。

ですが、代表的な強誘電体(チタン酸バリウムなど)は絶縁体に近く、太陽光の大半を占める可視光をうまく吸えず、紫外線くらいしか使えませんでした。

これでは、太陽電池には力不足です。

その点CsGeI₃は、太陽光がもっとも強く降り注ぐ可視光をしっかり吸収できる、絶妙な値(バンドギャップが約1.6 eV)を持っています。

「ワープの強さ」と「太陽光のおいしい帯域を吸う力」を、一つの結晶で両立させている——理論的には、まさに理想の素材でした。

他にも、ワープするような電子の挙動からも恩恵が得られると考えられています。

ふつうの太陽電池では、光で自由になった電子が境目まで物理的に「走って」たどり着くのを待つ必要があり、その時間はナノ秒(10億分の1秒)からマイクロ秒(100万分の1秒)のオーダーです。

一方のシフト電流は、光を吸った瞬間に電子の波の形が切り替わることで生じる量子的現象なので、走る時間がそもそも要りません。

そのため理論上はピコ秒(1兆分の1秒)級の超高速応答が期待されています。

この圧倒的な速さは、さまざまな次世代技術の武器になりえます。

たとえば、6G以降の超高速通信に使う光検出器や、まだ開拓の進んでいない電磁波領域であるテラヘルツ帯のセンサーなどです。

もちろん、実用化にはまだ課題もあります。

結晶内部には「強誘電ドメイン」と呼ばれる、分極の向きがそろった小さな領域がモザイク状に存在していますが、今回の研究では、これらの向きを完全にそろえるまでには至りませんでした。

ドメインの向きがバラバラだと、ある領域の電子は右にワープし、別の領域の電子は左にワープして、効率低下に繋がります。

このドメイン構造をナノスケールで精密に制御する技術の確立や、薄膜の長期安定性の向上が、今後の研究テーマです。

ただし裏を返せば、これらを磨き込めばシフト電流をさらに大きくできるということです。

日本の産学連携チームが作り上げた、わずか70ナノメートルの結晶。

しかも鉛を使わずに、従来を10倍以上引き離す性能で。

その極薄のフィルムが見せた「電圧ゼロで流れる電流」と「光の色で逆流する電流」は、電子を「粒」として扱ってきた時代から、「波」として操る時代への転換を告げる一歩かもしれません。

参考文献

鉛フリーペロブスカイトで巨大光電流 -強誘電性を活用する環境調和型光電変換材料の実現に道-
https://www.riken.jp/press/2026/20260623_1/index.html

元論文

Record-high Glass coefficient in the shift current response of a ferroelectric halide perovskite
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2602252123

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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