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「0:10のはずだ」停止10秒で接触されたAさん、状況証拠が揃っていても1:9で決着した事情

  • 2026.7.17
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

「証拠は揃っているのに、こちらの主張が通らない」

数多くの事故案件を損害保険会社で担当した私ですが、時に悔しい思いをすることもありました。

今回ご紹介するのは、そんな事故のお話です。

停止して10秒。その直後に起きたこと

当事者は、こちら側の契約者で乗用車を運転するAさん(50代・男性)と、相手方で同じく乗用車を運転するBさん(30代・男性)。
現場は、見通しの悪いT字路でした。合流地点は建物と坂の起伏で、お互いの車が曲がる直前まで見えにくい場所です。

Aさんは徐行しながら右折。曲がってすぐにBさんの車の後部が見えたため、停止しました。Bさんの車との距離は3〜4m程度。Aさんはしばらくそのまま停止していましたが、Bさんはまったく動く様子がありません。

停止から10秒以上が経過し、Aさんが一度降りて声をかけてみようかと考え始めた、その矢先のことでした。Bさんがアクセルを踏み込んでバックしてきたのです。

停止しているAさんは、その予想外のタイミングと勢いにクラクションを鳴らす間もなく、自車の前部に接触されました。Aさんの主張は明確です。

「こちらは完全停止していた。0:10の事故、もらい事故のはずだ」

実際、10秒以上停止していれば、停まっている側にも過失が加算される「直前停止」には該当しません。Aさんの主張には、筋が通っていました。

二転三転する言い分と、相手の非を裏付ける状況証拠

しかし、Bさんからの申告は思わぬものでした。

「自分は停止していたのに、Aさんが追突してきた。Aさんが100%悪い」

Aさんは驚きましたが、譲る気はありません。Bさんに対して、被害事故を主張し続けました。すると、Bさんの主張は二転三転し始めます。

「やっぱり自分も多少は動いていたのかもしれない」

「双方動いていたから5:5だ」

最終的には「自分の後方不確認は認めるが、Aさんも前進していたのだから3:7(Aさん:Bさん)程度が妥当だろう」と申告したのです。

一方で状況証拠は、いずれもBさんにとっては不利なものばかりでした。

一つ目は、車の損害状況。接触されたAさんの車両前部の損害はかなり大きく、Aさんが停止していたのであれば、Bさんの車は相応の速度が出ていたはずです。つまり、加速できるだけの距離があったことがうかがえます。

二つ目は、Aさんが停止した場所。Bさんの車は登り坂で停止していました。仮にAさんが動いていたとしても、坂を上っていくことになるため、大きな速度は出ません。

三つ目は、道路の状況。Bさん側の道路には、路上駐車用のスペースがありました。そのスペースに入ろうとしたと考えれば、急発進にも説明がつきます。

状況証拠でいえば、限りなくBさんに非があると考えられる状態です。しかし、裏を返せば状況証拠だけ。つまり、「推論」でしかありません。

「説明ができる」と「証明ができる」では、大きな隔たりがあります。そして、その隔たりを埋める客観的証拠、すなわちドライブレコーダーは、双方ともになかったのです。

もらい事故の壁と弁護士の見立て

あまり知られていませんが、Aさんのように「自分に過失がない」と主張する場合、自分が契約している保険会社は相手との示談交渉が法律上できません。弁護士でない者が、他人の法律上の争いを代わりに交渉することは「非弁行為」として弁護士法で禁じられています。契約者に過失があれば、保険会社は賠償金を支払う「当事者」として交渉できますが、無過失の場合は支払いが発生せず、「他人の争いの代理」になってしまうためです。

実際、私にBさん側の保険会社から連絡がきましたが、「Aさんは無過失を主張しているので」と伝えるにとどめ、「相談案件」として担当することになりました。

幸い、Aさんの契約には弁護士費用特約が付帯していました。弁護士であれば、もらい事故でも相手との間に入って交渉ができ、その費用は特約で補償されます。

私はAさんと打ち合わせの上、まずは弁護士への相談を手配。しかし、弁護士の見立ては次のようなものだったのです。

「おそらく0:10は勝ち取れる。ただし、時間はかかるでしょう」

朗報のはずが、Aさんには「時間がかかる」の一言が重くのしかかります。目の前に、現実的な事情があったからです。車がないと、仕事に支障が出る。車両保険に入っていない。保険金は示談後でないと受け取れず、修理費用は自身で立て替えなければならない。

Aさんの車の修理費用は約40万円。一時的とはいえ、少なくない金額です。加えて、解決までの代車費用もかさんでいきます。

時間とお金の天秤

「正しさ」を貫けば、0:10は取れる。ただし、それがいつになるかは分からない。その間、修理費用は持ち出しのままとなり、代車費用も膨らみ続ける。

Aさんが手放したのは「0:10」という結果であって、「停止していた」という主張そのものではありません。示談における過失割合は、事実に白黒をつけるものではなく、損害の負担割合を当事者同士の合意で決める、民事上の取り決めだからです。

過失を受け入れれば、対物賠償保険で相手の損害の一部を支払うことになり、翌年度からは等級が下がって保険料の負担も増えます。それでもなお、Aさんは時間とお金を天秤にかけ、自分の過失の方が小さいならば譲歩する、という苦渋の判断を下したのです。

その時点から案件は過失事故扱いとなったため、私が間に入って交渉。最終的に1:9(Aさん:Bさん)で決着となりました。

Aさんは決して「負けた」わけではありません。置かれた状況の中での、現実的な判断でした。ただ、もし客観的な証拠がAさんに一つでもあれば、そもそも天秤にかけることはなかったはずです。

推論を「証明」に変えるもの

Aさんの正しさを裏付ける材料は、揃っていました。足りなかったのは、推論を「証明」に変える一つの記録だけです。

ドライブレコーダーがあれば、停止していた10秒間も、相手の急発進も動かぬ事実として残り、そもそも争いにならなかったはずです。

あなたの車には、あなたの「正しさ」を証明してくれるものが、載っているでしょうか。証拠は、事故が起きてからでは作れません。もし備えがあれば、いざという時、苦渋の「天秤」を手に取らずに済むかもしれません。


ライター:スライカズヤ
保険・自動車分野を専門とするライター。損害保険会社で事案担当者として10年間、示談交渉・損害査定・自動車修理の協定業務に携わり、数多くの事故対応の現場に立ってきた。初級技術アジャスター、3級ファイナンシャル・プランニング技能士、損害保険事業総合研究所 本科講座修了。専門性の高い知識を、正確に、分かりやすく伝えることを信条とし、「当事者にならないとわからない」事故と保険のリアルを読者に届ける。


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