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「旅先だから明るくしなきゃ」を手放す。巣ごもり気味でも楽しめる、50代からのひとり旅【岸本葉子さん】

  • 2026.6.23

「旅先だから明るくしなきゃ」を手放す。巣ごもり気味でも楽しめる、50代からのひとり旅【岸本葉子さん】

「ひとり旅、してみたい。でも少し不安」——そんな方も多いのでは? 「50代は『ひとり旅』の適齢期」と語る、エッセイストの岸本葉子さんが、50代で再開した旅の楽しみ方を綴った新刊が話題です。『50代からのしあわせ「ひとり旅」』から一部抜粋して全5回でお届けします。第3回は、「旅先だからといってキャラクターを変える必要はない」という話。

巣ごもりぎみ、人付き合いが苦手めでもだいじょうぶ

地方都市のひとり旅では、畳の部屋や大浴場、ジムで疲れを癒やすほか、余力があればむろん外へも出ます。

金沢では、お腹が空いて、遅い昼食をとろうと百貨店へ行くと、どの店もまだ混んでいて、地下でサンドイッチを買いました。上る階段を誤り、入ったのとは別の方へ出ると、そこは広々とした公園。緑の上を吹いてくる風が、いかにも心地よさそうです。

ホテルの部屋で食べるつもりだったのを、デパ地下へUターン。パックのジュースを買い足して、公園のベンチで食べました。

町の中心部の百貨店のすぐ隣に、こんな広々とした公園があるとは。東京では考えられません。さすが金沢です。ベンチから眺める町のつくりや、通りに並ぶ歴史的建造物には、加賀百万石の豊かさを感じました。

金沢の百貨店に冬に行ったときは、防寒ブーツの品揃えが印象的でした。裏ボアで、底が滑らないようになっているショートブーツが、東京とは比べものにならないほどたくさんあります。

仙台の百貨店でも、同じ印象を持ちました。金沢や仙台そのものは、雪はそう積もらないそうですが、周囲に雪の多いエリアを有しています。

「その土地らしさ」のあることをしなくてはと頑張らなくても、ふだんと変わりないようなことをしていても、その土地に身を置くだけで、「その土地らしさ」におのずとふれているものです。

巣ごもりぎみで人付き合いが苦手めの自分は、ひとり旅に向かないと思っているなら、それは思い込みです。人とふれ合うのが旅のように、刷り込まれてしまっているのです。

昔から、人とのふれ合いが旅の醍醐味のように言われ、今の旅番組、火野正平さんが自転車で旅していた「にっぽん縦断 こころ旅」や「鶴瓶の家族に乾杯」でも旅先で盛んに人と交流していますが、見て楽しむエンターテインメントだからであって、あれを「旅の本然」のように思わなくていいのです。

すみません、例が極端すぎました。伝えたいのは、ふだんひとりで過ごすのが好きで、人付き合いが苦手めであるなら、旅先だからといってキャラクターを変える必要はないということです。

テレビ番組の例が続いて恐縮ですが「孤独のグルメ」という番組が支持を得ています。貿易商を営む中年男性が、行く先々で腹を空かせて食堂に入ります。「孤独の」というくらいですから、連れはいません。ひとりです。

そこで彼は、周囲の客と同席するでも、店の人と親しくなるわけでもありません。注文や、よほどわからないことがあったときだけの、最低限の会話のみ。黙々と箸を動かしながら、その店らしさの味を嚙みしめ、その幸せそうな表情に、心をつかまれます。料理の感想を、誰かと語り合うこともなく、おいしかったという満足感も自分ひとりの胸にしまって、静かに店を後にするのです。

あの番組がずっと続いているのは、ああした旅の仕方への共感が、少なからぬ人にあるからでしょう。都内の店もあるので「旅」と呼ぶのに違和感をおぼえる方もいるかと思いますが、知らない店へおずおずと足を踏み入れるのは、ひとつの旅です。おそらくは一期一会であるところも。

旅先での私の人との距離感や、距離の取り方の実際は、追々書いていきます。まずは、人疲れしやすい自分は旅はしづらいという苦手意識をなくしていただければと思います。

※この記事は『50代からのしあわせ「ひとり旅」』岸本葉子著(佼成出版社刊)をウェブ記事用に再構成したものです。

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