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知られざるマリメッコのブランドヒストリー、世界を彩る75年の歩み

  • 2026.6.16
marimekko

2026年に創業75周年を迎え、夏には、京都で展覧会もスタートするブランド「マリメッコ」。その歩みは、決して平たんではなかった。挑戦と喜びに満ちたこれまでを印象的なトピックと共に辿る。『エル・デコ』6月号より。





©MARIMEKKO

1949年

創業者アルミ・ラティアとマイヤ・イソラが出会う

後に“ウニッコ”を生む天才デザイナー、マイヤ・イソラ。彼女が母校のプリントコンテストに出品した作品が、創業者のアルミ・ラティアの目に留まり商品化が決まる。この運命的な出会いこそが、独創的なプリントの源泉となり、ブランド創立への大きな原動力となった。

<写真>創業者のアルミ・ラティア。当時は夫であるヴィリヨ・ラティアがオイルクロス工場を買収して立ち上げたテキスタイルブランド、プリンテックス社に在籍していた。

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<写真>イソラがコンテストで発表した“アムフォーラ”。オスロの美術館で見た展示作品がインスピレーション源。

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1951年

「マリメッコ」設立。ファッションショーでお披露目

夫のヴィリヨが経営するプリンテックスの生地は、革新的なデザインが評価を得る一方で、どう使えばよいかわからないという声も多かった。そこでアルミはその生地で服をつくり、ファッションショーを行う。その数日後、「マリメッコ」を設立。「服」にすることで抽象的な模様の魅力が伝わり、話題を集めた。

<写真>1951年5月20日、ヘルシンキのレストランで行われたファッションショー。「マリメッコ」はこの数日後に会社登録された。

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1953年

「第3の色」に着目した革新的な“ピッコロ”

当時、プリントする際は異なる色が混ざらないようにするのが一般的だった。しかしデザイナーのヴオッコ・エスコリン=ヌルメスニエミは、あえて色と色を重ねて「第3の色」と呼ばれる独特の色調をもつ“ピッコロ”を発表。刷りの技術とつくり手の表現の融合を象徴する作品となった。

<写真>通常、不良品とみなされてしまう版のズレを、ヌルメスニエミは魅力の一つと捉え、見事にデザインに昇華。

Tony Vaccaro /Tony Vaccaro Archives(bottom)

<写真>機械が導入される1978年までは手作業によるスクリーンプリントで生地を製作していた。当時から女性が多く働いていたという。

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1954年

現在も愛されるロゴデザインが誕生

タイプライターの書体から着想を得た、現代的で力強いロゴが完成。装飾をそぎ落としたタイポグラフィは、時代に左右されない普遍性と、機能美を尊ぶフィンランドデザインの精神を体現。

<写真>アルミが見た、アメリカのインテリア誌で使われていたオリベッティ社のタイプライターの書体がアイデアのインスピレーションとなった。

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1956年

初のユニセックスの服シャツ“ヨカポイカ”発売

ヌルメスニエミが発表した“ピッコロ”を使った「全ての少年」という名前のシャツ。体を縛らない直線的なシルエットは、当時のジェンダー観を打ち破る画期的なデザインで、ブランド初のユニセックスの服だった。個性を祝福する自由の象徴として現在も販売されている。

<写真>シャツ“ヨカポイカ”。テキスタイル名と洋服名がそれぞれあるのも特徴。これまでに500以上の配色パターンがつくられている。

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1960年

ジャクリーン・ケネディが着用し、世界が注目

ジョン・F・ケネディの大統領選の最中、妻ジャクリーンが「マリメッコ」のドレスを7着購入。いずれもヌルメスニエミがデザインしたドレスだといわれている。知的で洗練された彼女の装いは雑誌などで広く報じられ、ブランドが国際的な成功を収める大きな転機となった。

<写真>『スポーツ・イラストレイテッド』誌の表紙で「マリメッコ」を着るジャクリーン・ケネディ。アメリカのみならず世界から関心を集めた。

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1963年

クリエイティブは建築の領域へマリ村という理想郷

ラティアの構想は服にとどまらず、社員が共に働き、暮らし、創造する「マリ村(マリキュラ)」の建設へと拡大。最終的に村自体は実現しなかったものの、実験的なプレハブ住宅「マリハウス」を設計するなど、生活全般を美学で包み込むライフスタイルを提案した。

<写真>プロジェクト立ち上げの数年後に発表した「マリハウス」。後にサウナ小屋「マリサウナ」もつくられた。

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1964年

永遠のアイコン、“ウニッコ”発表

創業者の「花は描かない」というデザイナーに課した制約を覆し、イソラが情熱的に描き上げた花の図案。抽象化された力強いグラフィックは、「マリメッコ」の精神である「創造性」と「喜び」を見事に体現。世界で愛されるプリントの一つとして、今も新作が生み出されている。

<写真>デザイナーのマイヤ・イソラ。

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<写真>発表時のオリジナルカラーの“ウニッコ”。モチーフを小さくした“ミニ ウニッコ”や“ピエニ ウニッコ”などさまざまな展開がある。

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1975年

脇阪克二による“ブ ブー”がアメリカを中心にヒット

日本人で初めて「マリメッコ」にデザイナーとして加わった、脇阪克二による“ブ ブー”。原色を用いた遊び心あふれるパターンは、アメリカで爆発的な人気を博し、後にフィンランドや日本でも販売されるように。子ども服やタオル、食器、紙ナプキンなど幅広いアイテムが展開された。

<写真>見ているだけでわくわくした気持ちが生まれてくる、車をモチーフにした“ブ ブー”。長きにわたって愛されている図案。

Hearst Owned

1986年

約2500点の資料をデザインミュージアムに寄贈

ブランドの歩みを未来へつなぐべく、創業初期からの貴重なアーカイブ資料約2500点をヘルシンキ建築&デザイン・ミュージアムへ寄贈。テキスタイルだけでなく、デザイン画や写真を含む膨大なコレクションは、一企業の記録を超え国の資産として、今も保管・研究されている。

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日本人デザイナーが数多くのデザインを生み出す

脇阪克二に続き、1974年に石本藤雄が入社。石本は日本でグラフィックデザイナーとしてキャリアを積んだ経験を生かし、フィンランドの自然をインスピレーション源にした400を超える作品を発表した。日本文化を着想源にした作品もあり、ブランドに新たな風を吹き込んだ。

<写真>制作中の石本藤雄。

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<写真>全て石本の作品。草木が実りの喜びを伝える“パラティーシ(楽園)”(右)、日本の絣かすりから着想した“オストヤッキ” (中央)、北欧の夏至祭の風景を描いた“アアット”(左)。

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1991年

キルスティ・パーッカネンがディレクターに就任

80年代から経営危機に直面していた「マリメッコ」。それを救ったのは、広告界で活躍したキルスティ・パーッカネンだった。創業者の精神に立ち返り、デザイナーの個性を再び最優先する改革を断行。彼女のリーダーシップによりブランドは輝きを取り戻すこととなった。

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2003年

コンペ形式で新時代のデザイナーを多数起用

ブランドの若返りを目指し、若手育成のためのデザインコンペを開催。ここで頭角を現したマイヤ・ロウエカリらが、現代の都市生活にフィットする斬新なパターンを次々と発表。伝統を継承しつつも、常に新しい感性を取り入れるブランドの姿勢を見つめ直した結果、新たな名作が数多く生まれた。

<写真>2009年にマイヤ・ロウエカリが発表した“プータルフ
リン パルハート(最高の庭師)”。

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<写真>「イケア」とのコラボレーションで生まれたルバーブの葉を描いた“ラパルぺリ”。(右) 水彩画のような“ユハンヌスタイカ(真夏の魔法)”(左)や“クッレ”(中央)など多彩な表現で知られるアイノ=マイヤ・メッツォラの作品。

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2012年

フィンエアーとコラボレーション飛行機が「マリメッコ」に染まる

フィンランドを代表する航空会社、フィンエアーとの協業がスタート。機体へのラッピングから機内食の器、アメニティに至るまで、“ウニッコ”をはじめとする美しい柄が空を旅する人々を包み込んだ。現在もアメニティや機内食の紙ナプキンなどに「マリメッコ」が採用されている。

<写真>今も“ウニッコ”と“キヴェット”の2種類のパターンをまとった機体が空を飛んでいる。

Finnair

<写真>現在のビジネスクラスとプレミアムエコノミーのアメニティにも「マリメッコ」のパターンが使われている。

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2024年

ブランド初となるデニムコレクションを発表

創業以来、品質と長く愛されることにこだわってきた「マリメッ
コ」。その精神を現代の環境意識につなげた「マリデニム」が登場。リサイクルしやすいよう、リベット(金属の固定ボタン)ではなく、取り外し可能なものを使うなど、循環型ファッションへの新たな挑戦を行っている。

<写真>“ウニッコ”を全面にあしらったマリデニムのファーストコレクション。加工には、レーザーが採用され、化学薬品や水の使用を抑えている。

©MARIMEKKO

2024年

“ウニッコ”60周年 世界でイベントを開催

誕生60周年を祝し、世界各地で大規模な祝祭を展開。ヘルシンキだけでなく、国際的な家具の祭典ミラノデザインウィークでもインスタレーションを行った。街中に“ウニッコ”があふれ、時代を超えて愛されるデザインの生命力を改めて印象づけた。

<写真>ミラノデザインウィーク期間中にカフェをジャックし、「バーウニッコ」をオープン。

Getty Images

<写真>フィンランドではマイヤ・イソラが学んだ美術アカデミーがあったアテネウム美術館の外壁をウニッコが彩る、プロジェクションマッピングが行われた。

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2026年

創立75周年 世界を彩る自由の継承

レストランでのファッションショーからスタートした「マリメッコ」は2026年、75周年を迎えた。戦争の影を色彩で塗り替えたブランドの歩みや未来への希望を込めたエキシビション『マリメッコ展 模様のちから』が、7月から京都を皮切りに全国を巡回する。

<写真>75周年を記念し、日本限定のアニバーサリーバッグが登場。アイコニックな2つの図案を融合させている。

Hearst Owned

『エル・デコ』2026年6月号

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