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未来が揺れるとき、デザインはどこへ向かうのか?ミラノデザインウィーク2026が示した「自分を形づくるもの」への回帰

  • 2026.6.5

ミラノが一年で最も熱を帯びる4月、街は再びデザインの気配で満ちていた。未来を語ることが主題だったここ数年とは違い、2026年のミラノデザインウィークが向けた視線は、もっと身近なところにあった。現在の自分を形づくってきた記憶や文化、日々の習慣、受け継がれてきた技法。揺れる世界の中で、人は何を頼りに生きていくのか。今年のミラノには、その問いに向き合う展示がいくつも現れていた。この記事では、その中から5つの展示を取り上げ、いまの私たちの生活にも静かに響く視点を探してみたい。

photo & text: Wakapedia

6:AMの展示「Over and Over and Over and Over」の様子
BRUTUS

2026年のミラノデザインウィークは、「未来」から「自分を形作るもの」へ

イタリア・ミラノの4月は、街が最もにぎわう季節。国際家具見本市「サローネ・デル・モービレ」がミラノ郊外の巨大展示場で行われる一方、ブレラやトルトーナなどの街区では「フォーリサローネ」が展開され、ミラノ全体がデザインのテーマパークと化す。2026年の「ミラノデザインウィーク」(4月20〜26日)は例年以上に人があふれ、街の至るところで展示やイベントが開催された。

業界関係者の社交場として知られるミラノの老舗カクテルバー〈バール・バッソ〉では、ドイツの文化誌『ZEIT Magazin』がトークイベントを開催。登壇した編集長クリストフ・アメンドと、世界的キュレーターのハンス・ウルリッヒ・オブリストとのセッションからは、今年のデザインウィークの本質が浮かび上がった。

それは、ミラノがいま「未来」より「自分を形づくるもの」を見つめ始めているということだった。

コロナ以降はサステナビリティやウェルビーイングが主役となり、AIやロボティクスも急速に進化。「未来」が合言葉のように語られてきた。しかし現在、AIは特別な存在ではなく日常の前提となり、世界情勢は揺れ、未来は以前ほどまっすぐには見通せない。ニュースに目をやると、華やかな未来よりも「今日」に意識が引き戻される。

そんな時代の変化は、ミラノデザインウィークにも表れているように感じられた。人々は自分のルーツを見つめ直すように、文化や伝統、個人の経験へと視線を戻し始めている。今年のミラノで「記憶」や「存在」を扱う展示が多かったのは、偶然ではないだろう。技術の先にある「人間そのもの」へと意識を向け始めていた。

そして、その表現はさまざまだ。思想として掘り下げる展示もあれば、光や素材で感覚的に触れさせるもの、ブランドの歴史を読み直すもの、空間に物語を宿すもの。ここからは、そんな「自分を形づくるもの」を異なる角度から照らし出していた、5つの展示を紹介したい。

Triennale Milano × Fondation Cartier pour l’art contemporain - Andrea Branzi by Toyo Ito : Continuous Present

流れ続ける現在をどう生きるか

ミラノ・トリエンナーレとカルティエ現代美術財団は、戦後イタリアデザインを牽引した建築家・デザイナー、アンドレア・ブランジの大規模回顧展「Continuous Present(連続する現在)」を開催。企画は日本の誇る建築家で、アンドレア・ブランジの長年の友人である伊東豊雄が手がけた。〈バール・バッソ〉のトークショーでキュレーターのオブリストが「今年の推し」として真っ先に挙げていたのもこの展示だった。

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展示の出発点は、なんと『方丈記(ほうじょうき)』の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という冒頭の一文。ミラノの展示なのに、入り口がまさかの和風哲学という意外性があるプレゼンテーションから始まる。

会場には1960年代のラディカルデザインから、後年の「人と物、自然と人工物がどうともに生きられるか」という関心へと至るまで、ブランジの50年以上にわたる思考の軌跡が、400点以上の作品として渦のように配置された。直線的な家具の常識を覆した波形の『Superonda(スーパーウェーブ)』ソファ、都市を終わりのない生活環境として構想したプロジェクト『No-Stop City』の模型やドローイングなど、時代もジャンルも横断する作品群が並んだ。

生まれた時系列は捨象され、作品は群島のように展示空間に漂い、気づくと別のテーマにワープする。この混沌こそがブランジの思考そのものだ。

伊東豊雄いわく、ブランジはデザイナーというより思想家。彼が問い続けたのは「都市とは何か」「デザインとは何か」「どう共存できるのか」。晩年には西洋的な合理主義に基づいた空間デザインへのアンチテーゼとして「聴く力」の重要性を説き、空間は見るものではなく、耳を澄ませるものだと示した。

彼の思想「連続する現在」は、変化する日々の中で私たちが何を選び、どのように他者や自然との関係を築いていくのかを考える視点を与えてくれる。今年のミラノが「未来」から「自分を形づくるもの」へと意識を戻し始めた流れの、まさに起点となる展示だ。

Information

Triennale Milano

住所:Viale Alemagna 6, 20121 Milano
営業時間:火〜日 10:30〜20:00
休館:月曜
開催期間:2026年3月19日〜10月4日
HP:https://triennale.org/en/events/branzi-toyo-ito

Gucci「Gucci Memoria」

記憶を読み直す、グッチの新しいアーカイブ論

展示「Gucci Memoria」の会場風景
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展示「Gucci Memoria」の会場風景
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今年注目を集めた展示のひとつが、〈グッチ〉の没入型エキシビション「グッチ メモリア」だ。展示の舞台となったのは、ブレラ地区の歴史的修道院「キオストリ・ディ・サン・シンプリチアーノ」。ブランド105年の歩みを、空間全体に展示されたタペストリーとインスタレーションでたどる構成となっていた。

回廊に並ぶ12点のタペストリーには、初期のフィレンツェ工房から現アーティスティック・ディレクターのデムナ・ヴァザリアまでの軌跡が描かれ、構図にはボッティチェッリの影響がうかがえる。細部にはデムナらしい遊び心も潜んでいた。ジャージ風のカジュアルスタイルなデザイナー自身、ゲーミングチェアのような椅子やヴィーナス風の女性がデニムを着こなす姿など、伝統的なラグジュアリーの文法から少し外れたモチーフがちりばめられている。その遊び心が、ブランドの歩みをただ年代順に追うのではなく、いまの文化の中で捉え直すためのアクセントとして働いている。

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回廊に面した中庭には、グッチを象徴するフローラ モチーフをもとにしたボタニカルガーデンが作られた。フローラ モチーフといえば、ボッティチェッリの絵画『プリマヴェーラ』に着想を得て、1966年にグレース・ケリーのために誕生したもの。それにインスピレーションを得て、植えられた43種の花々は、後日ショップで花束として来場者に手渡された。ブランドの歴史を飾るモチーフが、空間を彩るだけでなく、街へと持ち帰られていく。アーカイブを鑑賞物ではなく、日常へとつなぐための小さな仕掛けでもあった。

「メモリア(記憶・思い出)」という名の通り、展示はアーカイブを並べるだけではなく、「歴史をどう読み直すか」という問いを投げかける。修道院という歴史を宿す空間にブランドが歩んできた時間が重なり、文化的記憶が現在に接続される構造は、デムナのアーカイブ再解釈の姿勢とも重なる。そしてこの問いは私たちにも向けられている。自分の経験や記憶を、これからどう未来へつなげていくことができるのか。

Information

Chiostri di San Simpliciano(キオストリ・ディ・サン・シンプリチアーノ)

住所:Via dei Chiostri 2, 20121 Milano
*本展はすでに終了

Nilufar「Grand Hotel」

デザインが滞在する場所

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「ニルファー・ギャラリー」は、ヴィンテージから現代まで、さまざまな作品を独自に組み合わせるミラノの名物ギャラリー。その拠点「ニルファー・デポ」を丸ごと架空のホテルに変えたのが、今回の「ニルファー・グランド・ホテル」だ。レセプション、客室、ラウンジ、ペントハウスで空間が構成され、世界中のデザイン作品がまるで宿泊客のように佇んでいる。

2階には畳の瞑想室が設られ、最上階ではヴィンテージとコンテンポラリーの作品が調和する。中庭にはアルミ製の家具が並び、ミラノの喧騒の中に静かな余白が生まれていた。

今回の展示に並んだのは、国際的に評価される新鋭デザイナーたちによる作品で、ニルファー・エディションの新作もそこに加わった。ここでチェックインするのは訪問者ではなく、家具やオブジェそのもの。ニルファーは“デザインそのもの”を物ではなく、気配や物語を宿す存在として扱った。鑑賞者は、さまざまな時代や文化的な背景を持って集った“宿泊客”が交差するホテルで、静かな物語を読み取る。

本展は私たちの暮らす空間にも物語が息づき、選ぶものが生き方を映し出すことを思い出させてくれた。

Information

ニルファー・デポ

住所 : Viale Vincenzo Lancetti 34, 20158 Milano
営業時間: 月~土 10:00~19:00
*本展はすでに終了

6:AM「Over and Over and Over and Over」

反復がつくる、唯一のかたち

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ミラノを拠点にガラスの照明や空間作品を手がける〈6:AM〉は、〈ボッテガ・ヴェネタ〉のランウェイセットを担当するなど、ファッションとデザインの双方から注目されるスタジオだ。今回の展示場所は、1929年開館の歴史的建築「ピッシーナ・ロマーノ」。この近代建築の象徴的なプール空間に、〈6:AM〉のガラス作品が並んだ。

遠くからは同じ形に見えるガラスも、近づくとすべてが少しずつ違う。吹きガラスの表面には、熱や圧力、職人の呼吸が刻まれていて、同じ工程を繰り返しても同じものは生まれない。透明なガラスは外からの光を受けて反射の角度を変え、細かく削られた面が光を分散させることで繊細な輝きを生む。長年にわたって市民に親しまれたプールの更衣室という身近な空間に、ガラスの眩さと手仕事の痕跡が重なる。

〈6:AM〉が伝えるのは、反復とは単なる作業ではなく、形に時間が宿るプロセスだということ。職人の繰り返す動作が作品をわずかに変え続けるように、私たちの日常のルーティンも、気づかぬうちに新しい景色をつくり出している。この展示は、日々を過ごす中では気づきにくい俯瞰的な感覚を思い起こさせてくれる。

Information

ピッシーナ・ロマーノ

住所:Via Giuseppe Zanoia, 2, 20131 Milano
*本展はすでに終了

ANTEPRIMA X WOW X 130「Link of Moments × Link of Existence」

光が呼び起こす記憶、形がとどめる存在

ミラノを拠点に国際的に活動するファッションブランド〈アンテプリマ〉は、洗練されたデザインとアートへの関心で知られる。そんなブランドが新たにオープンしたショールームでは、「記憶」と「存在の痕跡」をテーマにした呼応する2つの作品「Link of Moments × Link of Existence」が展示された。

Link of Moments

一つ目の作品は、東京を拠点に映像表現とインタラクティブデザインを手がける、ビジュアルデザインスタジオ〈WOW〉による「Link of Moments」。

来場者が自分自身を撮影すると、AIが別の可能性としての自分を映像として描き出すインスタレーションだ。ディスプレイの前にはライトが設置され、その光が消える一瞬にだけ映像が浮かび上がる。そこに現れるのは実際の記憶ではなく、AIが想像したもうひとつの世界線。自分の姿が知らない物語を生きているように見える瞬間、鑑賞者は「自分とは何か」という境界の曖昧さに触れることになる。

Link of Existence
Link of Existence

素材研究と造形表現を軸に活動するデザインブランド〈130〉による「Link of Existence」は、身体の痕跡をテーマにした彫刻的チェアだ。モノマテリアルのリサイクル樹脂を連続成形する独自の手法によって、光や影、空気が通り抜ける細かな構造がつくられている。この構造が表面にグラデーションを生み、まるで誰かが腰かけていたかのような痕跡を視覚的に感じさせる。実際には形も温度も変化していないのに、熱や重さが残っているように見えてしまう。

2つの作品には「過ぎ去ったヒトやコトの気配をデザインする」という新しい視点が生まれていた。では私たちは日々、どんな瞬間を記憶に刻み、どんな痕跡を世界に残しているのだろう。

Information

ANTEPRIMA Milan Showroom / Shop

住所:Via Borgospesso 23, 20121 Milano
営業時間:月〜金 10:00〜18:00/週末・特別営業日は変動あり
問い合わせ:+39-02-66014071
HP:https://jp.anteprima.com/shop_list/detail/364
*営業時間が変更になる場合あり。
*本展はすでに終了

2026年のミラノが示したデザインの現在地

2026年のミラノデザインウィークが示したのは、デザインが「未来の機能性」から離れ、人が何を記憶し、何を受け継ぎ、何を大切にして「現在」を生きるのかという根源的なテーマだった。

ブランジは「流れ続ける現在」を問い、〈グッチ〉は105年の歴史を未来へつなぐ回廊を編み上げた。ニルファーは文化が共存する「記憶のホテル」をつくり、〈6:AM〉は職人の反復に宿る「技法の記憶」を可視化し、〈WOW〉は光の消える一瞬に「記憶の残像」を立ち上げ、〈130〉は身体の痕跡をとどめる彫刻で「存在の余韻」を示した。どの展示も未来を語るのではなく、未来をつくるための自分の根っこを見つめていた。未来が不確実な現在だからこそ、デザインは“人間の根”へと意識を向け始めている。

そしてその問いは、ミラノの会場にいた誰かだけに向けられたものではない。部屋に置いた家具、毎日手に取る道具、気づけば繰り返している習慣。それらはすべて、私たちの時間と経験の積み重ねであり、私たちを形づくってきた静かなデザインだ。デザインとは特別なものを買う行為ではなく「自分の生活をどう形づくりたいか」を考えるための視点である。
私たちの日常にある記憶や文化、癖や選択は、これからどんな未来を形づくるのだろう。

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