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ヤングケアラーだった私の“絶縁”決断。大事な妹を「もう家族じゃない」と見限ったワケ

  • 2026.6.1

「家族だから」という言葉に縛られていた筆者の友人・T代。ヤングケアラーだったT代は、5歳下の妹との関係性に頭を悩めていました。しかし、あることをきっかけに絶縁状態に陥ってしまったそうです。

画像: ヤングケアラーだった私の“絶縁”決断。大事な妹を「もう家族じゃない」と見限ったワケ

ヤングケアラー

私には5歳年下の妹がいます。
妹はすでに結婚し子どももいますが、私は独身。
私は俗にいうヤングケアラーでした。

父親は私たちが幼い頃に事故で亡くなっていて、母親と3人で暮らしていたのですが、私が高校生の頃、母親が脳梗塞に。
一命はとりとめたものの、介護が必要な状態になってしまいました。

私は高校卒業後、働きながら母親を介護。
妹はその時まだ中学生だったので、家のことや母親の介護はほとんど私が担っていました。

自分勝手な妹

妹は自分の家の状態を分かっていながら、高校生になっても家事や母親の介護を手伝うことはほとんどありませんでした。

その後、妹は結婚。
出産すると、母親を介護している実家へ平気で子どもを連れてきて、少し預かってほしいなどと言うように……。
オムツやミルクなどを持ってこなかったため、私が慌てて揃えたこともありました。

絶縁を決めた日

私は妹にできるだけ文句を言わないようにしてきましたが、さすがに堪忍袋の緒が切れたのは母親が亡くなった時でした。

「子どもの体調が悪くって」と葬儀の手伝いには全く手を貸さず、葬儀には出席したのですが「お姉ちゃん、遺産ってどのくらいあるの?」とすぐにお金の話をしてきたのです。
さらに「お姉ちゃんは一人なんだから、どっかアパートでも借りてよ。私が実家に住んであげるよ」と言い出しました。

私はとても腹が立って「何もしてこなかったくせに、勝手なことばっかり言わないで!」と言ってしまいました。
「お姉ちゃんが好きでやってきたんでしょう? 今になって文句言わないでよ」と言われ、私は妹を見限ることに決めたのです。

叶わなかった希望

母親の死後、関係各所への支払いや納骨が終わった時点で、残ったお金をきれいに半分に。
「え? これだけなの? この家は?」と言った妹に対し「修繕費や固定資産税なんかを全部払ってくれるなら私は出て行く」と伝えました。

築50年近い実家はリフォームが必要な状態。
それを知っていた妹は「じゃあこれで」と言い、それから一切実家に寄り付くことはありませんでした。

確かに私は、自分で選んで母親の介護をしていました。
でも私が担ってきた重責に妹が少しでも理解を示してくれていたら、もう少し関係性が変わったのにと残念に感じています。

【体験者:40代女性・会社員、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:RIE.K
国文科を卒業し、教員免許を取得。OLをしていたが、父親の病気をきっかけにトラック運転手に転職。仕事柄、多くの『ちょっと訳あり』な人の人生談に触れる。その後、結婚・出産・離婚。シングルマザーとして子どもを養うために、さまざまな仕事の経験あり。多彩な人生経験から、あらゆる土地・職場で経験したビックリ&おもしろエピソードが多くあり、これまでの友人や知人、さらにその知り合いなどの声を集め、コラムにする専業ライターに至る。

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