1. トップ
  2. エンタメ
  3. 25年前、デビュー2作目で歌の地力はもう完成形だった 大ブレイク前の助走に置かれた夏の入り口

25年前、デビュー2作目で歌の地力はもう完成形だった 大ブレイク前の助走に置かれた夏の入り口

  • 2026.7.4
undefined
2001年6月、東京・池袋で行われた『トロピカ〜ル恋して〜る』発表会見に登場した松浦亜弥(C)SANKEI

「夏が来るより先に、もう夏になっている曲ってあるよね」

梅雨の終わりがちらつく6月の中旬、エアコンが回りはじめた部屋にこの一曲を流すと、まだ来ていないはずの夏の入り口を、勝手に呼び込んでしまう。グロッケンのきらめき、4つ打ちの推進力、サビでまっすぐ伸びる声。リゾート感を売りにしたサマーソングは数あるが、この曲が一段違うのは、「南国へ連れて行かれた女の子」の側を主役にしている点にある。誘惑と少しの罪悪感が、同じ温度で混ざる。

松浦亜弥『トロピカ〜ル恋して〜る』(作詞・作曲:つんく)ーー2001年6月13日発売

ハロー!プロジェクトから満を持して送り出されたソロアイドルの、2作目のシングル。発売時、歌い手はまだ14歳。誕生日の12日後に15歳になる、誕生日待ちの少女である。

4つ打ちに夏のリゾートを丸ごと積み込んで

前作『ドッキドキ!LOVEメール』から、わずか2か月。プロデューサーのつんく♂はスピード感を一段上げ、ディスコ寄りのモードを切り替えた。硬めのキックが脈を刻み、テンポは前のめり。曲の冒頭から、デビュー時の路線とは少し温度が違うことが耳に届く。

サウンドの土台になっているのは、ダンスポップとして見ても丁寧に組まれた音像だ。サビの輪郭を立てるのはグロッケンの高音で、その下に弦のロングトーンが敷かれ、シンセサイザーの薄い層が両者を埋める。聴き返すほどに、メロディラインを支えているのはひとつの楽器ではなく、グロッケンと弦とシンセの溶け合った層そのものなのだとわかってくる。

歌詞は、徹底して夏一色。トランクと水着とパスポート、「格安2人旅」「トロピカル夢の島」というワードが並び、誘いを承諾したあとの女の子が主役を務める。ロマンチックなリゾート逃避行というよりは、親にどう切り出すかを思案している現実的な女の子の話だ。トラック側は南国モチーフを浮き立たせず、純粋にダンスポップとして攻める。歌詞は夏一色、音はディスコ寄りを器用に並走させる手つきが、本作の手柄である。

渡部チェルとのタッグで“あやや”の型が決まる

編曲は渡部チェル。ハロー!プロジェクト系の常連アレンジャーで、モーニング娘。やタンポポでも仕事をしている人物だ。1stシングルの編曲は高橋諭一だったため、松浦のシングルとしては本作が初タッグにあたる。

初タッグでこの音像を仕上げたうえに、続く3rdシングル『LOVE涙色』までこの座組がそのまま引き継がれる。明るい4つ打ちに、グロッケンや鈴のような高音をきらめかせ、口ずさみやすいサビを真ん中にどんと置く。後に「あやや」のサウンドと振り返られる輪郭は、本作と次作のあいだで固まったと言ってよい。

夏のリゾートというモチーフ自体、つんく♂のチームが意図して選び取った題材だ。レコーディング前にスタッフが国内外のリゾート地のツアーパンフレットを持ち込み、夏の空気を全員で揃えてから音を作り始めた、という逸話がある。徹底して夏のテーマで詞を書き、サウンドにディスコ感を強めて前作との差をつける。前作から短期間でリリースする2作目で勝負を急がず、ハロプロの中で「あやや」の輪郭を一段スピーディに更新する戦略が、ここに姿を現している。

歌唱・編曲・演出が、ひとりの少女のキャラクターを丸ごと夏に振る方向で噛み合ったタイミングだ。

デビュー2作目でもう完成していた歌の地力

そしてこの曲を本当に名曲にしているのは、4つ打ちの高速ビートを上ずらせずに乗りこなしてしまう、14歳の歌い手である。デビュー直後の歌い手がまず崩しがちなのは、早いビートの上でのリズムと息継ぎの位置だ。テンポに飲まれて言葉が走るか、逆に息が浅くなって尻すぼみになる。本作の松浦には、そのどちらの不安もない。

サビ周辺の語尾を息で押し切らずにふっと止め、次の小節へ渡す処理。発音は子音から立ち上げ、母音を引き伸ばしすぎない歌い方。アイドルポップとしては定番の技術ではあるが、それを15歳の手前の歌い手が、一度も揺るがずにやってのける景色は尋常ではない。

歌詞のテーマと年齢の関係も、この曲では絶妙に噛み合っている。年上が歌えば「ませた女の子の追体験」になり、もっと幼い歌い手では年齢に追いつかない。親の許可なしには遠出できない年齢の歌い手が、自分の感情を抑え気味に歌うから、設計のおかしみが嫌味に転ばずに済む。語尾を可愛らしく跳ねさせない選択にも、後の時代をひとりで張っていく歌い手の意思が透ける。

助走の一枚に置かれた、25年前の夏の入り口

代表曲を挙げる場面では、先に『LOVE涙色』『Yeah!めっちゃホリディ』のような大ヒットが顔を出すことが多い。『トロピカ〜ル恋して〜る』はその手前に、ちょこんと置かれた助走の一枚に見える。実際、次の3rdで大ブレイクをつかむまで、彼女に残された時間はわずか3か月足らずだ。

ただ、声と歌い回し、編曲、プロデュースの方向、それらすべてが噛み合った最初の瞬間は、間違いなくこの曲にある。後の長いキャリアで繰り返し語られる「歌の地力」は、デビュー2作目の段階で、もう完成形に近いところまで届いていた。

夏になるたびに再生ボタンを押したくなる理由は、おそらくそこにある。湿った6月の終わり、エアコンを入れたばかりの部屋で、ビートの上でまっすぐ弾ける声が、こちらの真夏の予感を一足先に拾ってくれるのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる