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「ペストを生き延びた人々」が記録された羊皮紙を発見、大英図書館

  • 2026.5.19

黒死病(ペスト)と聞くと、多くの人は中世ヨーロッパを襲った「死のパンデミック」を思い浮かべるでしょう。

実際、1346〜1353年に広がった黒死病では、ヨーロッパ人口のかなりの割合が死亡したと考えられており、その歴史は長く「どれだけ多くの人が死んだのか」を中心に語られてきました。

しかし当時の世界には当然、感染しても死ぬことなく、数週間の病床を経て再び仕事に戻った人々もいました。

では、彼らはどれくらい苦しみ、どれくらいで日常へ戻ったのでしょうか。

英ダラム大学( Durham University)の研究チームは、大英図書館に所蔵されていた中世文書の中から、これまで十分に注目されてこなかった羊皮紙の記録を再発見しました。

研究の詳細は2026年5月12日付で学術誌『Historical Research』に掲載されています。

目次

  • 死者ではなく「回復者」の名前が残されていた
  • 黒死病は「死者」だけでなく「病人」でも社会を止めた

死者ではなく「回復者」の名前が残されていた

今回見つかったのは、イングランド東部ハンティンドンシャーにあったウォーボイズ荘園の会計記録に挟み込まれていた羊皮紙の断片です。

ウォーボイズ荘園は、当時ラムジー修道院が保有していた土地でした。

そこには、1349年の夏、病気のために領主の土地で働けなくなった小作人たちの名前と、彼らがどれくらい仕事を休んだのかが記されていました。

研究チームは、この22人の小作人が黒死病に感染し、数週間にわたって病床に伏した後、回復して再び労働に戻った可能性が高いと見ています。

これは非常に珍しい記録です。

中世の文書は、死亡や相続、税、土地の移動などを記録することが多く、「病気になったが助かった人」の経過を詳しく残すことはあまり知られていません。

そのため黒死病の研究でも、死亡率や死者の身元、社会秩序の変化に注目が集まりがちでした。

しかしこの羊皮紙は、パンデミックの中にいた「死なずに生き延びた人々」の姿を具体的に浮かび上がらせています。

記録によると、もっとも早く回復したヘンリー・ブラウンは、わずか1週間の欠勤で仕事に戻っていました。

一方、ジョン・ダーウォースとアグネス・モールドは、9週間にわたって仕事を休んでいました。

全体としては、病気の期間は平均3〜4週間ほどで、生き延びた人々の4分の3は1カ月以内に仕事へ復帰していたとされています。

しかも彼らには、最長で1年と1日の病気休暇が認められていました。

それを考えると、数週間で戻ったという事実は、当時の人々の回復力を示すものでもあります。

黒死病は「死者」だけでなく「病人」でも社会を止めた

この発見が重要なのは、黒死病の被害を死者数だけでは測れないことを示している点です。

ウォーボイズ荘園では、1340年代の通常の夏なら、病気による欠勤は2〜3件程度しか記録されていませんでした。

ところが1349年の夏には、22人もの小作人が病気で労役を休んでいます。

これは通常の約10倍にあたる規模です。

さらに、この22人の欠勤を合計すると、わずか13週間の間に91週分もの労働力が失われていたことになります。

つまり、黒死病は人々の命を奪っただけでなく、生き残った人々も数週間にわたって働けない状態にし、荘園の農作業や経済活動を大きく揺さぶっていたのです。

これは、当時の村を想像するとより実感しやすいかもしれません。

ある家では家族が亡くなり、隣の家ではまだ高熱に苦しむ人が寝込み、別の家ではようやく回復した人がふらつきながら仕事に戻る。

そのような状態で畑を耕し、収穫を進め、村全体の暮らしを支えなければならなかったのです。

また、回復者の多くが比較的大きな保有地を持つ小作人だった点も注目されます。

チームは、これを「裕福な人ほど感染しにくかった」と単純に解釈しているわけではありません。

むしろ、生活水準の高い人々は食料や住環境の面で多少の余力があり、二次感染や合併症を乗り越えやすかった可能性があります。

ブリューゲル作『死の勝利』、ペストに続く社会的混乱と恐怖を描いたもの/ Credit: ja.wikipedia

ただし、記録に残った22人のうち19人が男性だったことについては、ペストが男性に有利に働いた証拠とは見なされていません。

これは荘園の土地保有記録そのものが男性中心に作られていたためです。

この研究は、黒死病を「死の歴史」としてだけでなく、「病気になり、苦しみ、戻ってきた人々の歴史」として捉え直す必要があることを示しています。

死者、死にゆく人、病床に伏す人、そして回復して仕事に戻る人。

そのすべてが同時に存在したからこそ、黒死病は中世社会に地震のような衝撃を与えたのです。

黒死病の時代にも、人々はただ倒れていっただけではありませんでした。

高熱や腫れたリンパ節、吐血に苦しみながらも、生き延び、数週間後には再び畑へ向かった人々がいました。

大英図書館に眠っていた小さな羊皮紙は、歴史の陰に隠れていた「回復した人々」の名前を、約700年ぶりに私たちの前へ連れ戻してくれたのです。

参考文献

Lost Parchment Reveals People Who Survived The Black Death
https://www.sciencealert.com/lost-parchment-reveals-people-who-survived-the-black-death

What a list of Black Death survivors reveals about the way people recovered from plague
https://theconversation.com/what-a-list-of-black-death-survivors-reveals-about-the-way-people-recovered-from-plague-275622

元論文

Surviving the Black Death in medieval England: recovering from illness at Warboys, Huntingdonshire
https://doi.org/10.1093/hisres/htag010

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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