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定説「壊れた脳は治らない」を覆す発見ー-脳の自然治癒力を維持する方法が見つかる

  • 2026.5.16
Credit:Generated by OpenAI’s DALL·E,ナゾロジー編集部

脳卒中で脳の一部が損傷すると、手足が動かしにくくなったり、言葉が出にくくなったりします。

しかも死んでしまった神経細胞そのものは、基本的に再び生き返るわけではありません。

しかし実際には、脳卒中の患者さんがリハビリテーションによって失われた機能をある程度取り戻すことがあります。

では、壊れた脳の中では何が起きているのでしょうか。

東京科学大学(Science Tokyo)を中心とする共同研究チームは、このほど、脳卒中後に脳の修復を助ける細胞が働き、やがてその回復力を失っていく仕組みを明らかにしました。

研究の詳細は2026年5月13日付で学術誌『Nature』に掲載されています。

目次

  • 脳の中には「修理係」がいる
  • 脳の回復力は「消える」のではなく「止められていた」

脳の中には「修理係」がいる

脳卒中の代表的な病気である脳梗塞では、脳の血管が詰まり、酸素や栄養が届かなくなった部分の神経細胞が死んでしまいます。

このとき、失われた細胞そのものを完全に元通りにすることはできません。

しかし脳には、残された神経回路をつなぎ直したり、神経の働きを支える構造を修復したりする仕組みがあります。

今回の研究で重要な役割を果たしたのが、ミクログリアと呼ばれる細胞です。

ミクログリアは、脳の中に住んでいる免疫細胞の一種です。

普段は脳内を見守る警備員のような存在ですが、脳が傷つくと現場に反応し、炎症を起こすだけでなく、修復を助ける働きもします。

研究チームは、脳梗塞を起こしたマウスを詳しく調べ、損傷後のミクログリアが「インスリン様成長因子1(IGF1)」といった、神経の回復を助ける物質を作ることを確認しました。

いわば脳が損傷すると、ミクログリアが「修理モード」に入り、神経のつなぎ目であるシナプスや、神経線維を包む髄鞘の回復を支え始めるのです。

そして、この修理モードを始めるスイッチとして働いていたのが、「YY1」というタンパク質でした。

YY1が働くことで、ミクログリアは脳を治すための物質を作れるようになります。

反対に、YY1の働きを失わせると、ミクログリアは神経修復に必要な物質を十分に作れなくなりました。

つまり今回の研究は、脳卒中後の脳がただ壊れっぱなしになるのではなく、内部で自然な修復プログラムを立ち上げていることを示したのです。

ただし、ここで大きな問題があります。

その回復力は、いつまでも続くわけではなかったのです。

脳の回復力は「消える」のではなく「止められていた」

脳卒中の後、患者さんはリハビリテーションによって一定の回復を示すことがあります。

しかし発症から2カ月ほど経つと、回復の勢いが落ち、残った症状が後遺症として固定されやすくなることが知られていました。

なぜ脳は、まだ完全に治っていないのに回復力を失ってしまうのでしょうか。

チームは、ミクログリアが修復能力を失った後にどうなるのかを追跡。

その結果、修復を担っていたミクログリアが消えてしまうのではなく、脳内に残ったまま「修理モード」をやめていることが分かりました。

鍵を握っていたのが、「ZFP384」というタンパク質です。

脳梗塞からしばらく経つと、脳は損傷前の安定した状態に戻ろうとします。

この働き自体は、傷ついた組織を落ち着かせたり、脳内環境を整えたりするうえで大切です。

しかしその過程で「TGFβ」という物質が増えると、ミクログリアの中で「ZFP384」が増えます。

ZFP384は、修復モードを支えていたYY1の働きを止めてしまいます。

その結果、ミクログリアはIGF1などの神経修復物質を作れなくなり、脳の回復力が弱まってしまうのです。

そこでチームは、ZFP384の働きを抑える薬を開発しました。

開発された薬は、ASO-Zfp384と名づけられました。

脳梗塞を起こしたマウスに、発症1週間後、または1カ月後からASO-Zfp384を投与すると、ミクログリアは神経修復物質を作り続け、シナプスや髄鞘の回復が促されました。

その結果、神経症状の改善も確認されました。

研究結果のまとめ/ Credit: 東京都医学総合研究所(2026)

重要なのは、この治療が発症直後だけでなく、1週間から1カ月後に始めても効果を示した点です。

脳卒中の患者さんにとって、この時期は急性期治療を終え、リハビリテーションへ移っていく時期に当たります。

もし将来的にヒトでも応用できれば、リハビリ期の脳が持つ自然な回復力を薬で支えるという新しい治療法につながる可能性があります。

さらにチームは、ヒトの脳梗塞患者の剖検脳も調べました。

その結果、発症1週間後にはIGF1を作るミクログリアが多く見られましたが、1〜2カ月後には減少し、代わりにヒト版ZFP384に当たるZNF384を発現するミクログリアが増えていました。

これは、マウスで見つかった仕組みがヒトでも似た形で起きている可能性を示しています。

もちろん、この薬がすぐに人間の治療に使えるわけではありません。

今後は副作用、安全性、投与方法、効果の持続性などを慎重に調べる必要があります。

それでも今回の研究は、「壊れた脳は治らない」という見方に大きな修正を迫るものです。

脳は回復できないのではなく、回復しようとする力を持っています。ただ、その力が途中で止められてしまうことがあるのです。

今回の発見は、脳卒中後の後遺症を減らす治療だけでなく、臓器が本来持つ自然治癒力をどう維持するかという新しい医療の考え方にもつながる可能性があります。

参考文献

「壊れた脳は治らない」を覆す -脳が自然に治る力を持続させる方法を発見!-
https://www.igakuken.or.jp/topics/2026/0514.html

元論文

Sustaining microglial reparative function enhances stroke recovery
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10480-0

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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