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カンヌのパルム・ドールは“アカデミー賞への近道”ではなくなる?映画祭戦略に起きた地殻変動から、ハリウッドの行く末を占う

  • 2026.5.5

5月12日に開幕する第79回カンヌ国際映画祭のラインナップから、今年はアメリカ映画が激減している。2019年の『パラサイト 半地下の家族』以降、カンヌ映画祭の最高賞パルム・ドールの称号は、“アカデミー賞への近道”として君臨してきた。直近の第98回アカデミー賞では、カンヌ出品作が計19ノミネートを成し遂げた。その黄金ルートも、昨年から変化の兆しを見せている。ハリウッドの賞レースと映画祭戦略には地殻変動が起きており、その波紋はアカデミー賞そのものの「見せ方」にまで及んでいる。

【写真を見る】25年ぶりに日本人監督による3作品がコンペ入りした第79回カンヌ国際映画祭

主要スタジオによる、映画祭の回避

【写真を見る】25年ぶりに日本人監督による3作品がコンペ入りした第79回カンヌ国際映画祭 [c]2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
【写真を見る】25年ぶりに日本人監督による3作品がコンペ入りした第79回カンヌ国際映画祭 [c]2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

今年のコンペティション部門出品の22本中、開催国フランス4本、日本からは是枝裕和、濱口竜介、深田晃司の3本、ヨーロッパからは、スペイン、ルーマニア、ポーランド、ハンガリー、ドイツ、オーストリアなど、そしてイランから1本。日韓以外のアジア、中南米からは選出されず、英語圏作品が激減している。ラインナップ発表時点ではアイラ・サックス監督の『The Man I Love』、それから2週間後にジェームズ・グレイ監督の新作で、アダム・ドライバー、スカーレット・ヨハンソンが主演する『Paper Tiger』が追加された。コンペ部門以外にもアメリカ映画は少ない。5月、6月はスタジオの夏の期待作が公開される時期で、数年前は『トップガン マーヴェリック』(22)や『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(23)など、ハリウッド大作がカンヌのレッドカーペットを賑わせていたのに。カンヌ映画祭の総代表を務めるティエリー・フレモーは、「スタジオが製作するブロックバスターや作家映画は、かつてに比べて減少している。ハリウッドのスタジオは、カンヌへの参加が自社にとって有益だと判断すれば、やってくるものだ」と、インタビューで語っている。(*1)

第98回アカデミー賞にて、作品賞をはじめ最多6部門を受賞した『ワン・バトル・アフター・アナザー』 [c]Everett Collection/AFLO
第98回アカデミー賞にて、作品賞をはじめ最多6部門を受賞した『ワン・バトル・アフター・アナザー』 [c]Everett Collection/AFLO

実は、今年2月のベルリン国際映画祭でも、200本以上の上映作品の中に北米メジャースタジオ作品が一本も存在しなかった。3月の第98回アカデミー賞で受賞した『ワン・バトル・アフター・アナザー』、『罪人たち』、『WEAPONS/ウェポンズ』、映画『F1(R)/エフワン』など、2025年の主要スタジオ作品のほとんどが映画祭を通らずにアカデミー賞までたどり着いている。

前作の5分の1程度の興収に終わった『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』 [c]Everett Collection/AFLO
前作の5分の1程度の興収に終わった『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』 [c]Everett Collection/AFLO

映画祭回避は、経済的理由が最も大きいとされる。スターを連れて映画祭に出品するとなると、数百万ドルの経費がかかる。困難を極める調整と高騰する渡航費の費用対効果を考えると、NYやLAでプレミアを行うほうが安全だ。また、転換点として映画業界が挙げるのが、2024年の苦い経験だ。前作『ジョーカー』(19)がヴェネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した実績を持ちながら、続編の『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(24)は、映画祭プレミア直後から酷評が目立ち、前作の約10億ドルに対し約2億ドルの興行成績で劇場上映を終えた。同じ年のカンヌ映画祭で華々しくワールドプレミアが行われた『マッドマックス:フュリオサ』(24)も、社会現象を巻き起こした前作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)の半分以下の興収だった。映画祭が直接の原因ではないにせよ、「批評家に酷評されると、公開キャンペーンが始まる前にコケてしまう」という心理的リスクが、スタジオの判断に影響を与えたと見られている。

NEONが証明し続けている「カンヌ×オスカー」戦略の有効性

では、映画祭はオスカーキャンペーンにとって不要になったのか。そうとも言い切れない。2025年の第97回アカデミー賞で最多5部門を独占した『ANORA アノーラ』(ショーン・ベイカー監督、24)は、カンヌでパルム・ドールを受賞している。北米配給会社のNEONは、『パラサイト 半地下の家族』に続きカンヌ&オスカーの二冠を達成し、ベイカーは次回作で自身最大の契約を結んだばかり。新作『Ti amo!』は、ワーナー・ブラザースが元NEONのスタッフを引き抜き新設したインディレーベル「Clockwork」が約2,200万ドルで買い付け、うち数百万ドルはベイカーへの報奨だという。ハリウッドにおいて、映画祭での成功がオスカーにつながり、そのオスカーが次回作への破格の投資を引き寄せる「価値の連鎖」は、まだ機能している。

カンヌ国際映画祭からアカデミー賞の“黄金ルート”で成功した『ANORA アノーラ』 [c]Everett Collection/AFLO
カンヌ国際映画祭からアカデミー賞の“黄金ルート”で成功した『ANORA アノーラ』 [c]Everett Collection/AFLO

今年のカンヌで言うと、NEONは先述の『Paper Tiger』、是枝裕和監督の『箱の中の羊』、濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』、ナ・ホンジン監督の『Hope(英題)』、アルチュール・アラリ監督の『The Unknown』、クリスティアン・ムンジウ監督の『Fjord』の6本のコンペティション部門出品作を北米配給する。過去6年連続でパルム・ドール受賞作を配給してきた同社の実績が、「カンヌ×オスカー」戦略の有効性を証明し続けている。今年も、NEONが7年連続のパルム・ドール作品配給会社となるかが注目の的だが、その動向に注目することで、プレスや映画ファンはすでにキャンペーンの一端を担い始めている。

濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』はNEONが北米配給権を獲得 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners
濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』はNEONが北米配給権を獲得 [c] 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

変化しつつある、映画のマーケティング戦略

ハリウッド激変の波は、アカデミー賞の形状にまで及ぶ。2025年12月、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミー(AMPAS)は、2029年の第101回授賞式からオスカーをYouTubeで世界同時ライブ配信する独占契約を発表した。会場も、ハリウッドのドルビーシアターから、ダウンタウンのピーコックシアターへと移転する。50年以上続いたディズニー傘下のABCとの放送契約を終了し、主要アワードとして初めて地上波からデジタルへの全面移行を決断した。デジタル移行の背景には視聴者数の長期低迷がある。2025年の授賞式は、北米でABCとデジタル(Disney+、Hulu)合計で約1,970万人だったが、1990年代の4,000万人超には遠く及ばない。YouTubeは月間25億人以上のログインユーザーを抱え、もはや全世界を網羅する最大のテレビネットワークと化している。アマゾンによるMGM買収(2022年)、交渉は頓挫したものの、Netflixによるワーナー買収と並ぶこの動きは、エンタテインメント産業がIT企業の傘下に収まっていく大きな流れの一部だ。

こうした流れを加速させているのが、マーケティング戦略の変化だ。映画業界には「エンバーゴ(報道解禁)」という取り決めがあり、新作映画やドラマシリーズには厳重なエンバーゴが課されていることがある。SNS時代になり、そのエンバーゴの前に、試写やイベントに参加した事実をSNSで発信するのは歓迎という「ソーシャル解禁」が生じている。4月にラスベガスで開催されたシネマコンでは各スタジオが最新ラインナップを発表したが、プレスは「コンベンション内で開示される情報は即時解禁、他方でレビュー(批評)に関しては各スタジオが定めるエンバーゴに準ずる」という誓約書にサインしている。映画は、平均して製作費と同額かそれ以上のマーケティング費用をかけて劇場公開を盛り上げていく。実際にマーケティング戦略がローンチする前に、批評に潰される可能性を最小限にとどめるための策だ。

そのシネマコンで初披露された作品に、ワーナー・ブラザースが今年のオスカーを狙うと噂される『Digger』がある。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の新作で、主演はトム・クルーズ。シネマコンと同時期にロサンゼルス近郊で行われていた音楽フェスのコーチェラには、50フィート(約15メートル)のシャベルが登場し、隣にクルーズが立っている写真がSNSに投稿された。「シネマコンでのフッテージ上映についてあれこれ言うより、巨大シャベルをシェアして欲しい」と言わんばかりに。

昨年のコーチェラでは、『罪人たち』がYouTube配信のスポンサーとなり知名度をあげた。行動力・購買力のあるZ世代に情報を周知させる抜群のマーケティングだ。こうした戦略を展開する一方、ワーナーは現時点では『Digger』の映画祭出品を考えていないという。過去7作中6作がカンヌかヴェネチアで初上映されてきた、イニャリトゥ監督としては意外な選択だ。これは昨年、三大映画祭すべてで監督賞を受賞しているポール・トーマス・アンダーソン監督の『ワン・バトル・アフター・アナザー』を映画祭に出品せずとも、アカデミー賞作品賞、監督賞、脚色賞などを受賞させた成功例が後押しした判断だろう。

第98回アカデミー賞作品賞にもノミネートされたNetflix配給の『トレイン・ドリームス』 [c]Everett Collection/AFLO
第98回アカデミー賞作品賞にもノミネートされたNetflix配給の『トレイン・ドリームス』 [c]Everett Collection/AFLO

一方、インディペンデント映画や国際映画にとって映画祭が生命線であることには変わりがない。昨年の映画祭発グローバルヒット作品でいうと、サンダンス映画祭の『トレイン・ドリームス』や『Sorry, Baby』、カンヌの『センチメンタル・バリュー』『シンプル・アクシデント/偶然』『シラート』、ヴェネチアの『ヒンド・ラジャブの声』など、多くの作品がアカデミー賞にノミネートされている。スタジオのように高額なマーケティング予算を持たない作品にとって、ベルリン・カンヌ・ヴェネチアの「批評的信頼性」と「グローバルな露出」は代替不可能だ。YouTubeへのオスカー移行が非英語圏の新しい観客を引き込む契機になれば、映画祭発の作品がオスカーへと続く道が、さらに広がる可能性もある。

改めて問われる、映画祭の意義

2020年代後半の映画産業は「多極化」の時代に入っている。SNSとスターパワーに頼り、映画祭をスキップするメジャースタジオ。賢い映画祭戦略でオスカーを射程に収めるNEONやA24などのブティックスタジオ。そしてその狭間で、世界中の映画作家を発掘し、育て、映画界を次の世代へと繋いでいこうとする気概が、カンヌをはじめとした映画祭にはある。スタジオにとって映画祭は、かつては「格を証明する儀式」だった。しかしいまやその役割を、コーチェラのシャベルが、TikTokのバズが、そしてYouTubeの同時配信が代替しはじめている。翻って、インディペンデント映画や国際映画にとって、映画祭はいまも「存在を証明する唯一の場所」に変わりはない。2029年以降、アカデミー賞がYouTubeで世界200か国に同時配信される時代が来れば、これまで地理的・言語的な壁に阻まれてきた観客がアカデミー賞に接続される。それは映画祭が発掘してきた映画、特に非英語圏の作品が、より広い文脈で評価される可能性を開く。

カンヌ国際映画祭の総代表を務めるティエリー・フレモー [c]Everett Collection/AFLO
カンヌ国際映画祭の総代表を務めるティエリー・フレモー [c]Everett Collection/AFLO

今年のカンヌ映画祭にアメリカ映画が少ない理由を問われた同じインタビューで、総代表のフレモーは悲観視するわけではなく、「私たちの使命は、非常にシンプルに言い表すことができます。それは『映画とはなにか』を定義することです。言い換えると、現在の私たちの取り組みにおいては、『2026年に映画がどのようなものになるか』を定義することです」と述べる。つまり、カンヌ映画祭はこの混沌とした世界において、映画が示すもの、映画が示せるものを明らかにし、2026年の映画界概況がどのように動いていくかを予見する。今年は、カンヌ映画祭と同時に行われる映画マーケットの“カントリー・オブ・オナー”を務める日本や、新しい才能が次々と育ち、カンヌから世界へと羽ばたくヨーロッパ映画界に注目しているということだろう。激動のアメリカ映画界についても、映画史のサイクルに、こうなぞらえている。「1960年代後半、スタジオ・システムが終焉を迎えようとしていた頃、アーサー・ペン、ウィリアム・フリードキン、フランシス・コッポラ、ジェリー・シャッツバーグといった監督たちが台頭し、その後にはマーティン・スコセッシやスティーヴン・スピルバーグが続きました。ワーナーが献身的に支援したクリント・イーストウッドも。まもなく新しい世代が登場すると私は確信しています。私たちは、彼らに花開く機会を与えなければなりません」。フレモーの言葉は、映画祭の存在意義を改めて問い直す。アカデミー賞も映画祭も、その根拠は同じところにある。新しい世代の作り手と観客を育てることなしに、映画の未来はないという信念だ。

文/平井伊都子

*1:https://variety.com/2026/film/global/cannes-chief-thierry-fremaux-2026-lineup-hollywood-films-1236697525/

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