1. トップ
  2. 恋愛
  3. 年金暮らしの私。孫への贈り物で「嫁の実家」をライバル視 → ちっぽけなプライドを捨てられたワケは

年金暮らしの私。孫への贈り物で「嫁の実家」をライバル視 → ちっぽけなプライドを捨てられたワケは

  • 2026.4.24

「孫の笑顔が見たい」。ただそれだけのはずなのに、ふとした瞬間「あちらのご実家」への対抗心を抱いてしまっている自分に戸惑っていた筆者の知人。今回は、そんな彼女が孫と接する中で学んだエピソードをご紹介します。

画像: 年金暮らしの私。孫への贈り物で「嫁の実家」をライバル視 → ちっぽけなプライドを捨てられたワケは

「一番のおばあちゃん」でいたい!

夫を亡くし、年金暮らしの私には、孫に豪華なプレゼントを贈る余裕はありません。

でも、息子の妻A子さんのご両親は夫婦ともに健在で、裕福な様子。
立派な五月人形を買ったり、連休のたびに旅行へ連れて行ったり、いつも私ができないようなことを孫にしてあげています。

息子家族が遊びに来るたび、「あちらのお義父さんに最新のおもちゃを買ってもらった」という景気のいい話を聞くのが、実は少しだけ苦痛でした。

「孫に好かれたい」「一番のおばあちゃんだと思われたい」
競う必要なんてないはずなのに、金銭的な差を思い知らされるたび、自分の不甲斐なさに落ち込んでいたのです。

思いがけない笑顔

そんなある日のこと。
遊びに来た孫が、私が何気なく折った新聞紙のゴミ箱に興味を示しました。

「おばあちゃん、これなあに?」と聞く孫に、折り方を教えながら一つ作ってやると、孫は目を輝かせて「すごーい!!」と大はしゃぎ。
その顔は、どんな高価なおもちゃをもらったときよりも嬉しそうでした。

帰り際、一緒に作った新聞紙の箱をたくさん抱えて「これ全部おうちに持って帰る!」と必死に訴える姿を見て、私は思わず吹き出してしまいました。

プライドを手放して

その瞬間、胸の奥で何かがほどけました。

高価なプレゼントや派手な演出がなくても、ただ一緒に過ごす温かな時間があれば、孫はこんなにも満たされた顔をしてくれるのだ、と。

私が勝手に嫁のご両親にライバル心を抱いていたのは、ただ自分の「何もできない祖母だと思われたくない」というプライドを守りたかっただけなのだと気付きました。

そして、そんな虚しい意地の張り合いに疲弊していた自分が、急に馬鹿らしくなったのです。

私なりの愛し方

それ以来、私は嫁のご実家と自分を比べることを一切やめました。

あちらにはあちらの、私には私の役割がある。
無理に背伸びをしなくても、今の自分にできる精一杯の愛情を注げば、それで十分なのだと思えるようになったのです。

小さなプライドを捨て、肩の力が抜けた今、ようやく孫と過ごす時間を心から楽しめるようになった気がします。

【体験者:60代・女性主婦、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

元記事で読む
の記事をもっとみる