1. トップ
  2. ファッション
  3. 1200年の歴史を紡ぎ、未来を織る。西陣織老舗「HOSOO」が描くテキスタイルの新境地

1200年の歴史を紡ぎ、未来を織る。西陣織老舗「HOSOO」が描くテキスタイルの新境地

  • 2026.4.23

1800年代後半のジャポニスムから現在にいたるまで、古今、世界を刺激する“日本の美”は、日常の中で醸成されてきた。

空間を仕切る衝立や襖、道具やちり紙にまで宿る美意識は、芸術と用の美を峻別することのない独自の感性によって成り立ってきたのだ。

時を超え美を継承する職人たちの手業を求めて京都を旅する。

今、世界のクリエイターたちは日本の伝統文化に熱い視線を送っている。その動きに応え、普遍の価値を問い続ける京都の2つの工房に美意識を聞いた。変わらぬ姿勢と変えるべきスタイル、その境界はどこにあるのだろうか。


12代目が描く西陣織の未来地図

京都市内にある工房は細尾家が居住していた古い町家を改装した建物。

京都の「細尾(HOSOO)」といえば着物好きでなくともその名を知る人が多い老舗中の老舗だが、創業300年を超える西陣織の雄が今どんな世界を眺めているかを知れば印象はまた変わるのではないだろうか。

30cm強の帯幅しか織れなかった西陣織に初めて1.5m幅という画期的な織機を実現させたHOSOO。西陣織の可能性を大きく広げた。

八寸から九寸、つまり帯幅の織物が当たり前だったこの世界で初めて1.5メートル幅の西陣織を編み出し、たちまちのうちにそれらは有名な海外メゾンから熱い注目を集めるように。着物の素材だった西陣織は、ドレスやバッグの布地としても用いられることとなった。

元禄元年(1688年)創業の西陣織老舗「HOSOO」のテキスタイル。絹糸に撚りや金銀箔などの技術を加え生み出される作品は、今や世界中のラグジュアリーメゾンから愛されている。

さらには壁紙やソファの生地としても採用され、ラグジュアリーホテルやファインダイニングでも豪奢な西陣織が空間を演出する情景が見られるようにもなった。

非常に立体的で時に建築に喩えられるHOSOOのテキスタイル。

しかし、それらは“西陣織レボリューション”のまだほんの序の口だ。12代目を継ぐ当主の細尾真孝氏が手を組む相手の顔ぶれを見れば、音楽プロデューサー、プログラマー、数学者、農業従事者と、あまりにもバラエティ豊か。

織る前の準備にも多くの工程がある。糸繰りでの均一になるよう常に手を添える作業は慎重さが求められる。

取材に訪れたこの日は「HOSOO FLAGSHIP STORE」2階のギャラリーで「音と織物の融合」と題されたドイツ人アーティストとの協業による企画展が開催されていた。作品の一つが電子音楽のソノグラム(電子音楽の楽譜の役割を果たすエコー画像)が織られた帯。その上を光が通ることで奏でられる音が会場を包み込んでいた。

細尾(HOSOO)12代目当主、細尾真孝氏。

「着物愛が昂じてオタクの域にいる私ですが、昔ながらの伝統を守り続るだけとは考えていません」と細尾氏は語る。

最高の素材メゾンをただひたすら目指して

とろけるようになめらか、上品な艶感にときめくシルク100%のスリープウェア176,000円。

「HOSOO」にとっての海外との繋がり、とくにフランスとはシルクの存在があった。京都とパリが姉妹都市となった1958年から遡ること100年、1858年の日仏修好通商条約締結。以降、日本からフランスへの主要輸出品は生糸で、19世紀後半には蚕卵も重要だった。

山々や大陸の岩盤層に着想して作られた布「Sediment」は、シルクや箔を用いた贅沢な素材。“キモノバッグ”330,000円。
やわらかな手触りのブランケット「STONE」220,000円~。

「約1200年の歴史を持つ西陣織は、東京遷都や洋装文化の始まりがあり、明治以降一度危機を迎えています。状況を打破するために日本から派遣された職人が持ち帰ったものがジャカード織の技術でした。西陣織は伝統の織物と思う方は多いのですが、実は変革に次ぐ変革を経て今がある。逆に、カウンターカルチャーとして存在する気概がないと、伝統文化の奥にある本質的な美意識は残らないと思います」(細尾氏)

ボディケアコレクション「The Touch of Silk」は、シルクが持つ高い保湿効果に着目して生み出されたシリーズ。

変革の必要性と、それにより滅びてしまうものを守るか、訣別するか。インテリアや建築への挑戦、ファッション業界やコスメ業界とのコラボレーション、さらにはアートとの協業など、傍目からは忙しく見える12代目の日常だが、「歴代の先達たちも様々な挑戦を積み重ねてきたのだから」と気負いはない様子だ。

2023年秋からはウィメンズのプレタポルテコレクション「HOSOO Couture」がスタート。今シーズン、デザイナーの吉武味早子氏がクリエイションを手掛け、タイムレスなアイテムを揃えている。立体的な織りで魅せる「フェザーズ」のコートとスカートは装う喜びを思い出させてくれるエレガントさ。

「曽祖父くらいの代からは多くの資料や画像データも残されていますが、明治以前となると、残された作品が私に家業を伝えてくれる教科書です。神社仏閣にお納めした屏風や、面白いところでは七代目市川團十郎丈のために作った『勧進帳』の衣装。武蔵坊弁慶の袴の見本が残されていますが、この意匠の大胆さ、美意識には今も惚れ惚れします」(細尾氏)

優しい光沢が魅力の“スキヤバッグ BUBBLES Geometric”132,000円。

熱っぽく語る細尾氏だが、生まれた時から決まった道を歩いてきたというわけではない。音楽の道に進み、その後はジュエリー界を歩んだ時代もあった細尾氏がようやく家業に入ろうと思ったのは、父である先代が海外への扉を開く姿を見た頃からだ。悪戦苦闘する様を目の当たりにしてそこに身を投じる決心がついたというのは、若さからではなく挑戦好きというDNAゆえかもしれない。

HOSOO FLAGSHIP STORE(ホソオ・フラッグシップストア)。
洋服、ファッションアイテム、インテリア、テキスタイル見本と見応えのあるHOSOOの世界観が多彩で見事。こぢんまりとしたカフェでは優雅なティータイムが楽しめるので京都散策時にぜひ。

そんな細尾氏が率いるHOSOOは日々様々な変革に取り組んでいるが、最も大掛かりなプロジェクトが養蚕農業の復興だ。最盛期に比べると養蚕農家の数は1万分の1未満の崩壊状況だというが、「最高の素材メゾンになる」という志のもと、昨年、京丹後の広大な土地を得て1万本を超える桑の木を植樹した。順調にいけば4、5年の後には新たな国産生糸が誕生する見込みだという。

「化学繊維や化学染料、労働力低下に押され、かつて絹生産先進国だった日本は完全にその地位を失いました。けれど、時代は移り、新たな思想でもう一度産業を興せるかもしれない」(細尾氏)

落ち着きあるカフェラウンジ。
空間のそこかしこに置かれた家具もHOSOOの織生地があしらわれて。

歴史の中で育まれてきた用の美、織物工藝は、破壊と守りを幾度も繰り返すことでその本質を定義し続けている。

HOSOO FLAGSHIP STORE(ホソオ・フラッグシップストア)

HOSOO FLAGSHIP STORE(ホソオ・フラッグシップストア)

所在地 京都府京都市中京区柿本町412
電話番号 075-221-8888
営業時間 10:30~18:00
定休日 祝日
https://hosoo.co.jp/

文=山口繭子
写真=町田益宏

元記事で読む
の記事をもっとみる