1. トップ
  2. カルチャー・教養
  3. 実は4基の門がそれぞれ方角を守っていた!『横浜中華街』に込められた中国伝統の都市設計思想と知られざる事情

実は4基の門がそれぞれ方角を守っていた!『横浜中華街』に込められた中国伝統の都市設計思想と知られざる事情

  • 2026.6.3
実は10基の門がそれぞれ方角を守っていた!『横浜中華街』に込められた中国伝統の都市設計思想と知られざる事情
実は4基の門がそれぞれ方角を守っていた!『横浜中華街』に込められた中国伝統の都市設計思想と知られざる事情

横浜中華街は、東西南北の方位を意識して整えられた街

横浜中華街と聞くと、肉まんと小籠包と中華料理店がぎっしり並ぶ食べ歩きの街、というイメージを持つ方も多いかもしれません。

横浜中華街発展会協同組合の公式解説を読んでみたら、街の入り口には現在10基の牌楼(はいろう)と呼ばれる門が立ち、そのうち東西南北の4基が中国伝統の方位思想に基づいて配置されていることが見えてきました。

1859年の開港と中国人街の形成

横浜中華街の歴史は、1859年の横浜開港にさかのぼります。

外国人居留地のあった関内(現在の山下町)に、中国人の商人や職人が集まり、街が形づくられていきました。

1862年には木造の関羽像を祀る小さな祠が開かれ、1871年には本格的な関帝廟が建立されたとされています。

関帝廟はその後、関東大震災や空襲、火災で何度も建て替えられ、現在の建物は1990年に完成した4代目です。

東西南北を守る4基の牌楼と四神

10基の牌楼のうち、特に意味が深いのが東西南北の4基です。

東に朝陽門(青龍)、南に朱雀門(朱雀)、西に延平門(白虎)、北に玄武門(玄武)。

それぞれ中国で古くから方角の守護とされてきた四神に対応しています。

色も方角ごとに青・赤・白・黒と決められ、東の朝陽門は高さ13.5メートル、幅12メートルと中華街最大の規模。

2003年に現在の姿で完成しました。

観光客が気軽にくぐっている朱塗りの門が、実は街区の方位を整えるしるしになっているわけです。

「中華街」の名は善隣門から始まった

もう1基、街の顔として有名なのが善隣門です。

1955年に初代が完成し、当時はまだ「南京町」と呼ばれていた一帯に、隣国や隣家と仲良くする「親仁善隣」の言葉を掲げた牌楼として登場しました。

中央の銘板に「中華街」と書かれたことから、やがてこの名が正式に定着していったといいます。

現在の善隣門は1989年にリニューアルされた姿。

日本三大中華街と並び称される神戸・長崎の中華街と比べても、横浜は門の数の多さと方位への意識が際立つ街なのです。

まとめ

朝陽門・朱雀門・延平門・玄武門という4基の牌楼が、東西南北の方角に対応して街を囲む。

観光客が気軽にくぐる朱塗りの門のひとつひとつが、街区の方位を整えるしるしとして役目を担っているというわけです。

横浜中華街は、中国伝統の都市設計の考え方を今に伝える街なのです。

参考

・横浜中華街発展会協同組合「牌楼(門)について
・横浜中華街発展会協同組合「同じ場所でずっと町を見守る『関帝廟』

元記事で読む
の記事をもっとみる