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太宰府で紡がれる神さまたちの日常譚 著者・嗣人さんが語る菅原道真像

  • 2026.4.23

皆さん、こんにちは。リビングふくおか・北九州Web地域特派員のkurinaです。桜の花が舞い終わり、新緑の葉が芽吹き始めました。新学期が始まり早くも数週間。希望が叶い、期待を膨らませて新生活を迎えた方もいれば、別の路へと進まざるを得なかった方も、いらっしゃるかもしれません。

ただどんな状況にあっても、神さまたちは、いつも傍で寄り添ってくださっているー そんなふうに信じさせてくれる小説があります。

出典:リビングふくおか・北九州Web

定価:2,090円(税込)

今回は、第1巻の重版出来を経て、2026年3月13日に発売された待望の第2巻、『天神さまの花いちもんめ2 お稲荷さまの呵呵大笑(かかたいしょう)』の著者・嗣人(つぐひと)さんにお話を伺ってきました。

取材場所は、本作品の中でも、竜田姫(たつたひめ)さまと、天神さまが訪れていた九州国立博物館。その1階にある「Mカフェ」さんにて、作品の魅力をたっぷりと語っていただきました。

出典:リビングふくおか・北九州Web

九州国立博物館

【作品概要(出版社HPより)】 「……菅原。わしの誘いを断ると申すか?」 私は天神さまこと、菅原道真(すがわらのみちざね)。人間社会に紛れて、今日も生きている。お花見、山登り、地元の夏祭り…豊穣の神・お稲荷さまことさまからのお誘い。お稲荷さまには返せぬほどの恩義があるが…行きたくない!!!神々の世界は年功序列、コンプライアンスという言葉などない――。 神さまたちの人間味あふれる日常譚、待望の第2巻!

天神さまの日常とキャラクターの魅力を聞く

作中では、御笠川沿いにある築50年のオンボロ4畳半アパートで暮らしている、天神さまこと学問の神様・菅原道真公。最寄り駅は「西鉄五条駅」で、なんと私のご近所さんでもあります。

そこで、今回は著者・嗣人さんに、作品の舞台に太宰府を選んだ理由や、“人としての天神さま”のキャラクターについて、お話を伺いました。

出典:リビングふくおか・北九州Web

たびたび登場する西鉄五条駅

Q:なぜ物語の舞台を太宰府に選ばれたのでしょうか?

「高校までは熊本県荒尾市で過ごしていましたが、その後、太宰府市白川に暮らしていたこともあり、太宰府天満宮で行われる朝拝(朝のお祓い)にも参加していたんです。

そのご縁もあって菅原道真公に興味を抱き、書籍を取り寄せて調べたり、残された詩歌を読むようになりました。

その中で、大宰府へ左遷された折に、“二人の幼子を伴っていた”ことを知ったんです。もともと天神さまの物語を、ネットで書き始めていたのですが、この幼子たちの存在を知ったとき、『この親子の物語は、ネットではなく、”本”で書こう』と、心に決めていたんです」そう語る、嗣人さん。

出典:リビングふくおか・北九州Web

天神さまが愛してやまない氏子や参拝者が集う太宰府天満宮。

嗣人さんが、この物語で書きたかった最大のテーマは、”親子愛”。作中の端々に、神となってもなお、見え隠れする子らへの愛情が、時おり切ない気持ちを呼び起こさせます。

実際に、西鉄二日市駅のすぐ近くには「榎社」という、菅原道真公が逝去するまで二人の幼子や、家令と共に過ごしたとされる謫居(たっきょ)跡があります。作中では、人の姿をした天神さまが、神としての務めを果たす前に、毎朝この「榎社」へ向かい、子供たちに手を合わせる姿が、書かれています。

※年に一度、菅原道真公の御神霊をお慰めし、氏子・崇敬者の安寧と五穀豊穣を祈る秋祭り「神幸式大祭」では、御本殿にお鎮まりになる御神霊が宮司によって御神輿に遷されます。多くのお供を従えて、道真公がかつてお過ごしになられた榎社まで厳かに進み、御神輿は浄妙尼ゆかりの榎社に一夜御滞在になります。(太宰府天満宮公式HPより

Q:天神さまが人の姿で日常を送り、働くように書かれていますが、この設定にはどのような意図があるのでしょうか?

「肉体を持たないと務めとしてできないこと…たとえば手紙を書くなどができません。そこで、太宰府天満宮におられる御神霊を“電話の親機”、人の姿をとった分霊を“電話の子機”にたとえて表現しています。作中でもこの関係性をそのまま書いています。」

実際に作品を読み進めていくと、人の姿をとり、普通に生活している神々の姿に、思わず親近感が湧いてきます。天神さまの朝食は「卵かけごはん」。思わず「梅の実ひじきではないんですか?」と尋ねると、嗣人さんはこう答えてくれました。

「正直すごく悩んだんですけれど、卵は昔の人にとって贅沢品なんです。田舎ならまだしも都会では、生でいただくのは至上の贅沢だったそうで。それもあって、天神さまの朝食は、“卵かけごはん”にしました。昨今の物価高も影響していますが…」

確かに作中の、”人としての天神さま”は、「え〜、神さまなのにギリギリの生活ですか?」と、思わず突っ込みたくなるほどの、慎ましい暮らしぶり。私も「なるほど、それなら卵かけごはんですね」と、納得してしまいました。

もちろん、太宰府天満宮に祀られている御神霊の方には、十二分な捧げものがあることは、人としての天神さまもよくご存じです。

出典:リビングふくおか・北九州Web

天神さまの気の置けない友人、小鳥居小路のえびす様。

天神さまの友人として、“えびす様”も、たびたび作中に登場します。なんとも言えない掛け合いの連続で、思わずほっこりしてしまうのですが、嗣人さんによると「流された者同士、意気投合したんです」とのこと。

“流された”という背景については、天神さまに関しては、ぜひ1巻をご一読ください。そして“えびす様”については、次回作で取り上げていただけるのでは…と密かに期待しています。

※太宰府天満宮の参道と、交差するように伸びる“小鳥居小路(ことりいしょうじ)”には、ひっそりと社を構える「小鳥居小路恵比須神社」があります。有志の方々によって、大切にお世話されているこの恵比須様は、天神さまと同じように、この周辺に住まう人々や行き交う人々を、いつも見守ってくださっています。

Q:天神さまについて、私自身は“切れ者でクールなインテリ”というイメージを持っていましたが、作品では優男で真面目でどこか頼りなさげ?なイメージです。このキャラクター像はどのように生まれたのでしょうか?

「装画のイメージは、イラストレーターの浮雲 宇一さんにお任せしました。作品を読んだイメージで描いてくださってます。ただ、自分の中でもイメージした俳優さんがいて、それはお伝えしています。」

その俳優さんは、どなたですか? 「今より、もう少し若い頃の”高橋一生”さんです。」この答えには、大きく頷きました。高橋一生さんは役によって、印象が変わる名優ですが、柔らかな雰囲気と、聡明さを併せ持つ点が、作品の天神さま像にぴったり重なります。

私自身は史実から「生き馬の目を抜くように、聡明で賢く、猛スピードで出世した道真公」というイメージを抱き、“クールなインテリ”と思い込んでいました。しかし物語を読み進めると、神々の年功序列に逆らえず、気を遣いすぎて疲れてしまう、詩歌をこよなく愛する学者肌の姿が描かれています。確かに、装画のイメージそのものですよね。

ちなみに、キャラクターのイメージについては、取材中に思わず盛り上がってしまった話があります。作品に登場する神さまたちには、それぞれ“イメージした俳優さん”がいるそうでー。

宇迦之御魂(うかのみたま)さまと、えびす様については、「実はイメージした俳優さんがいたんですが、名前を忘れてしまって…」と、苦笑されていましたが、 神功皇后(じんぐうこうごう)さまは、石原さとみさん、 宗像三女神の長女・多紀理毘売(たぎりひめ)さまは、満島ひかりさん、 そして神さまではありませんが、天神さまを大宰府に追いやった藤原時平は、小栗旬さんをイメージしたそうです。

ちょうど太宰府天満宮では先月、“邂逅”と題して、サカナクションの山口一郎さんが、仮殿奉納公演を行ったばかり。主題歌をサカナクションが担当すると考えると、なんだか本当に実写化できそうな気がしてくるのは、私だけでしょうか。

Q:天神さまが“人々の願いをすべて受け止めようとする”姿には、どのようなテーマやメッセージを込められたのでしょうか?

今作の天神さまは、国内外から訪れる人々の願いをすべて受け止め、いつか過労死してしまうのではと思うほど働き続けます。どこか自己犠牲的にも見えるこの姿について、「やはり祟り神として始まった贖いからですか?」と尋ねたところ、嗣人さんはこう語りました。

「贖いではなく、証明です。天神さまは、祟ったことを後悔してはいないんです」その言葉が、今も頭から離れません。

「どうして天神さまが祟るほどのことをしたのか。左遷されただけで、雷を落とすと思いますか? それはやはり、子供たちへの思いからなんです。残された詩歌を読むとわかるのですが、最後に詠んだ詩歌のほとんどは、子らへの思い。家族や子供たちには、罪はないということなんです。 大宰府に連れだってきた隈麿(くままろ)は5歳で病に倒れ、道真公より先に亡くなりました。道真公亡き後、罪は償われたはずなのに、紅姫(べにひめ)は、糟屋郡まで追っ手がかかり、非業の死を遂げます。 もし仮に自分に罪があったとして、それを自らが背負うならまだしも、何の関係もない子どもにまで追っ手が差し向けられ、死に追いやられた。そのことへの憤りだったんです。」

出典:リビングふくおか・北九州Web

日々、多くの願いをお迎えしている太宰府天満宮の仮殿。

その話を聞いたとき、 「ああ、天神さまは罪の贖いではなく、人々の願いを受け止め、愛情を注ぐことで、“神としての存在証明”をしているのだ」と、すっと腑に落ちました。不敬を承知で言うならば、作中の天神さまはなんとも不器用で、だからこそ愛おしい存在に思えてきます。

「作品を書くときは、供養の意味も込めて書いています」そう語る嗣人さんの言葉に、胸を打たれました。太宰府に住んでいても、私はこうした出来事を知りませんでした。その意味で、この作品に出会えて本当に良かったと思います。これからは、電車から見える「榎社」にも、そっと思いを馳せてみようと思います。

※隈麿の病死については、道真公が詠んだ詩歌にも残っており、紅姫の逸話は伝説として語り継がれ、糟屋郡篠栗町には「紅姫稲荷神社」が現存しているそうです。

“そばにいてくれる神さま”はどのように生まれたのか

作品では、神々が人の姿をとり、四季を通して行われる祭祀や人々の生活を、優しく見守り寄り添ってくださっています。 読んでいるあいだ中、私自身も神さまの存在をすぐそばに感じ、心が穏やかになり、安心した気持ちでページをめくっていました。そこで今回は、この“そばにいてくれる神さま”が、どのように生まれたのか、 その誕生の背景を嗣人さんにお尋ねすることにしました。

Q:宇迦之御魂さまは一般的には“女神”としてイメージされることが多いですが、作品では男神として書かれていますよね。(“人の想像や祈りが神の姿を形づくる”という日本的な信仰観を踏まえて、性別や姿はどのように考えて設定されたのでしょうか。)

「そもそも宇迦之御魂さまは、稲作伝来時にその稲穂から生まれたといわれる神様で、雌雄同体の存在です。鎌倉時代以降、荼枳尼天(だきにてん)と同視されたことで、女神のイメージが強くなったのだと思います。ですが、荼枳尼天はジャッカルなので、やはり宇迦之御魂さまとは異なると思うし、どうして男神(おかみ)として書いたのかは、読者の方に考えてほしいところです。」と、嗣人さん。

出典:リビングふくおか・北九州Web

太宰府天満宮を見守るように佇む天開稲荷社(1巻作中表記:開闢稲荷社)。

私たち読者に問いかけるように、「あなたは、どう感じますか?」と続けられました。確かに、稲穂から生まれた神様である以上、性別を固定的に考えること自体が、おこがましいのかもしれません。ただ、作中の宇迦之御魂さまの在り方を見ていると、どこか“優しい母性を宿した男神”のように思えてならないのです。

Q:作品全体では神さまが人のそばに寄り添うように描かれていますが、最終章では“神は人にはなれない”という境界が強く示されます。この“近さ”と“越えられない距離”をどのように書こうとされたのでしょうか。

作品の最終章では、特に宇迦之御魂さまの誕生逸話を通して、“神”と“人”との関わりが描かれています。

「四季の章では、特に人の愚かさを描くと同時に、同じ土地、同じ空気の中にあっても、“神”は理(ことわり)の外にある存在であり、見守ることしかできない。寄り添うことしかできないんです」と、嗣人さんは語ります。

章の最後に、金色に輝く狐の姿として描かれた宇迦之御魂さまについて尋ねたところ、「あの子の願いに、宇迦之御魂さまが応えたんです」との答えが返ってきました。それが、あの時に宇迦之御魂さまが唯一できた、“寄り添い方”だったのかもしれません。日本の神さまって、本当に変幻自在ですね。

Q:神さまが人のそばにいて、姿も人の思いによって変わるという描写には、日本的な信仰観が強く反映されているように感じました。この作品を作るうえで、日本の神観や信仰の在り方をどのように意識されましたか。

「日本人は、あまり信仰心がないと言われがちですが、おむすびを床に叩きつけたり、鳥居に小水をかける人はまずいませんよね。それほどまでに、日本人にとって日本の神さまは、暮らしの一部に溶け込んでいるんです。”崇敬があるところに神さまは在る”。だからこそ、とにかくたくさんの神さまがいらっしゃいます」と、嗣人さん。

出典:リビングふくおか・北九州Web

木々の気配に包まれてそっと姿を現す、天開稲荷社の拝殿。

作品の中には、某有名コーヒーチェーン店の神さままで登場していて、本当に驚かされました。ですが、物にも神さまが宿る(付喪神)という国です。確かに、私たちの心の奥深くに“あまりにも当然にそこに在る”というのが、日本人と日本の神さまとの距離感なのかもしれません。

最後に、この物語を通して、読者にどのようなことを感じ取ってほしいのか、嗣人さんにお尋ねしました。

「娘たちにもよく言うのですが、毎日の暮らしに感謝をしながら、大切に生きてください。天神さまのように、思いもしないことで全てを奪われることは、人生にはよくあります。だからこそ、日々を続けていく。『よく生きてください』」

出典:リビングふくおか・北九州Web

著者:嗣人(つぐひと)さん

時にくすりと笑えて、時に切ない気持ちを呼び起こす、神さまたちの日常譚。 もしかしたら、あなたのすぐそばでも、天神さまたちがそっと見守ってくれているのかもしれません。

ぜひ『天神さまの花いちもんめ2 お稲荷さまの呵呵大笑』を通して、 日本の神さまたちとの優しい在り方を、思い出してみてください。そうすればきっと、何でもない毎日が、少しだけ愛おしく感じられるはずです。

出典:リビングふくおか・北九州Web

九博1階 Mカフェ。こちらのカフェでは全ての飲み物に「お茶菓子」がついてくるのですが、このお茶菓子が本当に美味しいんです。現在、特別展「若冲、琳派、京の美術-きらめきの細見コレクション-」の展示作品のモチーフを現代的にアレンジした、見た目にも楽しいカフェメニューを展開しています。

【取材協力「Mカフェ」】 ■九州国立博物館1階 ■営業時間:10時 〜 17時(ラストオーダー16時30分) ■定休日:月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)博物館の休館日に準じる ■電話番号:092-408-5777 

【『天神さまの花いちもんめ2 お稲荷さまの呵呵大笑(かかたいしょう)』書誌情報】 ■出版社:産業編集センター ■仕様:四六判、350頁 ■定価:2,090円(税込) ■発売:2026年3月13日 ■ISBN:978-4-86311-479-1 ■公式サイト:https://book.shc.co.jp/22844

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