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「またお母さん、学校にいる。恥ずかしい」でも、何年もPTA役員を続けた母が『辞めなかった理由』に涙

  • 2026.4.22

幼少期から高校卒業まで長年PTA役員を続けていた母の姿を、成長とともに異なる気持ちで見てきた筆者が、大人になってその理由を知り、母の想いに気づいていく過程を描いた筆者の経験です。

画像: 「またお母さん、学校にいる。恥ずかしい」でも、何年もPTA役員を続けた母が『辞めなかった理由』に涙

いつもそこにいた母

私の母は、私が幼稚園に入ってから三歳下の妹が高校を卒業するまで、ずっとPTA役員を続けていました。
入学式や運動会、文化祭や保護者会。気がつけばどの行事にも母の姿がありました。学校の中にいる母の姿は、私にとって当たり前の風景のひとつになっていたのです。

成長とともに変わる気持ち

小さい頃は、役員の仕事で家を空ける母がただたださみしく感じられました。
中学生になると、学校行事のたびに母がいることが、少しだけ恥ずかしく思えるようになります。
そして高校生になる頃には、「そんなに頑張らなくてもいいのに」と、今度は母のことが心配になるようになっていました。
同じ出来事でも成長とともに感じ方が変わっていくことを、今になって思い出します。

母が続けた本当の理由

そんな母が大人になった私に、PTA役員を続けていた理由を話してくれました。
遠くから嫁いできた母にとって、その土地には知り合いがほとんどいなかったそうです。だからこそ、自分が幼稚園や学校に関わることで、子どもたちのことを知ってくれる大人を増やしたかったといいます。
「何かあったとき、きっと誰かが助けてくれるように」
その言葉には、母なりの強い想いが込められていました。

今になってわかること

その理由を聞いたとき、胸の奥がじんわりと温かくなりました。
あの頃は気づかなかったけれど、母はいつも私たちのことを思い、見えないところで私たち姉妹を守ってくれていたのだと知ったのです。
そんな母のことを思うと、只々ありがたい気持ちがあふれてきました。
w当たり前だと思っていた母の姿は、実はとても大きな愛情のかたちだったのだと、今でははっきりとわかります。

【体験者:40代、筆者、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:M.Noda
家族との何気ない日々や子育ての経験が「誰かの力になれば」とライター活動をスタート。事務職で培った「正確さ」と、主婦・母としての「リアルな視点」を武器に、家族や義実家、人間関係の悩みに向き合う。自身の体験をベースにした共感度の高いエピソードを大切に、読者の心にそっと寄り添うコラムを執筆中。

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