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麻疹はワクチン接種率が毎年1%下がるだけで1兆円規模の経済損失を生む恐れ

  • 2026.4.19
Credit:canva

2026年4月、日本の国立健康危機管理研究機構(JIHS)は、国内の麻疹(はしか)ワクチン接種率について、2024年度の2回接種率は91%にとどまっており、集団免疫の維持に不可欠な国の目標値である「95%以上」を割り込んだ現状に懸念を表明しました。

麻疹には特別な治療薬がなく、ワクチンによる予防が唯一の確実な対抗手段ですが、接種率が数%低下するというのはどの程度ヤバい数字なのでしょうか?

こうした疑問に対して、最近アメリカのイェール大学公衆衛生大学院(Yale School of Public Health)のチャド・R・ウェルズ(Chad R. Wells)博士らを中心とした研究チームが、接種率の低下が招く健康被害と経済的損失に関するシミュレーションの分析結果を報告しています。

彼らのシミュレーションによると、毎年1%程度の接種控えであったとしても、ある一点を超えると感染者が爆発的に増え、そのコストは医療費だけでなく社会活動の停滞として私たち一人ひとりに重くのしかかる可能性を示唆しています。

この研究の詳細は、2026年4月14日付けで『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されています。

目次

  • ワクチン接種率が毎年1%下がるだけで2030年に甚大な被害
  • なぜ「たった1%」で感染爆発が起きるのか?

ワクチン接種率が毎年1%下がるだけで2030年に甚大な被害

日本でも報告があるように、近年、麻疹などの感染症のワクチン接種率が世界的に低下傾向にあると言われています。

アメリカでも同様の問題があり、公的医療保険の仕組みが変わったり、コロナ禍以降ワクチンへの信頼が揺らいでおり、感染症に対するワクチン接種率の低下が大きな問題となっています。

イェール大学の研究チームは、こうした「接種率の低下」が将来的にどれほどの代償を社会に強いるのかを明らかにするため、膨大なデータを用いた分析を行いました。

彼らはまず、アメリカ全土の3,000以上の郡(日本の市区町村に近い単位)ごとに、子供たちのワクチン接種率を推定する「回帰モデル(Regression model)」を構築しました。

このモデルには、家族の所得や保険の有無といった経済的な要因も細かく組み込まれています。

さらに研究チームは、ウイルスが地域を越えてどのように広がるかを予測するために「重力モデル(Gravity framework)」という手法を用いました。

これは、都市間の距離や人口の多さに応じて、人々の移動とそれに伴うウイルスの伝播(でんぱ:病気が広まること)をシミュレートするものです。

これらの高度な「伝播モデル(Transmission model)」を組み合わせることで、単なる予測を超えた、地域ごとの詳細な流行のリスクと、それにかかる経済的な損失を導くことができます。

その結果、浮かび上がってきたのは驚くべきシナリオでした。

2025年時点の推計で、米国内ですでに2,181件の症例が発生しており、その社会的コストは約2億4,420万ドル(約370億円)に達しているとされます。

驚くべきことに、麻疹患者がたった1人出るたびに、社会全体では平均10万4,629ドル(約1,600万円)もの費用を支払っている計算になります。

このコストは地域によって大きく異なり、周囲の免疫力が低い地域ほど、1人あたりのコストが跳ね上がるという強い相関関係(-0.75)が確認されました。

さらに子供たち(0~6歳)の接種率が今の水準から毎年たった1%ずつ下がり続けた場合、2030年には麻疹の発生件数は1万7,232件と、現在の7倍以上に急増すると予測されました。

そして、その5年間で社会が支払うことになるコストは、累計で約77億7,000万ドル、日本円にして1兆円を超える莫大な金額に達することが分かったのです。

なぜ「たった1%」で感染爆発が起きるのか?

「接種率が1%下がるだけなら、大した問題にならないのでは?」と思う人も多いかもしれません。

しかし、麻疹は1人の患者から周囲の免疫がない十数人に感染させる、極めて強い「感染力(Infectivity)」を持っています。

ある一定以上の人が免疫を持っていれば、ウイルスは次の人へ移ることができずに流行は収束しますが、この割合が特定のライン(境界線)を下回った瞬間に、流行の形は一変します。

研究者が「非線形(Nonlinear)な急増」と表現するように、ある境界線を越えた途端、流行は坂道を転がる岩のように一気に加速し、爆発的な広がりを見せます。

今回の研究では、免疫力が低い地域ほど、麻疹患者が1人出た際にかかる「1人あたりのコスト」が劇的に高くなるという相関関係が示されました。

つまり、接種率の低下は単に患者を増やすだけでなく、「社会に大きな負担」を強いてしまうのです。

多くの人はそれが、医療費の増大と考えるかもしれません。しかし、それだけでは1兆円ものコストにはなりません。

今回のシミュレーションで示された社会が支払うコストの内訳を見ると、私たちの予想とは少し異なる事実が見えてきます。

実は、診察や薬、入院などにかかる「直接医療費(Direct medical expenditures)」は、全体のわずか3%程度に過ぎませんでした。

最も大きな割合を占めるのは、感染者の行動を追い、さらなる拡大を食い止めるための「アウトブレイク対応(Outbreak response)」の費用で、これが全体の約65%にのぼります。

保健所の人々が昼夜を問わず感染ルートを調査したり、緊急でワクチンを配備したりする、目に見えない行政の努力がこれほどのコストを支えているのです。

また、残りの約32%は、患者本人やその看病のために家族が仕事を休まざるを得ないことで生じる「生産性の損失(Productivity losses)」です。

今回の試算には、長期的な後遺症のケア費用や、亡くなった場合の経済的影響は含まれていません。

それらを加味すれば、私たちが「接種率1%の油断」で失うものは、さらに膨大なものになる可能性があります。

日本も他人事ではない問題

今回の報告は、あくまでアメリカ国内の状況から行われたシミュレーションですが、決して遠い国の問題ではありません。

日本においても、国立健康危機管理研究機構(JIHS)が2026年4月の報告において、2024年度の2回接種率が91%まで低下していると警鐘を鳴らしています。

この事実は非常に深刻です。 これは、現在すでに日本が掲げている麻疹の排除を維持するための目標ワクチン接種率「95%以上」を下回っていることを意味します。

この「4%の不足」は、私たちの社会を支える「免疫の壁」がすでに決壊の危険水域にあることを示唆しています。

今回の研究が示した通り、目標値を1%でも下回る状態が続けば、海外からのわずかなウイルス持ち込みをきっかけに、制御不能な爆発的流行を招くリスクが飛躍的に高まります。

「わずかな目標未達」は、個人の選択の問題に留まらず、私たちの社会システム全体を麻痺させる引き金になりかねません。

「接種率95%の壁」を守り、公費助成のある定期接種を確実に受けることは、将来的な1兆円規模の損失から私たちの暮らしを守るための、最も賢明で確実な投資と言えるのかもしれません。

参考文献

麻しんの発生に関するリスクアセスメント(2026 年第一版)(PDF)

Click to access measles_ra_2026_1.pdf
https://id-info.jihs.go.jp/risk-assessment/measles/measles_ra_2026_1.pdf

元論文

The health and economic repercussions of declining MMR coverage in the United States
https://doi.org/10.1073/pnas.2605971123

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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