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【豊臣兄弟!】政略結婚させられた市(宮﨑あおい)と慶(吉岡里帆)、二人に幸せな未来はあるのか?

  • 2026.4.17

【豊臣兄弟!】政略結婚させられた市(宮﨑あおい)と慶(吉岡里帆)、二人に幸せな未来はあるのか?

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。今まであまりスポットライトの当たることのなかった豊臣秀長を主人公に、戦国時代がどう描かれるのか? ここでは、ストーリー展開が楽しみな本ドラマのレビューを隔週でお届けします。今回は、第13回「疑惑の花嫁」と第14回「絶対絶命!」です。

戦国時代、敵の動きを牽制するために、娘を嫁がせたり、子どもを人質に出したり、ということは日常茶飯に行われていたのだと思う。その時代にあれば「そういうものだ」と受け止められたのかもしれないが、とはいえ、生身の人間である。幼くて事情がよく呑み込めないというのであればともかく、ある程度の年齢になってそのような役割を課されることは、どのような気持ちだったのだろう。

たとえば、政略結婚させられる女性の場合。実家の思いを背負って嫁ぐのであるから、きっと実家への思いは強いはずだ。しかし一旦嫁した以上は婚家の人間であるのだから、その家の嫁として夫やその親族の意思に従うものという気持ちもあったかもしれない。そしてその両家が戦となった場合には、どのような思いを抱いたのだろうか。

織田信長(小栗旬)の妹・市(いち/宮﨑あおい)は、まさにそのような運命を背負わされた。浅井長政(ながまさ/中島歩)と政略結婚ながら気持ちが通じ合って、ようやく幸せに暮らす市に、今回、その足元を揺さぶるような出来事が起き始める。さらに、小一郎との結婚を命じられた安藤守就(もりなり/田中哲司)の娘である慶(ちか/吉岡里帆)の身の上にも。

天下一統を目指す信長の勢いとともに、物語は市をはじめ、小一郎(仲野太賀)・藤吉郎(池松壮亮)兄弟の人生も大きく揺さぶっていく方向に進んでいく。

第13回「疑惑の花嫁」

第12回で突然、主である織田信長より、慶との結婚を命じられた小一郎は、これを受け入れた。「ようやった!」と、安藤との縁ができたことを単純に喜ぶ藤吉郎を後目に、寧々(ねね/浜辺美波)をはじめとする木下家の面々は、一様に戸惑いを隠せない。しかし小一郎は、「わしは直(なお/白石聖)の思いに応えられるような強い男になりたい。そのためには、どんなときも支え合う身内は欠かせぬと、皆を見て思うたんじゃ。皆が羨ましく思えた。じゃから、この縁談はわしの望みじゃ」と言い切る。

それを聞いて「祝言を」と盛り上がる家族に、小一郎は「祝言はせぬ」と告げる。慶も夫を亡くしているので、もう祝言はしたくないと言っていると言うのだ。寧々は、そんな小一郎を心配する。それは、慶の評判がよろしくないことが原因だった。なんでも寧々は、慶が一目を避けて男と会う姿を目撃していて、慶には「男を銭で買いあさる女狐」という噂が立っていることを知っていたからだった。しかし数日後、慶は小一郎のもとに嫁いできた。慶の表情は固く、「(小一郎に)不満などございませぬ。私はこのめぐりあわせに感謝しておりまする」と言うが、皆はその本心が読めない。

二人きりになった小一郎は、ともに飲もうと勧めて、あれこれと気を遣う。ちょうどそのとき、前田利家(としいえ/大東駿介)が藤吉郎に慶の素性を明かしていた。いわく、慶の夫はかつて斎藤家に仕えた重臣で、それが稲葉山の戦いで討ち死にした。ゆえに、彼女にとってわれら織田勢は仇だと言うのだ。しかもその敗因は、父たちが織田に寝返ったことにある。そして、そのきっかけを作ったのが小一郎なのだと。

それを聞いた藤吉郎と寧々は、毒でも盛られかねないと、小一郎たちのもとに踏み込んでくる。そんな藤吉郎を追い返した小一郎は、改めて慶と打ち解けようとするが、慶は本心を現して本音を漏らしてくる。「でもご安心ください。私はあなたに復讐しようなどとは考えておりませぬ。そのようなことをすれば生きていけませぬゆえ。この身はあなたに差し出します。でも心は、お前たち織田の者には指一本触れさせぬ!」

そんな慶に、小一郎は静かに尋ねる。「町でよそ者の男と会うておるのは何のためじゃ」。慶は冷めた口調でこう返す。「男と女が会うてすることは決まっておろう。残念であったな。私はお前ひとりのものにはならぬ」。小一郎は相手の挑発には乗らず、ひたすら穏やかに答えるのだった。「心配はいらぬ。そなたがわしを許してくれるまで、わしも何も求めん。じゃから、バカな真似はするな。もっと自分を大切にいたせ」

その頃、明智光秀(みつひで/要潤)が、織田信長のもとを訪れた。信長は光秀に、足利義昭(よしあき/尾上右近)が元号を改めるよう、朝廷に奏上したということを耳にしたが、それは本当かと尋ねる。光秀は素直に認め、「幕府を元の権威ある姿に戻し、亀のように長く生き続けることを願って『元亀(げんき)』としてはどうかと」と答えるが、そんな光秀に「私は好まぬ。ほかのものにせよ」と信長は圧を加える。「まさか、わしに何の相談もなく、勝手に決めたことを知らせに参っただけではあるまいな」。狼狽する光秀は、「いえ、決してそのようなつもりでは。しかし、公方(くぼう)様のお選びになられた元亀は、朝廷からもよきものであると」

その言葉を打ち消すように、信長はもう一度言うのだった。「わしは好まぬ。公方様にそう伝えよ。それと、これより諸国大名とのやり取りはすべて、この信長に相談していただこう」。永禄13(1570)年1月、信長は足利義昭に、五か条からなる幕府への要望書を送った。明らかに義昭を牽制し上に立とうとする内容に奉公衆(ほうこうしゅう)はいきり立つが、義昭はこれを呑んだ。

やり場のない鬱屈した思いを吐き出すように、庭の藤戸石(ふじといし)に何度も刀を振り下ろす義昭。信長が自身の権威を示すために運び込んだこの石を何度も斬りつけるうち、ついに刀は折れてしまう。「光秀、わしに刀の使い方を教えてくれ。わしは強うなりたい」と震える声で言う義昭に、「お任せください」と、やはり悔しさを滲ませて光秀は答えるのだった。

やがて本能寺の変を起こす光秀が、どうやって信長に対する恨みを募らせていったのか、前回あたりから少しずつ少しずつ、伏線が敷かれているのがわかる。居丈高にふるまわれたり、無理難題を呑まされたり、屈辱を味わわせられたり。それをうまくあしらえない生真面目さを要潤が、世間知らずのお殿様的な雰囲気を尾上右近が、非常にうまく演じている。

そんなある日、近江の常楽寺(じょうらくじ)で、信長は家臣の前で浅井長政と相撲を取った。信長は何度も長政に試合を挑むが、信長の力の前に長政は全く歯が立たなかった。「つい楽しくてのう。またこうして弟と相撲が取れるとは思ってもみなかった」と、信長は感慨深げにつぶやきながらも、「われらはこれより、公方様の命により若狭に出陣する。石山城の武藤友益(ともます)を討てと、公方様からの御下知(おげち)じゃ」と告げる。

武藤は裏で朝倉と通じていること、そして今回の出陣の真の狙いは朝倉討伐だと言われた長政は戸惑い、「われらは朝倉とは古くからのよしみでございます」と絞り出すように答える。しかし、反対する家臣を説き伏せましょうと信長に伝えた。信長は、この戦で浅井家は幕府軍に加勢する必要はない、後方の守りに努めよと告げる。そうすれば、人質に取られている長政の息子・万福丸(まんぷくまる)の命も安泰、必ず万福丸を救出するとも約束した。この戦が終わったら、またともに相撲を取ろうとも。

永禄13(1570)年4月20日、信長は二条御所に入り、総勢3万の幕府軍を率いて若狭に向けて出発した。小一郎、藤吉郎のほか、柴田勝家(山口馬木也)、松永久秀(竹中直人)、徳川家康(松下洸平)などがともに向かった。

その頃、小谷城では長政が軍議を開いていた。今回の戦は様子を見ると長政が言うと、家臣たちは反対する。そこへ父・浅井久政(ひさまさ/榎木孝明)と朝倉景鏡(かげあきら/池内万作)が現れた。長政は、今からでも将軍に従い、主である朝倉義景(かげあき/鶴見慎吾)を上洛させよと進言するが、景鏡はこれを拒否。久政も、万福丸を見捨てるのか、こうなったのも市のせいだと息子に迫るも、「市には指一本触れさせぬぞ」と長政も譲らない。

信長が率いる幕府軍は数日のうちに、若狭の武藤を破り、朝倉方の城を次々と攻め落として、金ヶ崎城に陣を置いた。翌朝は朝倉の本拠地である一乗谷への進軍をしようというとき、信長は小一郎、藤吉郎を呼び出し、一乗谷に乗り込んだら万福丸を助け出すように命じる。しかし、そこに柴田勝家が取り乱して駆け込んでくる。「殿、たった今、わが忍びからの知らせが。浅井長政、謀反にござります!」

第14回「絶対絶命!」

第14回は信長の「絶体絶命」、いわゆる「金ヶ崎の退き口(のきくち)」と呼ばれる出来事が描かれた回である。浅井の裏切りを、信長はにわかには信じられなかった。脳裏には数日前に相撲を取った日のことが浮かんでくる。さらには、かつて弟・織田信勝(のぶかつ/中沢元紀)に謀反を起こされたときのことがよみがえる。またしても自分は弟に裏切られたというショックが大きく、信長は激しく取り乱す。

ただちに小谷城を総攻めにして、浅井を皆殺しにせよと命じるが、それでは朝倉に背を向けることになり、敵の思うつぼだ。しかし退くにしても、朝倉・浅井の追っ手を食い止めながら退くのは至難の業だった。そのとき、藤吉郎が刀で自分の足を傷つけて、わざとけがをする。これで自分は動けなくなったから、ここに残って時間を稼ぐ。その間に殿は京へ向かって逃げてください、殿さえ生きていてくだされば、いつかまた戦はやり直せるというのである。信長はその申し出を受け入れ、藤吉郎に二刻(ふたとき=約4時間)だけ敵を食い止め、すぐに後を追うように命じたのだった。

この事態を予見していた竹中半兵衛(はんべえ/菅田将暉)は、金ヶ崎周辺の地形を書き留めていた。数で劣る藤吉郎たちが戦うには狭い場所でないといけないとして、地図上でいくつかの候補地を示して、各所に兵を分けて敵を待ち伏せする作戦を提案した。

藤吉郎とその家臣たちは金ヶ崎城内で松明(たいまつ)に火をつける。それはちょうど二刻で燃え尽きることになっており、現在の燃え方から残された時間は一刻半であることがわかった。それまで自分たちが敵を引きつけておけば、信長は無事に京へ逃げ切ることができるのだ。

朝倉軍は信長が逃げたと知ると、信長を追って山道を攻めてきた。小一郎たちは朝倉軍に追いつかれてしまう。しかしそのとき、朝倉軍の後ろで巨木が倒れて道が塞がれる。蜂須賀正勝(まさかつ/高橋努)ら川並衆が助けに来てくれたのだった。さらに道の両側からは、藤吉郎の一行が弓矢を射かけた。朝倉軍の指揮官を打ち落とすが、さらに敵兵の攻撃は続く。

足にけがを負った藤吉郎はじめ、小一郎、半兵衛も戦い続けたが、そこへついに浅井軍が現れた。「なぜこんなことをしたのか」と必死で呼びかける小一郎らに対して、長政は無言で、彼らに向けて鉄砲を放てと兵に命じる。万事休す、これで一巻の終わりだと彼らが観念したところへ、頭上から先に鉄砲の銃声が響き、浅井の軍勢が次々と倒れてしまう。攻撃の主を見ると、それは明智光秀一行だった。そのとき松明の火が消える。ちょうど二刻が過ぎたのだ。それを見て、彼らも急ぎ京を目指す。

その頃、二条御所で足利義昭は浅井の謀反を知ると、信長の命はもうないだろうと決め、浅井と朝倉への文書をしたためる。ところが、傷だらけになった信長が帰還する。事態を詫びながらも、「態勢を整えしだい、すぐに討って出ますれば、ご安心くだされ」と言う信長の言葉にたじろいた義昭は、「それは頼もしい限りじゃ」と答えるのが精一杯であった。

小一郎たちの留守を守る家では、出陣のときに「指のとげが抜けない。何か嫌な予感がする」と言っていた母・なか(坂井真紀)が、とげが抜けたと喜ぶ。その場に居合わせた慶に「よかったわぁ。あんたはきっと、私たちにええことを運んでくれる弁天様なんじゃわ」と喜びにあふれながら伝えて、慶を戸惑わせる。

小一郎たちもやっと京に戻ってきた。「遅いぞ、サルども! 待ちくたびれたわ」という信長に挨拶をしつつ、藤吉郎はついに気を失って倒れてしまう。すると奥の襖が開いて、信長の用意した京都中の名医と薬師が姿を現した。「安心せい。お前は死なせぬ。お主たちもじゃ」

小谷城では、浅井長政の帰還を「ご無事のお戻り、何よりでござりまする」と市が頭を下げて出迎える。すると長政は、市が最も気になっているだろうことを報告する。「織田殿もご無事じゃ」。そしてこう続けるのだった。「そなたを織田に帰す」

さまざまな人間関係において腹の探り合いばかりがなされるなか、少々、単細胞に描かれ過ぎかな、と思わなくもない小一郎、藤吉郎兄弟のまっすぐな性格が、気持ちよく光る。その彼らの放つ光が周りをどう変えていくのか、いかないのか。そろそろ開始から4カ月になろうとしている物語、ますます面白くなってきた。

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