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【追悼】ガザの日常を愛したパレスチナのフォトジャーナリスト「ファトマ・ハッスーナという光」

  • 2026.4.15

戦火の続くガザで暮らす人々の日常や子どもたちの姿をカメラに収め、瓦礫の中に残る希望の瞬間と尊厳を世界に伝えたファトマ・ハッスーナ。

イスラエルの空爆によって25歳の若さで命を落とすまで、そのまなざしが捉えた光を、いまあらためて辿ります。

Profile
ファトマ・ハッスーナ●1999年パレスチナ・ガザ市生まれのフォトジャーナリスト、活動家。大学でマルチメディアを学び、戦火の続くガザを記録し続けた作品は国際的にも注目され、ドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』(2025年)の主人公となる。同作はACID映画プログラムに選出され、カンヌ国際映画祭と並行して上映された。選出の知らせを受けた翌日、2025年4月16日、イスラエルの空爆によって、家族6人とともに命を落とした。

©Fatma Hassona

今こそ この戦争を撮って世界に見てもらう必要がある。苦しみを全て記録するの。他に誰がやる?
──ファトマ・ハッスーナ(映画『手に魂を込め、歩いてみれば』より)


©Fatma Hassona

通りに出る時はいつも、手に魂を込め歩いてる。
(映画『手に魂を込め、歩いてみれば』より)

©Fatma Hassona
©Fatma Hassona
©Fatma Hassona

もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む。速報や数字の羅列にはなりたくない。
世界中に知られる死、永遠に続く影響、時間や場所に埋もれることのない不滅の姿を望んでいる。

(本人のInstagram、2024年8月3日の投稿より)


©Fatma Hassona

ガザのいま……

2023年10月7日にパレスチナのイスラム系組織ハマスがイスラエルへ攻撃を仕掛けたことをきっかけに、イスラエルによるガザへの大規模な軍事攻撃が始まった。その直後から空爆や地上侵攻、包囲戦が続き、甚大な被害と人道危機が発生した。2025年1月の一時停戦後も、3月には攻撃が再開。2026年現在、国際的な停戦合意は脆弱で、国境検問所の封鎖や物資不足により深刻な人道状況の悪化が続き、多くの住民が食料・医療・燃料の不足に直面している。

©Fatma Hassona

心の世界に橋を架ける

文=稲葉俊郎 [医師]

ファトマ・ハッスーナは、パレスチナ・ガザ地区で現地の惨状と人々の尊厳を記録し続けたが、空爆により家族と共に命を落とした。25歳だった。

芸術の役割は心の世界に橋を架けることにある。彼女は閉ざされた壁の中で、心に橋を架けるために、瓦礫の中で写真を撮り続けた。

彼女が最後まで信じていたものはなんだろう。想像するためには、彼女が架けた心の橋を渡る勇気が必要だ。彼女の写真を見るだけで、身体は固くこわばり、心に痛みを感じる。痛みを分かち合うことは苦しい。ただ、ハッスーナは「写真を見ること」を通して、彼女の日常への「視線」を命がけで手渡そうとしていた。

映画『手に魂を込め、歩いてみれば』に出てきた二人の人物は、ハッスーナの生きる「視線」に影響を与えていただろう。パレスチナの国民的詩人であるマフムード・ダルウィーシュは、死と隣り合わせの状況で自らコーヒーを淹れる詩を書いた。日常が崩壊する中で人間としての正気を保ち、日常を取り戻すための儀式として。作家のヴァージニア・ウルフは「自分だけの部屋」の重要さを説いた。どんな時にでも孤独で思索する聖なる時間のことだ。群集心理に巻き込まれず、自分自身の知性や感性を取り戻すための処方箋として。

ハッスーナは過酷な現実の中で自分自身に戻る聖なる儀式として写真を撮り続けた。写真で日常を切り取ることが、自分の中にある奪われないものを示す無言の抵抗だった。見えざる他者との心に橋を架けることは、希望の光そのものだった。

生の世界は、死者から託されたものによってつくられている。ひとつの命の大きな死。目を閉じると感じられる生と死の微かなシグナル。私たちは、死者から渡されたバトンを受け取る必要がある。深い闇の中、命がけで架けられた心の橋。写真や映像を見て、もし心に痛みを感じたならば、彼女から託されたものを受け取った確かな証拠だ。託された種を植え、育てるのは、生の世界に生きるわたしたちの役割だ。

Profile
いなばとしろう●1979年生まれ。東京大学医学部附属病院、2022年より軽井沢病院院長を経て、24年より慶應義塾大学SDМ研究科特任教授。医療と社会の未来のため、伝統芸能・芸術・農業など多分野と積極的に対話を行っている。著書に『いのちを呼びさますもの』(アノニマ・スタジオ)などがある。

©Fatma Hassona
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026

ファトマ・ハッスーナ展 『The eye of Gaza』

空爆、飢餓や不安にさらされながらも力強く生きるガザ市民の暮らしを記録し続けたハッスーナ。本展では、 彼女が遺した貴重な写真作品を、大きなスクリーンに投影するスライド・プロジェクションで紹介。作品とともに、その崇高な活動を追悼する。

日程/2026年4月18日(土)~5月17日(日)
場所/八竹庵(旧川崎家住宅)
Google mapで確認
京都府京都市中京区三条町340
時間/10時~19時

ファトマ・ハッスーナさんのドキュメンタリー映画も公開中

『手に魂を込め、歩いてみれば』

イスラエルによるガザ攻撃が続いていた2024年、イラン出身でフランスに亡命し祖国に戻れない映画監督セピデ・ファルシが、現地の状況を伝えるために記録した、ガザ北部に暮らすハッスーナとの1年にわたるビデオ通話で紡がれる映画。ハッスーナが外の世界とつながる架け橋となり、確かな絆を築いていく。


編集・文=吉岡尚美(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年5月号より

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