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【リンバロストの乙女】文芸評論家の斎藤美奈子さんが語る、わたしの好きな少女小説のヒロイン

  • 2026.4.14
撮影=藤巻 斉(フレイム)

『小公女』『赤毛のアン』などの海外小説から、日本の戦前の少女小説、少女小説レーベル、そして現代文学へと受け継がれてきた“少女の物語”。そこで描かれる誇り高き少女たち、少女的な感性で生きるヒロインたちは、いくつになっても心のなかに生き続け、私たちに希望や勇気、自信を与えてくれます。そんな小説を愛し、少女の心を持ち続ける方々が、名作から学んだこととは……?

エルノラ・コムストック『リンバロストの乙女』

わが道を徹底して生き切る姿に痺れる

1980~90年代の少女小説を牽引した作家・氷室冴子の、少女小説への愛を綴ったエッセイ『マイ・ディア:親愛なる物語』で知った『リンバロストの乙女』。翻訳者である村岡花子が、『赤毛のアン』シリーズに次いで最も愛している本としても絶賛しています。

主人公である高校生のエルノラは、眉目秀麗で成績優秀、非の打ちどころのない優等生ですが、ちょっと変わっているのは、いまでいうリケジョのナチュラリストだというところ。

父親を亡くし、生きる気力のない母親からは無慈悲で理不尽な扱いを受け、学費を出してもらえないエルノラ。自立心が強くて誇り高い彼女は、お金を貸してくれるという親切な隣人夫婦の申し出を断り、自らの力でお金を作ることを決意します。

そんなとき、蛾の買い取り募集広告を見つけ、彼女がもともと集めていた蛾を持って訪ねていくと、募集主はエルノラの収集を褒め、買い取った蛾を外国の収集家たちと交換しているので、頑張って集めるようにと励まします。

この本が書かれた20世紀初めごろ、昆虫や植物採集は言ってみればお金持ちの知的な趣味。コレクター同士が標本を交換している中に少女が入り込んでいく設定自体が面白いし、彼女が経済的な自立にものすごくこだわっている点が何といっても魅力的なところです。

[『リンバロストの乙女』上(河出文庫)P305]高校卒業を間近に控え、自ら稼いだ貯金が底をついてしまったエルノラ。大学に通うための資金300ドルを得られる蛾のコレクションが完成する目前に母親に台無しにされ、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまった……。 Hearst Owned

結局、エルノラは、高校4年間の学費と書籍代、卒業式に着る洋服を買うお金の全部を蛾で賄い、その後、大学に入学できるかどうかも、母親との関係悪化と修復も、そして恋愛に至るまで、人生すべてに蛾が関わってきます。

『ハイジ』や『秘密の花園』など、自然を愛する主人公はほかにもいますが、彼女が唯一無二のヒロインたる所以は、徹底してリケジョを生ききっている点でしょう。

撮影=藤巻 斉(フレイム)

『リンバロストの乙女』上・下

ジーン・ポーター/著 村岡花子/訳
河出文庫 各990円

博物学者でもあるアメリカの作家、ジーン・ポーターは、彼女が住むインディアナ州ジュニーヴァの近隣にあるリンバロストの森で、鳥類や昆虫を研究する仕事をしていた人。そのリンバロストで、母親に虐げられて育ったエルノラが、自然の美しさに支えられながら自立し、学び、愛を見つけていく成長物語。昆虫採集や森の描写がリアルで美しい。

竜ヶ崎桃子&白百合イチゴ『下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん』

いまや世は女性同士の連帯を描いた“シスターフッドもの”の全盛期ですが、2002年に出版された『下妻物語』は名作のひとつ。ヒロインは、見た目も趣味も真逆の方向に振り切れているロリータ少女の桃子とヤンキーガールのイチゴ。ロリータもヤンキーも、ある種の偏見の目で見られていますが、彼女たちには自分だけの生き方としての哲学があり、それを堂々と貫いているところが爽快です。

撮影=藤巻 斉(フレイム)

『下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん』

嶽本野ばら/著
小学館文庫 825円

四方八方田んぼだらけの茨城県下妻を舞台に、ロココ調ロリータファッションを愛する桃子と、地元のレディースに所属するイチゴの友情を、ギャグたっぷりのユーモラスで饒舌な語り口で描く。ブランドやおしゃれへの偏愛、田舎への違和感を抱えながらも、自分の「好き」を貫こうとする少女の自立と矜持が鮮やかに浮かび上がる物語。

堂上(どうのうえ)弥子&ニコ(鈴木笑顔瑠(にこる))『てらさふ』

『てらさふ』の弥子とニコが、ふたりでまんまと大人を出し抜く痛快さは『下妻物語』に通じるところがありますが、もう少し屈折しています。史上最年少で芥川賞を狙うという設定はおとぎ話のようですが、そこには秘密があり、疚しさゆえにプレッシャーを背負っている。ヒロインにも『下妻物語』のような直球タイプと屈託を抱えたタイプがあって、弥子とニコはまさしくダークヒロインです。

撮影=藤巻 斉(フレイム)

『てらさふ』

朝倉かすみ/著
文春文庫 ※古書のみ、電子版あり

北海道・小樽の外れにある町で運命的に出会った中学生、弥子とニコ。ふたりはそれぞれ「ここではないどこか」に行くため、自分たちの「すごさ」を世に知らしめるため、ある計画を立てる。目指すは史上最年少の芥川賞受賞。執筆担当とビジュアル担当という役割分担、そして秘密の方法で、作品は見事候補作となるが……。

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さいとうみなこ〇児童書の編集者を経て、『妊娠小説』(ちくま文庫)でデビュー後、文芸評論家として活躍。『文章読本さん江』(ちくま文庫)で第1回小林秀雄賞受賞。鋭い視点と軽快な筆致の評論で知られる。著書に『挑発する少女小説』(河出文庫)など。

少女小説をもっと知るためのイベント

特別展 生誕130年吉屋信子展 シスターフッドの源流

会期:4月4日(土)~5月31日(日)
時間:9時30分~17時(入館は~16時30分)
会場:神奈川近代文学館
休館日/月曜(5月4日は開館) 入場料/800円

20歳で作家デビューし、大正、昭和を通じて、旺盛な活動を続けた人気作家、吉屋信子。連作短編集『花物語』は、女学生を中心に熱狂的な支持を集め、日本文学史に少女小説という一ジャンルを築いた。

作中で多様な女性像や女性同士の関係を描き、自身も同性のパートナーと生涯をともにした信子。神奈川近代文学館が所蔵する膨大な資料を中心に、信子の人生と作品に「女性同士の絆」という観点から新たな光を当て直す。

集英社コバルト文庫創刊50周年ときめくことばのちから──少女小説家は死なない!─

会期:4月29日(水・祝)~5月10日(日)
時間:10時~20時(入館は~19時30分)
会場:西武渋谷店A館7階催事場
入場料/1,500円

1976年5月28日に創刊し、今年で50周年を迎えるコバルト文庫。1980年代から2010年代にかけて生み出されてきたコバルト文庫の物語と言葉は、多くの少女たちを夢中にさせ、“いちばんの親友”としていつも寄り添ってきた。

本展では、「ことば」「ときめくことばのちから」に着目し、コバルト文庫の50年の歴史と魅力を掘り起こす。日替わりでゲストとして登壇するコバルトのレジェンド作家たちにもご注目!

撮影=藤巻 斉(フレイム) 編集・文=柏木敦子(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年5月号より

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◾️特集「少女小説が教えてくれたこと」

辻村深月さんにとっての少女小説とは?|それは「わたし」の物語
【赤毛のアン】あんびるやすこさんが語る、わたしの好きな少女小説のヒロイン
【スウ姉さん】弥生美術館学芸員の内田静枝さんが語る、わたしの好きな少女小説のヒロイン
【風と共に去りぬ】翻訳家・エッセイストの鴻巣友季子さんが綴る、わたしの好きな少女小説のヒロイン
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