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不機嫌な上司は、部下にとって“猛獣レベル”の脅威だった...。ニュースで話題「フキハラ」の怖さと、科学が教える自分を守る方法

  • 2026.4.10

2026年3月、警視庁の元警視正が、部下に日常的に不機嫌な態度を取り、職場を萎縮させたとして処分された。「反論すると不機嫌になる」「一度嫌われたら終わり」…そんな切実な証言が集まり、明確な暴言がなくとも職場を支配する「不機嫌ハラスメント(フキハラ)」が認定されたニュースは、大きな話題を呼んだ。

“ハラスメント”といえば、怒鳴り声や執拗な叱責といった直接的な行為を想像する人も多いだろう。「直接怒鳴られたわけではないからマシ」「ため息くらい、適当にいなせばいい」と、いまだに被害を軽く見る向きもある。

多くの人が職場の理不尽な空気に心を削られているが、散見される解決策は「気にしない」「うまく受け流す」といった精神論に終始している印象だ。暴言や暴力といった目に見える形がなくても、「ただ機嫌が悪い」という空気は、いかにして働く人の思考力を奪い、職場のチームワークを静かに壊していくのか。

これに対し、「しんどさを感じるのは気のせいではありません。脳と体が正常な防衛反応を起こしている証拠です」と分析するのは、行動神経科学を専門とする板生研一さんである。

今話題の「フキハラ」の実態とは? 【画像提供=写真AC】
今話題の「フキハラ」の実態とは? 【画像提供=写真AC】

不機嫌な上司は、部下にとって“猛獣レベル”の脅威

実際に、不機嫌な空気が人間の体にどれほどのダメージを与えるのか。科学的なデータを見れば、「気にしなければいい」とはとても言えなくなるはずだ。

「『他者からネガティブに評価されているかもしれない』と感じるストレスを、心理学では『社会的評価脅威』と呼びます。このストレスを与えた実験では、安静時に比べてストレスホルモン(コルチゾール)の分泌量が約2〜3倍に跳ね上がり、心拍数も大きく上昇することが確認されています(※)」(板生さん、以下同じ)

さらに厄介なのが、「情動伝染(他人の感情がうつる現象)」だという。他人のイライラやため息を見聞きするだけで、見ている側の交感神経(体を緊張させる神経)が優位になってしまうのだ。

「つまり、直接自分が怒鳴られているわけでもないのに、発汗や心拍数の増加といった『自分が怒られているのと同じ生理反応』が体内で起きてしまうのです」

板生さんによれば、不機嫌な上司のそばにいる部下は、ただデスクに座ってパソコン画面を見つめているだけでも、脳と体は「猛獣の前にいる」のと同じレベルの防衛反応を起こしている状態なのだとか。

これでは、本人が気づかないうちにエネルギーを激しく消費し、毎日クタクタに疲弊してしまうのも当然だ。

不機嫌な上司が猛獣級の脅威に感じられるなら、部下がほかのことに手がつかなくなるのも当然だ 【画像提供=写真AC】
不機嫌な上司が猛獣級の脅威に感じられるなら、部下がほかのことに手がつかなくなるのも当然だ 【画像提供=写真AC】

上司に反発しない“静かな職場”が、最も危険な理由

「部下が黙々とパソコンに向かっているから、我が部署のマネジメントはうまくいっている」。そう胸を張る管理職もいるかもしれない。

しかし、カタカタというタイピング音しか聞こえない状態は、単に「地雷を踏まないよう、全員が息を潜めているだけ」の可能性がある。猛獣の前にいるような過緊張状態の脳に、前向きなアイデアを生み出す余裕などあるはずがない。

「『この職場でなら、少し違う意見を言っても大丈夫だ』という心理的安全性が崩れた環境では、まずミスが隠蔽され、業務の違和感が共有されなくなります。そして組織にとってさらに致命的なのが、『リトルC(little-c)』と呼ばれる日常の小さな創意工夫が真っ先に死滅していくことです」

創造性の研究で言われる「リトルC」とは、世界を変えるような大発明のことではない。「この資料、結論のグラフを先に出したほうが見やすいですね」「定例会議の資料、前日に共有ルールにしませんか?」といった、日々のちょっとした提案や気づきのことだ。

「不機嫌な上司がいる職場では、『余計な提案をして機嫌を損ねるくらいなら、言われた通りにだけやっておこう』という強い防衛本能が働きます。猛獣の前で、わざわざ自ら目立つ行動をとる動物はいませんよね。結果として、職場をよくしようとする前向きな声は一切出なくなってしまうのです」

「うちの現場からは新しいアイデアが上がってこない」と嘆く経営層の声もよく聞くが、その原因は予算や人材の不足でも、社員の能力不足でもない。目の前の管理職が撒き散らすただの不機嫌によって、現場の貴重な「リトルC」が毎日プチプチと理不尽に潰されているのだ。

一見雰囲気がよい職場も、実はフキハラに支配されているのかもしれない... 【画像提供=写真AC】
一見雰囲気がよい職場も、実はフキハラに支配されているのかもしれない... 【画像提供=写真AC】

「私のせいかも…」と空気を読むのは逆効果

では、猛獣のごとき不機嫌な上司に対し、受け手側はどう身を守ればいいのか。よくある「相手の機嫌を取り、怒らせないように立ち回る」といったアドバイスは、根本的な解決にならないという。

「『私のせいかも…』と自分を責めるのは、絶対にやめましょう。コロコロと変わる相手の機嫌に合わせてばかりいると、脳のエネルギーはあっという間にすり減ってしまいます。大切なのは、相手の“感情”に付き合うのをやめること。『上司が不機嫌で怖い』と受け取るのではなく、『このままだと仕事に支障が出る』と、あくまで“事実”としてドライに割り切るのがポイントです」

たとえば「上司が不機嫌で怖いな…」と怯えるのではなく、「ここで機嫌をうかがって報告が遅れたら、お客様に迷惑がかかるぞ」と、あくまで“仕事のエラー”として冷静に変換してみる。そのうえで、「今は直接話しづらそうなので、要件だけメールしておきますね」と事務的に処理して、サッと距離を置くのがコツなのだそう。

「そのうえで、過緊張状態の自律神経をリセットする『回復のスイッチ』を持っておきましょう。具体的には、トイレに立つついでに少し歩く、話しやすい同僚と数分だけ雑談する、帰りの電車で好きな音楽に没入するといった些細な行動が意外と効くのです。こうしたポジティブな刺激が、警戒モードの脳を切り替え、すり減った気力を回復させるトリガーになってくれますから」

厚労省も事業主に対し、ハラスメントの相談体制整備などを義務づけている。いつ、どこで、どんな態度をとられたか事実を淡々と記録しておくことも、いざという時に身を守る盾となる。

上司がただ「不機嫌」でいること。それは目に見えないプレッシャーとなり、周囲で働く人の考える力を奪って、せっかくのアイデアまで潰してしまう...。本当に怖いのは、上司への反論すら起きない“ただ静まり返った職場”だった。

【図解】フキハラへのNG行動と正しい対処法を知って自分を守ろう 【画像提供=板生研一】
【図解】フキハラへのNG行動と正しい対処法を知って自分を守ろう 【画像提供=板生研一】

会社や組織が取り組むべきなのは、社員の我慢強さに頼ることではない——。

「気にするな」「うまくやれ」といった精神論から卒業し、誰もが顔色をうかがわずに意見を言える環境を整えること。それこそが、今一番の急務なのかもしれない。

【本記事で引用した研究論文・ガイドライン】

※(ストレス反応に関する実験)

Kirschbaum, C., Pirke, K. M., & Hellhammer, D. H. (1993). The ‘Trier Social Stress Test’–a tool for investigating psychobiological stress responses in a laboratory setting. Neuropsychobiology, 28(1-2), 76-81.

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