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いま見に行ける、丹下健三の名建築10

  • 2026.4.7
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日本の建築を世界に知らしめ、国際舞台で広く活躍した建築家、丹下健三は1913年、大阪府に生まれた。旧制広島高校在学中に芸術雑誌で目にしたル・コルビュジエによる「ソビエトパレス」のコンペ案に感銘を受けたことをきっかけに、建築家を志す。その後東京帝国大学工学部建築科に進学。卒業後には、コルビュジエのもとで働いた前川國男の事務所に入り、東京大学大学院を経て1946年から1974年まで母校で教鞭をとり、「丹下研究室」を主宰。槇文彦、磯崎新、黒川紀章、谷口吉生ら多くの人材を育成した。

手掛けた作品を見ると、戦後日本を代表する建築の数々が名を連ねる。なかでも、丹下の名を有名にしたのは、1955年に竣工した「広島平和会館(現・広島平和記念資料館)」及び平和記念公園だった。1964年の東京オリンピックで主要会場のひとつとなった「国立屋内総合競技場(現・国立代々木競技場)」も、変化が激しい現代の東京の街を行き交う人々に、鮮烈な印象を与え続けている。

本記事では、丹下がのこした名建築から「いま見に行ける」10件を厳選。壮大な都市計画から建築を見つめた「世界のタンゲ」の代表作を訪れよう。


広島平和記念資料館提供

広島平和会館(現・広島平和記念資料館)及び平和記念公園(1955年)/広島

1949年に広島平和記念公園全体を対象とした公開コンペが実施され、丹下チームが1等を獲得。丹下健三として初の実作となった。竣工は、被爆10周年にあたる1955年。東西に走る平和大通りを背に、公園内を見通すと、「広島平和記念資料館・本館」、「原爆死没者慰霊碑」、その先には「原爆ドーム」が南北方向に一直線に配置されているのがわかる。

広島平和記念資料館提供

丹下は、「原爆ドーム」への眺めを遮ることがないように、資料館本館1階部分を壁のないピロティとした。1.4m間隔で取り付けられた縦ルーバーや、ル・コルビュジエの影響も感じさせる台形に仕上げられた柱が、この建築のモダニズム的な特徴を際立たせる。

「広島平和記念資料館・本館」は2006年、戦後日本の建築物としては初めて、国の重要文化財に指定された。

広島平和記念資料館提供

<写真>広島平和記念資料館内部の様子。

広島平和記念資料館及び平和記念公園
住所/広島県広島市中区中島町1-2

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香川県庁舎(東館)(1958年)/香川

1958年に建てられた香川県庁東館、は、鉄筋コンクリート造りでありながら、柱と梁を軽やかに組み合わせた佇まいが、日本の伝統的な木造建築を想起させる。また、県庁前の歩道からスムーズにアクセスできるピロティや、南庭など県民に開かれた空間を積極的に取り入れた構成も印象的だ。

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広島平和記念資料館のピロティよりも高さを設け、心地よい解放感を獲得した。床に敷き詰められた石材は地元産を用い、戦後の地場産業の振興にも貢献した。2022年に国の重要文化財に指定された。

<写真>高さ約7mの開放的なピロティ。

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1階ロビーには、丹下健三の研究室がデザインを手掛けた家具が現在も残されており、ロビー中央部では、香川県出身の芸術家・猪熊弦一郎による壁画《和敬清寂》が存在感を放つ。ガラス窓からは南庭とピロティが見えるが、ここでは屋内外の一体感を高めるように、窓枠の高さが調整されている。

<写真>オリジナルの家具が今も使われているロビー。

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香川県庁舎
住所/香川県高松市番町4-1-10

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倉敷市庁舎(現・倉敷市立美術館)(1960年)/岡山

倉敷市の中心部に立っていた倉敷西小学校が移転し、その跡地に市庁舎として1960年に完成した。外観で最も強い印象を残すのは、水平方向に架けわたされた約20mにおよぶ梁。それを支える柱は太く、壁は厚い。南北いずれからでも入ることができるエントランスホールには、高さ10mを越える吹抜空間がつくられ、今でもこの建物の見どころのひとつとなっている。

内部において丹下が最も力を入れたのは、教会の内部を思わせる3階の議場(現・講堂)。勾配のついた天井とゆるやかに湾曲した壁に、ル・コルビュジエの「ロンシャン礼拝堂」の影響が見られる。

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やがて3市合併により倉敷市の人口が急増したことから、市庁舎は移転。「旧倉敷市庁舎」は「倉敷市立美術館」として再生することとなった。改築の設計を担当したのは、倉敷出身の建築家、浦辺鎮太郎。

<写真>幾何学的なモチーフにル・コルビュジエの影響も感じられる、エントランスホール。

倉敷市立美術館
住所/岡山県倉敷市中央2-6-1



提供:独立行政法人日本スポーツ振興センター

国立屋内総合競技場(国立代々木競技場)(1964年)/東京

1964年の東京オリンピックを機に建てられた、日本における戦後モダニズムを代表する建築。敷地内には、大小2つの体育館が建つ。

第一体育館を特徴づけるのは、2重の吊り構造。これが、屋根と観客席を支える象徴的な外観と、中央が伸び上がる壮大な内部空間を実現した。丹下が望んだ急な屋根曲線を実現すべく、吊り材に鉄骨を使う「セミリジッド吊り屋根構造」が採用された。また、上部から見ると、2つの半円形をずらして組み合わせた「二つ巴」が見え、円錐形の天井が美しい第二体育館の「一つ巴」と呼応する。この第二体育館では、1本の支柱から、らせん状形に吊りパイプが架けられ、屋根面が吊り渡されている。

東京オリンピックでは、それぞれ水泳競技とバスケット競技が行われた第一・第二体育館。東京オリンピックとパラリンピック(2020、2021)でも競技会場として使用された。現在では、コンサートを開催するなど文化施設としての顔も見せる。

提供:独立行政法人日本スポーツ振興センター

当時一流の技術者を結集し、前例のない技法、構法を開発し、意匠、構造、機能を極めて高い水準で融合させたことが評価され、2021年、国の重要文化財に指定された。


代々木国立屋内総合競技場

住所/東京都渋谷区神南2-1-1

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東京カテドラル聖マリア大聖堂(1964年)/東京

第二次世界大戦の東京大空襲によって焼失した「東京大司教座聖堂」は、ドイツ・ケルン教区の支援によって再建設が決定。1961年に前川國男、谷口吉郎、丹下健三の3名による指名コンペが実施された。その結果、箱型でマッシブな建築を提案した前川、谷口に比べ、ダイナミックで前衛的な丹下案が選ばれた。その後、1963年に起工。翌年12月に落成を迎えた。

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完成したのは、8枚のHPシェル(曲面壁)が空に向かってそびえる、荘厳なコンクリートの聖域。この四角形の対角線に沿って立てられたシェルは、上空からは十字架に見える。また、これはトップライトとしても機能し、聖堂内で上を向くと、光の十字架が浮かび上がるのが見える。

丹下はカトリック教徒ではなかったが、その後洗礼を受け、2005年に逝去すると、ここで葬儀が執り行われた。その遺骨は地下の納骨堂に納められている。

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東京カテドラル聖マリア大聖堂
住所/東京都文京区関口3-16-15

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山梨文化会館(1966年)/山梨

16本の円柱が床スラブを支える、圧巻の地上8階、地下2階のコンクリート建築。1966年に、山日YBSグループの本社として建てられた。丹下は8案もの設計図を描き、「都市のように発展しうる建築」を提案。将来的な技術の変化や事業の拡大に応じて増築や改修ができるよう、「余白」を用意した。このもくろみ通り、1974年には大規模な拡張工事が実施され、北東部分の6、7、8階、南東部分の5、6、8階を増築した。

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直径5mの円柱は中がくり抜かれ、内部にはエレベーターや螺旋階段(写真)、トイレや空調設備が入る。4階には空中庭園が設けられ、「余白」の名残を見ることができる。2016年には「山梨文化会館100年計画」を目指し、TANGE建築都市設計の手により全面的な耐震改修が行われた。

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山梨文化会館
住所/山梨県甲府市北口2-6-10


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横浜美術館(1989)/神奈川

丹下が国内で初めて設計した美術館で、1989年に開館。1983年からスタートした「みなとみらい21地区」の中心に位置するシンボリックな文化施設として建設された。

8階建ての半円柱のタワーを中心としたシンメトリーな姿が印象的。公園に面したファサードに近づくと、外壁に円と四角が交互に意匠化された「フォルス・ウィンドウ」(にせ窓)が見える。その下には、165mの柱廊が伸び、半屋外的なスペースとして外から内へのアプローチとして機能すると同時に、左右の棟と中央の棟をつなぐ。

Photo: SHINTSUBO Kenshu

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建物内に入ると、御影石をふんだんに使った開放的な大空間が広がる。その長さは約63m。TANGE建築都市設計の設計・監理による約3年間の改修工事を経てふたたび自然光に満たされた「グランドギャラリー」は「横浜美術館」の最も印象的な空間だ。

館内には、9つの展示室のほか、多彩なワークショップを行うアトリエ、約24万冊の蔵書がある美術図書室など多彩な設備をそろえる。

Photo: SHINTSUBO Kenshu

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横浜美術館
住所/神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1


Photo: SHINTSUBO Kenshu


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東京都庁舎(1991年)/東京

丹下の設計で1957年に東京・有楽町に建てられた旧庁舎が、都庁の事務増大に伴い手狭になったことから、西新宿へ移転。新庁舎の設計にあたり、丹下のほか、前川國男や磯崎新ら9社が参加した指名コンペが開かれ、その結果、丹下案が選ばれた。

1991年に完成した新庁舎は、都民に開かれた都民広場をはさむように地上7階、地下1階建ての議会棟と、地上48階、地下3階建ての第一本庁舎が立つ。この第一本庁舎と地上34階、地下3階建ての第二本庁舎は、空中歩廊でつながれている。

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特徴的な外壁は、石張り。ファサードの細かい模様は、江戸時代の家によく見られた(縦方向の格子の数が多く、間隔が細かく配置された)縦繁の組子や、近未来を思わせる集積回路をイメージした。

第一本庁舎の双塔は、ともに最上階が展望室となっており、一般に開放されている。ここからは東京が一望でき、見通しのきく日には富士山も見える。


東京都庁舎

住所/東京都新宿区西新宿 2-8-1

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山口県立萩美術館・浦上記念館/山口

萩市出身の実業家であった浦上敏朗が自身の美術コレクションを県に寄贈したことにより、1996年に開館した美術館。

敷地の北側には、歴史地区が隣接。そのため丹下は「城下町に見られる特徴的な要素をデザインに取り入れられないか」と考え、このエリアを象徴する連続する土壁や武家屋敷長屋を着想源に、「横長」の形態をモチーフに取り入れた。

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歴史的な街並みを取り入れたデザインは、館内にも。石壁などを連想させる石材を壁面に使用し、水平方向に線を延ばすことで、色彩や質感が萩の景観に調和するように仕上げた。また、休憩ロビーやスロープには街並みを楽しめる場所を用意し、美術鑑賞が単調なものとならないように配慮した。

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山口県立萩美術館・浦上記念館
住所/山口県萩市平安古町586-1


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在日クウェート大使館/東京

丹下が初めて手掛けた駐日大使館。大使館は、レセプションホールなどを含む大使公邸と、執務空間である大使館事務所で構成されるが、計画されていた要地にはこの機能を平面的に分離させ、設計するだけの広さがなかった。そのため、丹下はこれを「立体的に」分離。上部を公邸、下部を事務所とした。設計にあたり丹下は「私たちはアラブの歴史的な建築に学んで、立体化されたコートヤードを囲んだ建築を現代の技術をもって実現したいと思った」とコメントしている。

建物上部は、最上階から大使邸、ラウンジ、レセプションホールと続く。一方の下部空間は、エレベーターや階段を内包する2本のコアシャフトを中心に事務所の各部屋が相互に入り組む、中庭に向かって開いたアラブの住宅のような構成となっている。


在日クウェート大使館
住所/東京都港区三田4-13-12

参考文献:
モダニズム ジャパン研究会 『再読/日本のモダンアーキテクチャー 』(彰国社)1997年
宮沢洋『画文で巡る! 丹下健三・磯崎新 建築図鑑』(総合資格学院)2025年
松隈 洋『未完の建築――前川國男論・戦後編』(みすず書房豊川斎赫 編『丹下健三都市論集』(岩波文庫)2021年
豊川斎赫 編『丹下健三建築論集』(岩波文庫)2021年
「新建築」(1997年8月)
「新建築」(1976年5月)

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