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老後の準備に必要なのはお金だけ? 62歳・中道あんさんが考える“今からできる備え”

  • 2026.4.1

老後の準備に必要なのはお金だけ? 62歳・中道あんさんが考える“今からできる備え”

「人生100年時代」と言われる今、50代後半から60代は、これからの時間をどう過ごそうかと考え始める頃。まだまだ先は長い。だからこそ、のんびり隠居はもう少し先にとっておいて、今のうちに“できること”を始めておきたいものです。トップブロガー中道あんさんが今回語るテーマは——「老後」って、実際は何のこと?

「ママって老後の準備できてる?」と聞かれて

先日、娘に「ママって老後の準備できてる?」と聞かれました。あまりに唐突だったので、ちょっぴり「えっ!」と怯みながらも、思わず、「できてない!」と即答しました。
そして、すぐにこう思ったのです。
「老後の準備って、実際は何のこと?」と。

老後と聞くと、まず浮かぶのはお金のこと。年金とか、貯金とか、資産運用とか。でも、年金だけで暮らせる人が、今の日本にどれだけいるでしょうか。

私は法人を立ち上げて4期目になります。
自分の会社に雇われる形で働いていて、60代に入った今も厚生年金を払っています。
それでも、65歳から受け取る予定の年金は月にわずか10万円ほど。

正直、全然足りません。じゃあ、老後資金っていくらあれば安心なんだろう。
一生取り崩しても困らないくらいの貯蓄?
それとも、毎月安定した不労所得?
そう考えてみると、自分のこともなんだかよく分からなくなります。

私の場合、資産が増えていったのは起業してからです。とはいえ、現金はほとんど持っていませんが、不動産からの収入が少しあります。でも、それだって未来のことは分からない。つまり、老後資金って、あるようでないんですよね。そんなことを考えていたら、ふと思いました。そもそも「老後」って、今の時代に本当にあるのかな、と。

今年63歳になる私ですが、30年前の同じ年齢の頃、私の親はすっかり「老人」でした。まさに、年金暮らし。年齢でいえば、私はもう老年期に入っているのかもしれません。

でも、「老後」と呼ばれる暮らしをしている実感は、まったくないのです。

定年になって、年金で暮らす。そんなきれいな区切りは、もうあまり現実的じゃない気がします。娘の突然の問いかけに、「老後」って死語じゃないかと……。

私自身も、まだ働いていますし、これからも、何かしらの形で収入は得ていくと思います。そう考えると、「老後」っていう言葉そのものが、少し古いのかもしれません。未来のことなんて、正直わかりません。ちゃんと準備したつもりでも、何が起きるかは誰にもわからない。だからこそ思うのです。
老後の準備って、お金をどれだけ持っているかじゃないのかもしれない、と。

自分なりのお金とのつきあい方を知っていること。
必要なら、自分で稼ぐ力を持っていること。

そして、もうひとつ。
やっぱり健康です。働こうと思っても、体が動かなければどうにもなりません。
元気に動ける体があってこそ、行きたい場所にもいけ、やりたいこともできるんです。

「老後」という言葉に縛られないことこそが

ビジネスを成功させたある女性からの相談です。仕事に没頭しすぎたせいなのか、癌を患ってしまった。けれどお客様に迷惑をかけられず、「自分がガン患者である」ことすら考えないようにして、辛い治療を乗り越えて完治。がん闘病中もビジネスで成果を出し続けたそう。

聞いてるだけで、なんてバイタリティのある人なんだろうと感心ました。「欲しいものは何もないから、お金は使わない。」けれど、「まだまだ、お金を増やしたい」。とはいえ、「このままの人生でほんとうにいいのだろうか?」というご相談でした。ぶっちゃけたところ、働かなくても潤沢な資産で悠々自適な生活です。けれど、ビジネスを手放すことは、お客様との「お金」の縁が切れてしまうことを指します。究極は、「お金」をとるか「時間」をとるかの2択で悩んでいるのです。

そうやって考えると、どちらかを選ばなければいけないように思えてしまいます。

でも、私はその話を聞きながら、ふと感じたのです。これって、「老後の準備」と同じ問いなんじゃないか、と。

お金をどれだけ持っているか。
どれだけ増やせるか。
そこに答えがあるように思えてしまうけれど、本当に大切なのは、そこではないのかもしれません。

どれだけお金があっても、時間がなければ意味がない。
どれだけ時間があっても、体が元気でなければ楽しめない。

そして、どれだけ条件がそろっていても、「このままでいいのだろうか」と思う気持ちは消えないのかもしれません。そう考えたとき、老後の準備とは、お金の問題ではなく、どう生きたいかの問題なのだと。こういうと、そんな呑気なことをいって、介護が必要になったらどうするのか?などという意見が聞こえてきそうですが……。何も、好き勝手に生きればいいと言っているのではありません。毎日を一生懸命に生きているにも関わらず、自分では、どうしようもない問題が起きた時には、それはもう、天に任せてもいいんじゃないかと思うのです。それぐらいの腹の括り方でちょうどいい。

未来が見えないからこそ、今日一日をどう過ごすか。それが、これからの時間につながっていくんだと思います。娘にもう一度聞かれたら、「完璧じゃないけど、まあ大丈夫やろう。自分でなんとかするしかないんで」と、答えると思います。

ちゃんと貯めているわけでもないし、先のことが全部見えているわけでもない。
でも、自分なりに生きていく力は、少しずつついてきた気がしています。

それが、今の私にとっての「老後の準備」なのかもしれません。いや、「老後」という言葉に縛られないことがいちばんの準備なのかもしれません。

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