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【プロに聞く】日常と切り離せないクマ問題。命と安全を守るための「正しい向き合い方」とは?

  • 2026.3.31

昨今、クマの出没や被害に関するニュースがあとを絶たず、この問題はもはや山間部だけの出来事ではなく、我々の日常生活と切り離せないものとなった。こうした状況下で自らの命と安全を守るためには、クマの性質を正しく理解し、適切な距離を保つための具体的な知恵が不可欠である。そこで今回、山形県舟形町で狩猟・駆除活動を行う舟形猟友会のメンバー、斎藤優輝さんと、長野県軽井沢町でクマ保護管理活動を行っている特定非営利活動法人ピッキオのメンバー、玉谷宏夫さんにクマ問題についてインタビューを実施。日々の生活で注意すべき点や遭遇時の対処法について詳しく調査した。地域住民からレジャーを楽しむ人まで、自分たちの身を守るための実践的なガイドとして、ぜひ本記事を参考にしてみてほしい。

※画像はイメージです。 (C)くまちゃん
※画像はイメージです。 (C)くまちゃん

なぜ彼らは人里に現れるのか?クマの食性を理解する

【画像】木の実を食べるクマ※画像はイメージです。 (C)ray
【画像】木の実を食べるクマ※画像はイメージです。 (C)ray

クマの行動原理の大部分は「食」に直結している。ここでは、専門家の知見に基づき、その食性を解き明かしていこう。3月から4月ごろ、雪解けとともに冬眠から目覚めたクマは、ブナの新芽や草本類、あるいは厳しい冬を越せなかった動物の死骸などを口にする。

夏から秋にかけては、実は山の中に食べ物が最も少なくなる過酷な時期。この時期のクマは、アリやバッタといった昆虫まで食べて飢えを凌ぐ。そしてこの時期になると、市街地ではスイカやトウモロコシなどが食べごろを迎える。特に夏季のトウモロコシ被害は甚大で、全国の被害の半分以上がこのトウモロコシ被害だという。

そして秋、12月の冬眠を控えたクマは、ブナやミズナラの実、ヤマブドウ、山栗などを求めて猛烈に食欲を旺盛にする。山に十分な餌がなければ、彼らは市街地へ繰り出し、柿や栗をむざぼる。この「食への執着」こそが、人間との接触を増やす最大の要因となっている。

食への執着がクマを人里へ降りてこさせる最も大きい要因だという ※画像はイメージです (C)STUDIO EST
食への執着がクマを人里へ降りてこさせる最も大きい要因だという ※画像はイメージです (C)STUDIO EST

クマと出合わないための行動指針。リスクを最小限に抑える「時間・場所・環境」の管理

クマとの事故を防ぐために最も重要なのは、言うまでもなく「出合わないこと」である。クマを人里に呼び寄せないための環境づくりと、リスクの高い時間を避ける行動を徹底しなければならない。

自分の街にクマを寄せ付けないためには、彼らにとっての「魅力的な餌場」を徹底的に排除することが鉄則だ。玉谷さんは、クマにとって魅力的な匂いを発する生ゴミの出し方には細心の注意が必要だと語る。また、屋外に置かれたペットフードや家畜の飼料などもクマを呼び寄せる原因となるのだそう。そして、特に注意が必要なのが、庭先に植えられた柿や栗の木だ。斎藤さんによると、これらはクマを強く引き寄せる「誘引物」となるという。実際に舟形町役場によると、2025年12月時点のデータで柿15本、栗5本、ラフランス10本、リンゴ1本といった甚大な果樹被害が確認されており、前年の被害ゼロから大幅な増加に転じている。今年はクマが柿の木に留まり続ける姿も目撃されており、例年以上に「執着」が強い状況だという。対策として最も有効なのは、思い切って木を伐採するか、あるいは実が熟す前にひとつ残らずすべて収穫しきることだ。

柿や栗の木の管理には注意が必要だ ※画像はイメージです (C)tamu0390
柿や栗の木の管理には注意が必要だ ※画像はイメージです (C)tamu0390

こうした誘引物の除去のほかにも、クマが身を隠せそうな場所を作らないことが大切だ。対策の一例として、藪の刈り払いがあげられる。玉谷さんによると、家の周りや通学路など、移動経路や潜伏場所になりそうな藪を刈り払って見通しをよくするだけで、不意の遭遇リスクを大きく下げることができるのだという。

また、行動するタイミングを誤らないことも生存戦略のひとつである。出没がピークを迎えるのは、冬眠を控えて食欲が極めて旺盛になる9月から11月ごろだ。ブナなどの実が不作な年だと、この時期にクマは食料を求めて広範囲を移動するため、人間との接触機会が激増する。特に警戒すべき時間帯は、早朝と夜間。斎藤さんによると、この時間帯は通報も多くなるといい、薄暗い中での活動はクマと鉢合わせる可能性を高めてしまう。レジャーや日々の散歩、農作業においても、この「魔の時間帯」を避けることで、遭遇リスクを下げることができるだろう。

山へのレジャーでは時間管理に注意を ※画像はイメージです (C)Graphs
山へのレジャーでは時間管理に注意を ※画像はイメージです (C)Graphs

山歩きや農作業の際の代表的な対策として、自分の存在をクマに知らせる「クマ鈴」の活用が挙げられる。クマは本来、警戒心が強く人間を避ける習性を持っているため、音を鳴らしてこちらの位置を事前に伝えることは、不意の遭遇を避ける有効な手段となる。また、より確実な対策として「笛(ホイッスル)」の併用も効果的だ。クマ鈴の音は川のせせらぎや風の音にかき消されてしまうことがあるが、笛の鋭い高音は遠くまで届きやすく、広範囲に存在を知らせるのに適している。さらに、万が一動けなくなった際の救助要請にも役立つため、あわせて携帯しておきたいアイテムだ。

「どこにリスクが潜んでいるか」を把握するために、行政のサービスを積極的に活用するのも有効である。例えば山形県では、最新のクマ出没情報を可視化した「出没マップ」をウェブ上で公開している。自分が住む地域や、これから向かおうとしているレジャー先の出没状況を事前にチェックすることは、現代における必須の習慣と言える。こうした公的なサイトやサービスを日頃から確認し、警戒レベルを適切に判断する知恵が、自分と家族の身を守ることにつながる。

プロレスラー並みの力と、人間を凌駕する速さ。クマと遭遇した時の「生存戦略」

プロの猟師であっても、野生のクマと対峙した際の恐怖は想像を絶する。ここからは、もし不運にもクマと遭遇してしまったとき、私たちの「命」を左右する判断と行動について解説する。

クマの体格とパワーは、まさに「プロレスラー」そのものである。斎藤さんは、実際にクマが頑丈な金属製の檻を力任せに破壊しようとする光景を目撃し、「檻の中にいてもなお、恐怖で震えた」と語る。それほどの怪力を持つ相手に、素手で立ち向かうことは不可能だ。また、特筆すべきはその「足の速さ」。クマは人間よりも遥かに速く走ることができるため、背中を向けて逃げ出すことは、自ら「追われる獲物」になることを意味する。一度標的にされれば、走って逃げ切れる確率は限りなくゼロに近い。

では、実際に遭遇した際、私たちはどう動くべきなのか。まず、「遠くで見つけた場合」は、相手に気づかれないよう静かにその場を立ち去るのが鉄則だ。クマを刺激せず、距離を保つことが最優先となる。問題は、「数メートルで目が合った場合」である。この時、最もやってはいけないのは、パニックになって背中を向け走り出すことや、大声で威嚇することだ。専門家の推奨する基本的な動作は、「目を離さず、ゆっくりと後退して距離を取る」ことにある。

※画像はイメージです。 (C)CHIHO
※画像はイメージです。 (C)CHIHO

もちろん、過去には「大声で威嚇したらクマが逃げ出した」というような体験談も存在する。しかし、それはあくまで結果論であり、実際にはクマがどのような反応を示すかは「運任せ」という側面も否定できない。だからこそ、生存確率を少しでも上げるためには、個人の直感よりも専門家が推奨するセオリーを最優先すべきなのだ。

また、万が一遭遇した時に備えて、すぐ車内へ逃げ込める動線を常に用意しておくことも極めて有効であると斎藤さんは語る。実際、猟友会でも、現場では常に車へ戻る経路を最短距離で確保しながら活動を行っているという。強固な遮蔽物としての車は、野生動物の脅威から身を守るための盾となってくれる。

いざというときにすぐに車に戻れる動線を確保しておくことが大事だという ※画像はイメージです (C)はっさく
いざというときにすぐに車に戻れる動線を確保しておくことが大事だという ※画像はイメージです (C)はっさく

出合ったとき用の対策グッズとしては、護身用のクマスプレーを携行する人も増えているが、斎藤さんは「持っているだけで安心」という考えに警鐘を鳴らす。一度も使ったことがない道具を、極限の緊張状態で正しく作動させるのは至難の業だ。頭で考えてから使おうとするようでは、本気で襲いかかってくるクマのスピードには到底間に合わない。スプレーの仕組みを理解しているか、有効な射程範囲を知っているか、風向きなどの使用条件を把握しているか、など、これらを反射的に判断し、体が動くレベルまで習熟していなければ、緊急時に生き残る可能性は下がる。道具はあくまで「使いこなせてこそ」の助けであることを忘れてはならない。

クマスプレーを持つだけで安心せず、緊急時に備えて操作に慣れておくことが重要だ ※画像はイメージです (C)66BIRTH
クマスプレーを持つだけで安心せず、緊急時に備えて操作に慣れておくことが重要だ ※画像はイメージです (C)66BIRTH

町を守る猟友会、その活動内容は?

私たちが安心して日常生活を送れる裏側には、クマ問題の最前線で活動する猟友会の存在がある。彼らの活動は、単なる「駆除」にとどまらず、地域とクマとの境界線を守るための多岐にわたる任務で構成されている。

※画像はイメージです。 (C)neru_e_hon
※画像はイメージです。 (C)neru_e_hon

その最たる例が、クマの出没通報を受け、実際に現場へ向かう「緊急銃猟」だろう。よくテレビなどでも放送されているこの任務は、常に危険と隣り合わせだという。山中での駆除に用いられる銃器には主に2種類ある。長距離を狙えるライフル銃でも射程は約100メートル、散弾銃に至っては約50メートルまで接近しなければならない。前述の通り、クマは人間を凌駕するスピードとパワーを持っている。そのクマに対し、わずか50〜100メートルという至近距離まで踏み込むことは、プロの猟師であっても相当なリスクと覚悟を伴うものだ。

一方で、意外に知られていないのが市街地での対応である。「出没したら即駆除」と思われがちだが、市街地での通報があった場合、そこでの発砲は難しいため、基本的にはその場で駆除するのではなく、「山へ追い払う」ことが優先される。この際、物理的な攻撃ではなく「追い払い用花火」などが用いられるという。

さて、このような派手な緊急銃猟が注目されがちだが、猟友会の日常においてメインとなるのは実は「罠の設置」による防衛策だ。非常に鼻が利く、このクマの習性を利用し、好物の餌を入れた罠を設置して山から降りてくる前に食い止める。基本的には山中に設置されるものだが、近年の出没傾向を踏まえ、最近では市街地付近に罠を設置する試みも行われているのだという。

クマを捕獲するための罠の設置が活動のメインなのだという ※画像はイメージです (C)写遊人
クマを捕獲するための罠の設置が活動のメインなのだという ※画像はイメージです (C)写遊人

このように、猟友会が最前線で活動する一方で、自治体も多角的な対策を講じている。広報による注意喚起はもちろん、農地への電気柵設置や、クマの潜み場となる藪の刈払い、不要な果樹の伐採に対して補助金を出すなど、住民の防衛策をバックアップしている。また、猟友会が安全に緊急銃猟を行えるよう、保険加入や装備品の配備、マニュアル作成といった体制整備も進められている。このようにして行政とプロが手を取り合って街を守っていることも知っておいてほしい。

最後に――

いかがだっただろうか。クマが身近な存在となった現代において、最も重要なのはその生態を正しく理解し、誘引物の除去や時間帯の管理といった「出合わないための備え」を徹底することである。万が一の遭遇時には、パニックにならず、プロが提唱する生存戦略を冷静に実践することが、自身の命を守るためには重要となる。また、クマスプレーなどの道具を携行する際は、「持っているだけで安心」という過信を捨て、極限状態で反射的に使いこなせるまで習熟しておくといった、実効性のある備えをしておきたい。地域を支える猟友会の献身的な活動に敬意を払いながら、我々一人ひとりが当事者意識を持って対策に取り組むことが、安全な暮らしを維持するための確かな鍵となるはずだ。

取材協力者からのメッセージ

舟形猟友会・斎藤さん

「テレビや新聞、インターネットで毎日のようにクマに関することが取り上げられており、実際に現場ではクマへの対応が過去最高レベルに多くなっています。ですが、クマによる死傷者数が過去最高になったとしても、交通事故による死傷者数のほうが多いようです。北海道や東北地方を中心にツキノワグマの出没、被害が発生しているようですが、すべての都道府県で同じような事態になっているわけではないようです。クマの出没に関する情報を自分で調べてみて、比較的安全な山などで自然に触れ合えるレジャーを計画していただくとよいのではないでしょうか」

ピッキオ・玉谷さん

「かつてクマは「奥山の動物」でしたが、今では私たちのすぐそばで暮らす「身近な動物」になりつつあります。だからと言って、むやみに怖がる必要はありません。大切なのは、クマが近くにいることを前提として、事故を防ぐために「それぞれの立場でできること」を正しく実践することです。現在はクマの生態研究が進み、クマスプレーのような防衛手段が個人でも手に入るようになったのは、共存に向けた大きな進歩であり心強いことです。今後、人口が減少し、クマの勢力圏がさらに広がっていくであろう将来を見据え、私たちは知恵を絞って、人とクマが共生できる新たな『妥協ライン』を見つけていかなければならないと、私たちも考えております」

取材先プロフィール

山形県・舟形猟友会 斎藤優輝さん

普段は山形県最上郡の舟形町役場に務める傍ら、舟形町で野生鳥獣の保護管理や狩猟文化の継承、有害鳥獣の駆除などを行う舟形猟友会のメンバーとしても活動している。

特定非営利活動法人ピッキオ

野生のクマが将来にわたって生きていける環境を残し、ヒトとクマが共に生きる未来をつくることを目指す特定非営利活動法人。1998年からクマ保護管理に取り組んでおり、2000年からは軽井沢町の委託を受けつつ、軽井沢町の外にも活動の範囲を広げている。クマ保護活動だけでなく、森の生き物との出会いを楽しむネイチャーツアー事業も行っている。

文=栗原志穏

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