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「褒められないのに、なぜ60年も続いた?」専業主婦の母が教えてくれた“自分で花丸”の習慣【一田憲子さん】

  • 2026.3.30

「褒められないのに、なぜ60年も続いた?」専業主婦の母が教えてくれた“自分で花丸”の習慣【一田憲子さん】

私たちは日々誰かの目にさらされながら生きています。「認められたい」「褒められたい」——そんな思いに知らず知らずに縛られてはいないでしょうか。エッセイスト・一田憲子(いちだのりこ)さんが、自身の葛藤や気づきをもとに、自分軸で生きるヒントを綴った新刊『褒められなくても、生きられるようになりましょう』が話題です。一部抜粋してお届けする第4回は、小さく心が満たされる日々について。

新しい砂糖をまずポットに入れてから

ここ数年、年末年始は実家で1週間ほどを過ごしています。出張帰りに泊まりに立ち寄るのとは違い、朝から晩まで一緒に過ごしていると、父や母の「暮らし」が見えてきます。父は93歳、母は83歳。なんとかふたりで生活しているけれど、できないこと、手元、足元がおぼつかないことが増えてきました。

あるときキッチンで、母がシュガーポットに新しい砂糖を注ぎ足そうとしていました。「いいよ、いいよ、私がやっておくよ」とグラニュー糖の袋を手に取ると、「ちょっと待って!」と母。ティッシュを出してきて、シュガーポットの底に少し残っていた砂糖をその上に出します。それから「はい、お願い」と差し出しました。つまり、新しい砂糖をまずポットに入れてから、その上に古い砂糖がくるように、ひと手間かけるというわけ。そんな丁寧さに、「そこまでしなくても」という言葉がのどまで出かかるけれど、実家ではおとなしく母のやり方に従うようにしています。

そのほかにも、母には頑固なまでに守り抜くマイルールがたくさんあります。一日の終わりにキッチンのシンクまわりやガス台まわりをふきんで拭いたついでに、冷蔵庫の扉や野菜室の手をかけるところなどをチャッチャと拭いておくこともそう。たったこれだけのことですが、実家の冷蔵庫はいつもピカピカ。我が家のいつのものかわからない汚れがこびりついている冷蔵庫とは大違いです。

寝る前には、部屋中の観葉植物にシュッシュッと霧吹きで水を吹きかけます。するとポトスやパキラなどの葉がいつもピンと張って元気で、ツヤツヤ。

こんなふうに細やかに部屋を整え続ける姿勢には頭が下がります。短大を卒業後、就職はせずすぐに結婚、そこからずっと専業主婦だった母。「私は主婦のプロになる」が口癖で、毎日クルクルと動き回ります。数年前に背骨が右側に曲がる側弯症を患ってから、杖をつき、思うように動けなくなったけれど、それでも私よりずっとこまめに家事をこなしています。

自分で自分に花丸をつける日がやってくる

シュガーポットの砂糖を全部出してから入れ替えても、冷蔵庫の扉を毎日拭いても、誰も褒めてはくれません。主婦の仕事は誰かに認めてもらうためではなく、家族でさえそれが当たり前になって、感謝の言葉をかけてくれるわけでもないのです。

「誰も褒めてくれないのに、どうしてやり続けてこられたの?」と聞いてみました。すると「ほかにできることがなかったからよ。私はこれしかできないから」と母。外へ出て仕事をし、評価を受ける、という機会がなかったから、母は家の中に自分だけの100点を設定し、それをずっとキープできるしくみを構築してきたのだと思います。そして、自分で「よしっ」と満足することで、達成感を感じてきたよう。

今、母はこうして部屋をきれいにし、家族のために食事を作り、生きてきた日々を誇りに思っています。そんな姿を見ていると、60年以上という、長い年月を積み重ねれば、自分で自分を褒めてあげられるようになるのだなあと確信できます。

私はこの「誰も見ていないところで、自分で自分の達成感を育てる」ということがいちばん苦手でした。「誰も見てないなら意味ないじゃん!」「頑張ったって、自己満足だけじゃあ、つまらないじゃん」と思ってきたのです。

それでも、母ほどではないにしても、私自身もやっぱり気がついたら毎日ざっと拭き掃除をしているし、どんなに簡単でも自分の手で作ったものを食べたいと思います。こんなに「褒められ好き」の私が、誰にも褒められない料理や掃除を続けてきたのは、なんだか奇跡のよう。理由は単純で、さっぱりと整った部屋は気持ちがいいし、作りたての料理のほうがおいしいからでした。

取材でたくさんの素敵な方に会い、その方の暮らし方、生き方を真似してきました。簡単でおいしいレシピを知って、さっそく自宅で作ってみたり、カラッと乾きやすいふきんを教えてもらい、掃除に取り入れてみたり。そうやって外で得た知識を「家に持って帰る」ことが楽しい!

そして、知らず知らずのうちに、私の中にも「こうしたら、心地いい一日を送ることができる」という100点満点が設定されたのかも。ささやかな基準をひとつずつ積み上げていけば、20年、30年過ぎたいつの日か母のように、自分で自分に「よくできました!」と花丸をつけてあげられるかもしれないなと思っています。

※この記事は、『褒められなくても、生きられるようになりましょう』一田憲子著(主婦の友社刊)の内容を、ウェブ記事用に再編集したものです。

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