1. トップ
  2. 『モナ・リザ盗難事件』はなぜ2年も未解決だった?意外な盲点と“新技術・指紋鑑定”が犯人を暴くまで

『モナ・リザ盗難事件』はなぜ2年も未解決だった?意外な盲点と“新技術・指紋鑑定”が犯人を暴くまで

  • 2026.3.29

『モナ・リザ盗難事件』はなぜ2年も未解決だった?意外な盲点と“新技術・指紋鑑定”が犯人を暴くまで

1万体以上の検死・解剖に立ち会ってきた法医学医が見てきた、事件現場の“人間の物語”。一見すると不可解な死も、わずかな手がかりをたどることで、事件の真相が浮かび上がってきます。ノンフィクションでありながら、まるでミステリーのように読み進められる世界。『死体は語りだす』フィリップ・ボクソ著(三笠書房刊)から、一部抜粋してお届けします。第3回は、『モナ・リザ』を盗んだのは誰だ?

『モナ・リザ』を盗んだのは誰だ?

フランスにおいて初めて指紋が犯人特定に役立ったのは、1902年のことである。シェフェールという名の男が、パリのサン=トノレの歯科医院に強盗に入った。犯行の最中に歯科医の使用人に見つかってしまい、この使用人を殺して逃走した。

だが、司法警察は、診察室の家具のガラスに犯人が残した指紋を発見して、これを採取した。警察に犯行を疑われたシェフェールは否認していたが、彼の指紋は犯行現場に残された指紋と合致し、シェフェールも観念して犯行を認めた。

こうしてシェフェールは、フランスにおいて指紋鑑定で特定された犯人の第一号となったのだ。

次に指紋が新聞雑誌で大いに取り上げられたのは、1911年のことだった。この年の8月21日、ルーヴル美術館から『モナ・リザ』が盗まれた。これは、ルーヴルの改修工事に従事していた石工の1人、ヴィンチェンツォ・ペルージャが朝っぱらに実行に及んだ大胆な犯行であった。このイタリア人労働者は展示室に誰もいない隙を狙い、絵を額縁ごと壁から外し、額縁から絵[板絵]を取り出してその足で館外に持ち出した。

身体測定データによる個人識別法を考案したことで有名となったアルフォンス・ベルティヨンは、『モナ・リザ』を保護していた額縁のガラスから指紋を検出した。犯人のペルージャは以前にも軽罪で逮捕されていたので彼の指紋は登録されていたが、照合するためのシステムが整っていなかったので見逃されてしまった。

国宝級の絵が盗まれた、ということでフランス中が大騒ぎとなった。単純窃盗にしては破格の扱いだが、予審判事が任命されて捜査の指揮に当たった。パブロ・ピカソといった有名人にも疑いがかけられ、詩人のギヨーム・アポリネールは7日間も拘留された。犯人逮捕につながる情報には報奨金が約束されたが、犯人は突き止められず、絵は発見されなかった。捜査は行き詰まり、膠着状態は2年間も続いた。

この間、『モナ・リザ』はロピタル=サン=ルイ通り(パリ10区)の犯人のアパートに隠されていた。捜査官の1人がアパートまでやって来てペルージャを尋問したが、一間だけの惨めな住まいを目にして、「こんなところに住むような貧しい労働者が犯人であるわけがない」と思い込んで家宅捜索はしなかった。

1913年、犯人のペルージャは『モナ・リザ』を携えてフィレンツェにおもむき、これを骨董商に売ろうとして警察に通報され、逮捕された。むろんのこと、空(から)となった額縁のガラスに残されていた指紋と、ペルージャの指紋は一致した。

ペルージャは、自分は愛国心に駆られて『モナ・リザ』を盗んだ、フランスに略奪されたこの絵を母国イタリアに連れ戻したかったのだ、と弁明した。レオナルド・ダ・ヴィンチの死の1年前に当たる1518年に、フランス国王のフランソワ1世がこの絵を買い上げたことを知らなかったのだろう。歴史研究者の推定によると、フランソワ1世は代金として4000エキュ(現在の貨幣価値に換算すると160万ユーロ超)を支払ったようだ。

母国イタリアで裁かれたペルージャは、1年と15日の実刑判決を受けた。比較的に軽い刑となったのは、彼の愛国心が考慮されたからだろう。そして刑期をまっとうすることなく、早めに釈放された。

『モナ・リザ』はイタリア各地で特別展示されて大人気を博したのち、1914年1月4日にルーヴルに帰還した。

著者 Profile

フィリップ・ボクソ(Philippe Boxho)
法医学医。作家。
1965年生まれ。ベルギーを代表する法医学医であり、同分野の第一人者。リエージュ大学法医学教授、および同大学法医学研究所所長を務める。そのキャリアにおいて6000体を超える検案、4000体以上の司法解剖を執刀。膨大な専門知識を有する医学の権威として、重罪裁判所での証言回数は300回以上に及ぶ。医学・学術界への貢献に加え、作家としてもフランスやベルギーで絶大な人気を誇り、本書を含め、著作は世界で累計160万部を売り上げる。「死」や「法医学」という厳粛な現実を、人々の知的好奇心を揺さぶる一級の物語へと昇華させるその筆致は、多くの読者を魅了してやまない。

※この記事は『死体は語りだす』フィリップ・ボクソ著、神田順子訳(三笠書房刊)の内容を、ウェブ記事用に再編集したものです。

元記事で読む
の記事をもっとみる